34,全面衝突中に場違いな乙女心
大きな扉が騎士達によって開かれた――次の瞬間。
「公爵、覚悟!!」
正面や両サイドから、剣を抜いた騎士達が飛び出してきた。
普通ならこんな不意打ちなど卑怯すぎるが、全員バチンという音と共に、突っ込んできた勢いが反動として本人達に返っていく。
騎士達はみっともなく吹き飛んでいった。
「な、なんだ今のは……!?」
「騎士達が弾き飛ばされたぞ! ここで公爵を仕留めるのではなかったのか?」
と見ていた貴族達はザワザワとざわめく。
正面に並ぶ王族は、私達が入ってきた時に醜悪な笑みを浮かべていたというのに、今やその笑みはすっかり消え失せている。
「私を仕留める……ねぇ。つまりここに居る全員、共犯者ということで宜しいか?」
公爵様の言葉に兵士達が剣を抜き、警戒するよう散開する。
国王陛下が言い繕うように一歩前に出た。
「そ、ソログラシア公爵……これは」
「言い訳は結構。我らが聖女、ディアが全て見ておりました。我々が乗り込んできたと宰相が伝えた時、王が『聖女だけは生け捕りにし、公爵とその一味を討て』と指示されていたことを」
「ど、どうしてそれを!?」
「み、見ていただと!?」
宰相と国王陛下は慌ててそう言葉を漏らす。
もう罪を認めたようなものじゃないか。
「そして王都に住むそなたらは王に加担したのだろう? 私が討たれると知っていたようだからな。どうやらここに居る全員、聖女の恩恵を自ら手放し、我々とは決別の道を望んでいるらしい」
「なっ!? 横暴だぞ!」
「公爵が先に聖女を我が物にしたからではないか!」
こちらを取り囲む貴族達は憤慨し、公爵様を罵倒する言葉が飛び交う。
私は再びブチリとキレて、ライの腕の中で叫んでいた。
「結界!」
私は、私達を取り囲んでいた結界の上にもう一層重ね、それを外へと広げていく。
結界に押された騎士や貴族達が、壁へ壁へと追いやられ悲鳴を上げる。
そこかしこで「な、なんだこれは!?」「痛い! ちょっと押さないで!」などの声が上がるが気にしない。
王族達も座っていた玉座や椅子ごと押され、国王陛下に至っては椅子が後ろに傾いてしまったせいで、ドテンと無様に転がっていた。
ぎゅうぎゅうと人を壁に押し付けるよう結界を広げていくと、何人かが圧迫されて苦しむような呻き声を上げ始めた。
そこで私は一旦拡張を止め、
「そのままぺしゃんこにして押し潰してしまってもいいんですけど、まだ公爵様のこと悪く言います? それとも……黙ります?」
と低い声を発した。
全員がヒュッと息を飲み、一斉に口を噤む。
公爵様は「こんな少女に黙らされるとは世も末だな」と鼻で笑ったあと私の肩をぽんと叩いた。
「全員大人しくなったようだし、これからの話をしようじゃないか」
獰猛な笑みを浮かべる公爵様と、その後ろに私とライが控える。
そして私達を守るよう、兵士達が取り囲んでいる。
私達は広々と空いた道の真ん中を通り、王族達が押さえ付けられている正面へとゆっくり歩みを進めた。
国王陛下は「ち、近寄るな!」と喚いているが、喚いてどうにかなるものでもない。
一番端に居た王女殿下はズリズリと横に体をズラし、王族専用の出入口を目指そうと藻掻いている。
しかし途中でドンッと何かにぶつかったように弾かれ「あっ」と声を上げて倒れ込んだ。
「王女殿下、この部屋からは出られませんよ。それに私達がここに到着するより前から、王城から逃げられないよう対策済ですので」
「そ、そんな……っ!? この……っ! わたくし達王族に向かってこのような真似をっ!!」
「あぁ、いいご質問ですね、殿下」
公爵様の声色は愉快そうに高くなる。
けれど先程同様、表情は氷のように冷たいのだろう。
王女殿下は「ヒッ」と悲鳴を上げ、その場に座り込んだまま動かなくなった。
「国王陛下や皆様もどうぞ一緒にお考えください。我が公爵領や友好地区での大規模な封鎖。そして今展開されているこの術や王城を囲む壁。さてそれは誰によるものか?」
「しらばくれるでないわ! そんなもの、そこらに居る兵士達……が…………。いや、この術……まさか、その平民の娘が……?」
国王陛下の声は次第に震え出した。
私を侮蔑し一切の興味を示さなかった王太子殿下も、散々馬鹿にしていた貴族達も、次第に信じられないものを見るような目でこちらを見始める。
「ライ、下ろしてくれる?」
「無茶すんなよ」
小さく呟かれた私を思う声に頷き、私は公爵様の横に並び立った。
聖女として出来て当然だと教育を叩き込まれた私は、丁寧に神に仕える者達の礼をとった。
胸に手を添え、スッと腰を屈める。
「今代の聖女、ディアでございます。国王陛下が仰られた通り、これは結界といい、中のものを守ったり外のものを捕らえたり出来る術です。魔法でも結界の術はあるそうですが、これほど大規模かつ大量に発動することは出来ないそうですね?」
「き、貴様……っ! そんな術が使えるとは知らされておらんぞ!? おい、司教! 大司教! どうなっておる!?」
壁際に控えさせられていたのは大司教様と司教様だった。
二人とも私の結界に押し負け、ぎゅっと小さくなっている。
「私も司教からはそんな報告受けておりません。おい、どういうことだ!?」
「そ、そんな馬鹿な……! この娘は実技がてんで駄目で、魔法に少し毛が生えたくらいの治癒や祈りの効果しかなかったはず……っ!! 一体何故……!?」
司教様はギリギリとこちらを睨み付けていて、私は堪らず満面の笑みを返した。
「そんなもの、誰にも力を知られないようにするために決まってるでしょう?」
「なんだと!?」
「馬鹿正直に私が聖女の術を身に付けていけば、司教様は私のことをどうしていました? それまで以上に利用しようとしたでしょうし、一生私を大神殿で飼い殺すつもりだったでしょう? 大司教様も、報告を受けていた国王陛下も」
サッとそれぞれに視線を行き渡させると、怒りや驚愕、様々な表情がこちらを向いていた。
「あと、先程国王陛下と宰相との密談を知っていたというのも私の力ですね。三千人もの騎士が攻めてくることも、それこそ大神殿から神官が身分を偽って私を捕らえにくることも、予め全部見て聞いていました」
「そ、それも聖女の力だと……?」
そこで王太子殿下が声を発した。
よくよく考えてみればこの男、聖女を婚約者にと所望していたというのに、まるで私のことを知らないのだなと気付いて呆れてしまう。
「はい、そうですね。千里眼と千里耳という、遠くのものを見聞き出来る能力がございますので」
「素晴らしい……っ!」
「……は?」
王太子殿下は壁に追いやられながら顔を高揚させた。
今更すぎる純粋な褒め言葉に、私は顔を顰める。
「ただの治癒しか行えなかったバシリカと比べて雲泥の差じゃないか! 他にも色々と出来るのだろう? 何故もっと早く教えてくれなかったんだ!!」
王太子殿下は一人興奮冷めやらぬ様子で捲し立てる。
私はその言葉を呆然と聞くしかなかった。
周りの貴族達も唖然としている。
「あぁでもそうか、お前は平民なんだな……。そうして綺麗な聖女服を着ていれば見目は悪くないというのに、なんと勿体ない。平民を正妃としては迎えられんが……そうだ、私の側妃にしてやろう! これほど大規模に王族を侮辱したのだ。本来極刑は免れないが、お前だけは今からでも高待遇で受け入れてやるぞ」
名案だと言わんばかりの大きな声で言い放ち、当然受けるだろう?という自信満々な笑みがこちらを捉えた。
やっとまともに向けられた瞳に気持ち悪い熱が込められていて、私はじりっと後退った。
「……え? なんなのあの人。私、また門の上で叫んだみたいにキレたらいいの?」
予想外の展開に、私の脳裏には「絶対にイヤ!」と叫んだ光景がフラッシュバックする。
そうして狼狽えていると、横に居た公爵様が苦笑を漏らした。
「いや、ディア嬢がキレる前に」
「んなもん俺が許すはずねぇだろ」
気付けば後ろにいたはずのライが、私の横に並び立っていた。
そしてグイッと私は腕を引かれ、ライの顔が目前に迫る。
青い瞳に、目を丸くして驚く私が映っていた。
「ら、ライ……!?」
「……ディアは俺のもんだ。相手が王子だろうが誰だろうが、譲るつもりはねぇよ」
低い声と、私を捉えて離さない目。
気付けば私は……全員の前で唇を奪われていた。
「!?」
周囲では、王太子殿下の「貴様ーーっ!」と叫ぶ声や、見世物を見て叫ぶような悲鳴が聞こえてくる。
そんな中、公爵様は「やるなぁ」と笑っているが……私の心はそれどころではなかった。
(な、ななな……っ、なんで今!? ここで!? 私のファーストキスなんだけどっ!?)
ガッチリと掴まれてしまっている私は、目を回しながらビクともしないライの胸を叩くしかなかったのだった。
※キスシーンですが2パターン考えていて、どうにももう1つの方がしっくりきてしまったので改稿しました。
重要な部分なだけに、前のパターンの方がお好きだった方はすみません……!(2025/07/05)




