32,始まる前からクライマックス
――夢を見ていた。
目の前には三人の女性が見える。
一人は苦渋の表情を浮かべ、一人はポロポロと涙を流し、一人は虚ろな目をしている。
(あの人達は……)
私は、真っ黒な世界で白い衣装を纏うその人達が何者なのか、すぐに察した。
目の前で繰り広げられているものが何を意味しているのか。
各々違う顔色とはいえ、どれもよい表情と言えない理由は何なのか。
「こんな世界、間違ってるよ……。絶対、絶対変えてみせる。私が必ず終わらせてみせますね」
私はその場で膝をついて祈りのポーズをとる。
するとあの日にも見た巨大な光の塊が、手を伸ばして私を包み込んでいた。
夢だとは分かっている。
それでも私は、光の先に居る三人がこちらを見て微笑んだ気がして、強く手を握り締めた。
「…………ア、……ディア」
「ん……?」
「そろそろ起きろ。じきに王城に到着すんぞ」
微睡みの中で聞こえてくるライの低い声は心地好い。
けれど、寝覚めでぼんやりとしていた私は、聞かされた言葉を理解した瞬間、寝坊に気付いて脳が突然活性化した時のようにカッと目を覚ました。
「…………王都じゃなくて、王城!? もう王城に着くの!?」
「おい危ねぇな、飛び起きんじゃねぇよ」
苦言を呈するライを無視して、私は窓へと顔を向ける。
しかし顔を隠すためなのか、私が眠る前まで開けられていたカーテンはしっかりと閉められていた。
周りの状況は確認出来ないが、見えなくとも聞こえてくる音を拾えば何となく分かった。
どうやら多くの人が集まっているらしい。
後ろに続く牢馬車を見て唖然としているのだろうか、ザワザワとどよめく群衆の声が聞こえてくる。
「……ディア、なんかあったか?」
「え?」
ライは眉間にくっきりと皺を作っていて、私は首を傾げた。
ライはポケットを探った後、サッと私の目元を拭う。
「なんで泣いてんだよ」
「え? あれ?」
頬を撫でるとしっとり濡れている。
私はライに言われるまで自分が泣いていることに気付いていなかった。
そしてふとライの持つハンカチを見て、私は脱力した。
(またそれ!? またそのハンカチなの!? ……あっ! そういえば、新しいハンカチを用意してライに絶対渡すんだって意気込んでたのに、トゥルガへの引越しもあったから先延ばしにしてたら聖女に選ばれちゃって、ずっと渡せてないんだった……!)
またしても拙いボロボロのハンカチを目にし、私はガックリと肩を下げた。
何を勘違いしたのか「なんだ、しんどいのか!?」とライが慌てだしたので、首を振って違うと否定しておく。
「ごめんね、夢を見てたの。なんかちょっと……うん、色々と脱力しちゃって」
「あ? 大丈夫かよ」
「大丈夫だよ。これは嘘でも誤魔化しでもないからね」
項垂れていた顔を持ち上げ、へらりと笑う。
すると前から「コホン」と咳払いが聞こえ、ハッと顔を向けた。
(そうだったーーっ! 公爵様もいらっしゃったんだった! 私、あれから王都までずっと寝てたの? あぁ恥ずかしい……っ!!)
私はおろおろと慌てたあと、ライの隣で小さくなって座る。
公爵様は楽しそうにクスクスと笑っていらっしゃるが、なんとも居た堪れない。
「随分顔色がよくなっているな。ライ、でかした」
「……煩ぇよ」
「それにしても水臭いじゃないか。二人が恋人になったと、さっき教えられたのだが?」
公爵様の「恋人」という単語に、私の顔はボッと火が付いたように熱くなる。
「別に言う必要ねぇだろうがよ」
「おいおい、それはないだろう。お前達の成長を何年見てきたと思っているんだ。それなのにこんなめでたいことを黙っているなんて」
公爵様はやれやれと肩を竦める。
ライは気だるそうに溜息を吐くと、窓の縁に肘を乗せて頬杖をついた。
「そもそもそっちが発破かけやがったからだろ?」
「なんだ、つまり私の言葉のおかげなんじゃないか。それなら感謝されこそすれ、文句を言われる筋合いはないだろう?」
「あーーマジで面倒くせぇ……」
ボソリとそう呟くと、ライは見えもしない窓の外へと顔を背ける。
そうやってライが黙りを決め込んでしまうと……と思っていると、予想通り公爵様がこちらを向いた。
「ディア嬢が眠っている間に話を聞かせてもらった。ライのことを受け入れてやってくれてありがとう。これからもこいつのことを宜しく頼む」
公爵様はそう言いながら頭を下げ、私は狼狽してしまう。
「お、おやめください公爵様! 私なんかに頭を下げるなんて」
「ディア嬢。『私なんかに』と自身を卑下するのはよくないぞ。それに、ライが他人と普通に接することが出来るようになったのも、こうして腐らず成長してくれたのも、紛れもなく君のおかげじゃないか。本当に感謝している」
「……余計なお世話だっつうの」
ライは未だ顔を背けたまま言葉を吐き付ける。
しかし、その耳は僅かに赤みを帯びていた。
公爵様もそれに気付いているらしく含み笑いをする。
「ほら、こいつはこんなふうに素直じゃないからな。色々と大変な子だが、これからもライを支えてやってくれ」
「……はい」
私はその言葉がなんだか擽ったくて笑ってしまう。
(交際相手のお父さんにお付き合いを認めてもらうって、こういう感じなのかなぁ?)
私には両親が居ないし、ライの両親については何も知らない。
でも公爵様がライだけでなく私のことも気にかけてくれていると言葉から伝わってくる。
(嬉しい……。嬉しいね、ライ)
私はそっと手を伸ばし、ライの小指に指を絡める。
するとライはそっぽを向いたままで、小指だけでなく全部の指を絡めるよう握り返してきた。
「くくっ。いいものが見れて嬉しいよ。さて、そろそろ王城に着くだろう。気を引き締めて行くぞ」
「はい」「……おう」
馬車が止まり、公爵様自ら出ていく。
本来公爵家の家紋付きであるこの馬車が城門で止められることはないのだそうだ。
騎士達が戦いに向かったはずの公爵様がこうして堂々と現れ、その上後ろに延々と続く牢馬車を見れば止められるのは仕方がないのではなかろうか。
どうやら私とライをまだ出したくないらしく、顔を隠しておくようにと言われ、私達はその言葉に従い馬車の中で待つ。
暫くすると公爵様がいい笑顔で戻ってきて、どかりと馬車に乗り込んだ。
「騎士達に足止めされたんだがな。先に攻めて来たのはそちらだろうと言って、お前達も後ろの牢馬車にぶち込んでやろうかと脅したら道を開けたよ。騎士であれば刺し違えても戦うくらいの気概を見せるべきだろうに」
「情けねぇなぁ。敵をすんなり通すなんて、警備の意味がねぇじゃねぇか」
二人は鼻で笑っているが、後ろに列を成す膨大な牢馬車と捕らえられた仲間を見てしまえば、たった数人で挑もうなど無謀過ぎて戦おうなど考えられないのでは……と思ってしまう。
しかし二人が言うように、簡単に道を開けるのはいかがだろうか。
普通は門の前で待たせて、入城を許可していいか上に確認を取るべきだろうに。
……まぁ止めたとしても、公爵様やライは強引に入っていく気がするが。
「ディア嬢、周りや城内の様子をしっかり見ておいてくれ。あとはそうだな……いくつも力を使わせて悪いが、王城に居る人間を結界で逃げられないようにしておくことは出来るか?」
「それくらいなら全然大丈夫です!」
私は王城を取り囲むよう結界を追加し、その後すぐ千里眼を使って周囲を確認していく。
さっき通ってきた門に居た騎士達は慌てて城内に知らせを飛ばしたり、騎士団への報告のため馬を走らせたりと、各所への伝達に追われているようだ。
門を通り過ぎたとはいえ、こちらの馬車は王城の敷地内に入ったばかり。
庭園では、こちらの馬車を見た者達が悲鳴を上げながら城内へと戻っていく様子も見える。
「門に居た騎士達が各所に知らせ始めました。それに、こちらに気付いた使用人や貴族が城内へと逃げていったので、城全体に話が伝わるのも時間の問題かと」
「ふむ、そうか」
王都に住まう者達であれば、三千人もの軍勢が出陣していく姿を見ていたはずだ。
平民は詳細を知らなかったとしても不思議ではないが、貴族であれば公爵領に向かった理由は凡そ予想出来るだろう。
こんなに慌てるなんて、王国騎士団が負けるはずないと思い込んでいたようではないか。
「後ろの敵兵達はどうしましょう?」
「大臣さえ連れて行けば、他はそのままにしておいて問題なかろう。仮にこの人数が加勢してきたからといって、我々が遅れを取ることはないからな」
「そもそもディアの力のせいで暫く無気力なままかもしれねぇし」
それは確かにそうだ。
最初にこの力に気付いた時も、それからも、長時間精神操作をかけることなんてなかった。
廃人になってはいないだろうが、もしかすると暫くは感情が乏しいままかもしれない。
「それじゃあ、いよいよですね」
私がそう意気込むと、何故かライは楽しそうに前方へと指を向けた。
「なぁなぁ、正面にある城の扉、ぶち破って入らねぇ?」
「えっ、なんで!?」
「いいんじゃないか? それくらい腹を立てていると分からせてやってもいいだろう。ディア嬢、この馬に結界を張ったまま扉に突っ込ませてもよいか?」
「公爵様まで!? 本気で言ってます!?」
私の問いを無視した公爵様は後ろの小窓をトントンと叩くと、御者をしていた兵士が「どうされましたか?」と聞いてきた。
「王城の門にそのまま突っ込め。ディア嬢の結界があるから誰も傷付かん。正面から突撃しろ」
「えっ、いいんですか!? ならもうちょいスピード上げますね!」
「嘘でしょ!? なんで楽しそうなの!?」
私の叫びも虚しく、御者の兵士は両サイドを並走していた騎兵達に離れるよう伝えると、馬に指示を出したのか、馬車のスピードが上がり始めた。
ガタガタと揺れが激しくなっていく。
私は怖くて咄嗟にライの腕にしがみついた。
「ヒッ」
「おらぁ! いけぇーー!!」
「いけぇーーっ!!」
「はははっ」
兵士の声に便乗してライも声を上げ、公爵様も笑っている。
次の瞬間、扉の前で警備していたのだろう騎士達の逃げ惑う声と、扉や建物が壊れていく重い衝突音と破壊音が響き渡った。
(や、野蛮すぎる……っ! これから王族や貴族とやり合うはずなのに、もうクライマックスみたいな気分なんだけど!?)
周りが騒然とする中、私は腰を抜かしてしまった。
馬車から降りようにも、私は産まれたばかりの小鹿みたいな有様で。
それを見たライがケタケタと楽しそうに笑ったあと、ひょいと抱き上げてきた。
「よし、行くぞ」
「下ろして、ライ! なんでこのまま行くの!?」
破壊された扉。至る所に散らばる瓦礫。
城内に突っ込んだままの馬車。興奮して雄々しく嘶く馬達。
震え上がる城内の人達。楽しげな公爵領の兵士達。
表情を切り替えて冷酷そうな表情を浮かべる公爵様。
フードを深く被って不審者にしか見えないライ。
そして――抱き上げられ運ばれる元聖女の私。
(色々とカオスすぎる……)
私は考えることを放棄した。




