35,愚者達への読み聞かせを
私達の姿を見た王太子殿下は、ぎゃあぎゃあと喚き続けている。
「それは私の聖女だぞ! 何をするっ!!」
「誰がテメェの聖女だ、ふざけんな。ディアは俺のなんだよ。平民ってだけで興味なかったくせに、今更出しゃばってくんな」
「なっ!? なんだその態度は! 私はこの国の王太子だぞ! それにその女が最初から力を明かし、そうして綺麗な身なりをしていれば、私だって目をかけたはずだ! 先に聖女の力を偽ったその女が悪いだろう!」
王太子殿下はそう吐き捨てて私を指さした。
最初から力があるはずもなく、綺麗な服も何も用意してくれなかったのはそちらだが?と呆れてしまう。
「馬鹿じゃねぇの? 最初から力があるわけねぇだろ。こうして色々な術が使えるようになったのはディアの努力の賜物なんだよ。それに聖女だっつってんのに粗末な服しか渡してなかったのは、大神殿の奴らのせいであってディアの落ち度じゃねぇだろ。そもそも先も何も、ハナから平民だって馬鹿にして無視してたんだろ? 敵に手の内を見せるようなこと、誰がするかよ」
ライは王太子殿下に向かって、私の気持ちを代弁するかのように怒りを顕にした。
絶対に離さないといわんばかりに私の肩を抱いたまま、王太子殿下に言い返している。
私はライが「ディアの努力の賜物」だと言ってくれたのが嬉しくて、きゅっとライの胸元を掴む。
王太子殿下は結界を叩くも通り抜けることは叶わず、その場で地団駄を踏んだ。
「くそっ、貴様! 極刑だ! 極刑にしてやる! おい聖女、命令だ! 私の代わりにその男を始末しろっ!!」
王太子殿下は顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。
結界に飛び散った唾が浮いたまま止まって見えてとても汚い。
しかし私は聞こえた言葉で冷静さを失い、王太子殿下に向かって手を伸ばしていた。
決してそう行動したからといって効果が上がるわけではないのだが、その首元を掴むような仕草で結界に怒りをぶつける。
唾の付いた汚い面をその顔面に押し付けるように、王太子殿下を更に壁へと追い詰めていく。
「私に、ライを、どうしろって……? この状況で、自分が何言ったか分かってんの? ねぇ」
「うっ……ぐぅっ……!」
「どいつもこいつも頭の中どうなってんの? 自分が王族だから? 貴族だから? どうして命じれば言うことを聞くって思ってんの? 私を散々虐げておいて? 聞くわけないでしょ!」
「ぐ、ぐるし……! やめ…………っ!」
私は敬語すらも忘れ、王太子殿下を押し潰していく。
結界と壁に挟まれたその姿は窓にへばりつくヤモリのよう。
ひしゃげていく王太子殿下を見て、王妃殿下や王女殿下は悲鳴を上げ泣き出した。
貴族達も似たような様子で顔を青くして震えている。
「私を平民だって馬鹿にしていたのは誰? 孤児だって見下していたのは誰? 力を十分には使っていなくても私はこの国全体に加護があるよう祈っていたし、少なからず恩恵はあったはずでしょ? それなのに自分達は何の努力もせず、国が豊かにならないのは力の弱い平民聖女のせいだと文句言っていたのは誰? ほら、言ってみなさいよ!」
圧迫されすぎたのか、王太子殿下の顔はどんどんと蒼白になっていく。
呼吸もままならないのだろう。
カヒュカヒュと変な呼吸音が響く。
ライのように舌打ちでもしてしまいそうな苛立たしさの中、私は王太子殿下に向けていた結界を緩めると、その体はべしゃりとだらしなく崩れ落ちた。
私は冷めた瞳で全員を見る。
「謝罪もない。反省もない。私は貴方達のためにこの力を使う気なんてないから」
「そうすればこの国は! ミロキエサル王国は滅びてしまうかもしれないのだぞ!」
玉座から転がり落ちて以降、静かに黙っていた国王陛下だったが、聖女の恩恵が受けられないと分かった途端に反発し始めた。
でっぷりと太ったお腹が結界のせいで横に伸びている。
「いいんじゃない? 寧ろ民のためにも、今後の聖女のためにも、こんな国滅びた方がいいと思ってるから」
聖女らしからぬ国を見捨てる発言をすると、国王陛下は「そ、そんな……っ!?」と打ちひしがれた。
丁度いいタイミングだと、私はある方向へと視線を向け問いかける。
「ねぇ、大司教様と司教様?」
「な、なんだ?」
「お二人は知ってますよねぇ? 聖女の始まりがどうだったのか。どうして聖女が三百年ごとにしか現れないのか」
「なっ!? 一体何を言って……」
大司教様も司教様もこちらを睨み付けてはいるが、その目は少し泳いでいた。
今度は二人に向かって手を伸ばし、結界で押し付けていく。
「しらばっくれなくていいから。知ってるんでしょ?」
「わ、分かった! 答えてやるからやめてくれ!」
「知っているとも! これでいいんだろう!?」
二人は抵抗することなくあっさり白状したため、仕方なく結界を緩める。
大司教様が認めたことで貴族達はざわついた。
王族でも国王陛下以外はみな首を傾げていたため、どうやら他はまだ聞かされていないらしい。
私はひとつ頷くと、読み聞かせを語るように話し始めた。
「ではお話ししましょう。聖女の書に記録されていた真実。初代聖女の誕生と、三百年ごとにしか現れない、聖女の秘密を――」
聖女の書。
それは聖女として学び、聖女の術を覚えれば覚えるほど先が読めるという摩訶不思議な書物。
そして術の記載の他に、凡そ千年前からの歴史が綴られている、聖女による記録書でした。
千年以上も前のこと。
まだまだ文明が発展途上でありながらも、平民貴族問わず誰もが魔法を使えた時代がありました。
便利な魔法は日に日に進歩し、日常に溶け込んでいました。
けれど、便利さも慣れれば普遍的に感じ、次第に物足りなくなっていきます。
人間は欲の歯止めを知らず、好き勝手に、自分本位に魔法は扱われるようになっていきました。
そうして生み出されるものは良い魔法よりも悪い魔法の方が多く、生活を豊かにする魔法とはかけ離れた、他人を貶め自分を優位にさせるようなものばかり。
その副産物として生まれたものを魔力残滓とでも言えばいいでしょうか。
恨み辛みといった心の澱みを孕んだ魔力残滓が至る所に残るようになった結果、それらは日に日に土地や大気を汚染し、生態系にまで影響を及ぼすようになります。
魔力残滓を含む草や木の実といった汚染物質を食べていたことで変異した生物。
それこそが魔獣の原点であり、つまりは魔獣などかつて存在しなかったのです。
人間には元々魔法適性があり、かつ善悪の感情に触れる機会が多く耐性があったため、あまり影響がなかっただけ。
増える魔獣の脅威。
魔力残滓により穢れを孕み、巻き起こる自然災害。
人々の身勝手から生み出された魔法の発展こそ、この国を脅かす要因だったのです。
そうした世界の穢れを憂いた神により、千年前、初代聖女が誕生しました。
神から直接力を分け与えられた聖女は齢十歳の幼い少女で、聖女の書によると大聖女と称されていたようです。
大聖女から譲渡で力を分け与えられた者達を聖女、もしくは代理聖女と呼び、その聖女の中から大聖女に指名された者が、次代の大聖女として力を授かる。
次代の大聖女は先代から仕えてくれている聖女と、新たに自身が任命する聖女、その双方に力を与え国の安寧を保つ。
そうしてこの国の平和は守られていました。
初代聖女は幼くしてその膨大な力を与えられ、よく体調を崩し辛い思いをしたようでした。
そのため、聖女や次代の大聖女を選ぶ際は、成人である十六歳を超えていることが条件付けられました。
けれど、大聖女や聖女の存在すらも普遍的となり日常になってしまうと、数十年経っただけで「聖女は本当に必要なのか?」と言われるようになっていきました。
当時、大聖女や聖女の恩恵を笠に、多くの神殿が高額な寄付金やお布施を巻き上げていたせいもあったのでしょう。
はたまた、より力のある聖女の加護を得んがため、貴族が競って金額を積み上げたせいで、救いを求める平民達にとって手の届かない存在となってしまったせいかもしれません。
更には聖女達の中でも次期大聖女の座を競い、熾烈な争いが繰り広げられるようになっていきました。
そうして五代目の大聖女に選ばれたのは、一人の平民の娘。
聖女としての力が強く、驕らず懸命に努力する姿を評価され選ばれたその娘は――誰にも力を譲渡せず生涯を終えました。
それは何故か。
多くの聖女達は大聖女になれなかった腹いせに「平民の分際で」と罵倒し、聖女の職を辞して去っていったからです。
残った聖女達も行き場がないから仕方なくといった様子で、新たな大聖女を慕ってくれる者は一人も居ませんでした。
(次の大聖女を選ばなければならない。けれど誰もが自分本位で、大聖女になりたいからと媚びてくるか、聖女の座に胡座をかいて気ままな暮らしをしているだけ。国や民を思う者など一人も居ないし、大神殿の人間も当てにならない。それに、継続的な聖女の存在はこの国を狂わせてしまう。これでは聖女など、本当に不要ではないのか――?)
そんな葛藤を抱き続けた五代目大聖女は、力の全てを捧げて国に加護を授け、国の平和を祈りました。
この全身全霊の加護と祈りが消え、再び国に災いがもたらされた時、再び神から直々に大聖女を任命して欲しいと願いながら。
『私が平民ではない、それこそ王族や貴族の娘であったなら、多くの聖女や民を導けたのだろうか』
そんな無念を残し、悔しげな表情で彼女はこの世を去りました。
一気に力を使い果たした大聖女は急死し、残された聖女達や神官達は大混乱に見舞われます。
後任となる大聖女が居らず、聖女達に力を与える者が居なくなってしまったのですから。
けれど大神殿の上層部と王族は、この事実を隠すことにしました。
王族によって集められた隠蔽や認識阻害の魔法に長けた者により、一時凌ぎで聖女達の瞳を金色に変え続けたのです。
そうして数年が経ち、聖女達が力を失っても国は平和なままでした。
もしや本当に聖女が居なくても問題なくなったのでは?と考えた大神殿の上層部と王族は、見かけだけの儀式を執り行わせます。
聖女の中で一番高貴な令嬢を大聖女に祭り上げ、大聖女の祈りによりこの国には平和がもたらされたと……民に信じ込ませたのです。
口を割るものなど居るはずがありませんでした。
全ては大神殿の上層部と王族によって、関係者を全て黙らせるという最悪な方法で闇に葬られたのですから――。
それから更に、王族は平民の魔法使用を禁じました。
魔法を王侯貴族の特権として明確な権威を示し、同時にこの国を害する澱みの発生を減らすことで国の崩壊を遅らせようとしたのです。
大神殿の上層部も同じくその秘密を秘匿し、民達には再び聖女が現れるかもしれないことだけが伝承のように語り継がれていきました。




