30,悪者はどちらの方か
敵兵達を全て捕縛し終えると、兵士達に交代で見張りをさせつつ、私は一旦夜に就寝し休ませてもらった。
そして朝、敵兵達を特製の牢へと誘導する。
彼らは重たそうな足をズルズルと引き摺りながらも、俯きながら素直に入っていく。
私達はこの三千人もの人数を連れ、王都へと真正面から攻め込もうとしていた。
これは王太子殿下が国王陛下に謁見し、公爵領に攻めてくる算段を立て始めた頃まで遡る。
王都から騎士や兵士がこちらに向かってくる。
それを伝えた時、公爵様は「多く見積って五千人率いてくるかどうか」と言った。
中央に住む者達は地方に住んでいる人々を軽視し、自分達より劣っていると馬鹿にする傾向が強い。
自分達より劣る場所に大人数を連れて行く必要はないと考え、多くとも五千人くらいだろうと判断されたそうだ。
そして「五千人程度であれば問題なく倒せるだろう」と言う公爵様の言葉にライも頷いていた。
それならその言葉を信じるとして、だ。
その後のことも考えておかなければならない。
仮に敵を捕虜として捕らえれば、その人数分の食事や場所が必要になる。
かと言って殺してしまうのは非人道的すぎる。
攻めてきた以上、彼らは敵に違いない。
しかし、少なくとも彼らはこの国の国民でもあるのだ。
さてどうすべきかと頭を悩ませた結果、自分達と一緒に王都へ連れていくのがいいだろうという話になった。
殺すことを躊躇い、けれど公爵領で生かすことも難しいとなると、そうする他ない。
戦いの最中で亡くなってしまった者、動かすのが危険なほどの重傷者を除き、全員王都に連れていくとなると、自軍の兵士達も合わせれば恐ろしい人数になるだろう。
私達は強引すぎるこの方法をどう行うかに思考を向けた。
さて、攻めてきた敵兵達を王都までどう運ぶか。
まず徒歩という案。
敵を捕虜らしくロープで繋いで歩かせたとする。
そうなれば公爵領から王都まで一体何日かかるか分からない。
そんな姿を見られ王都に噂が広まれば、防衛を固められる前に王城へと押し入るつもりだというのに、敵に猶予を与えてしまうことになる。
かえって迎え撃つ準備をされてしまうかもしれない。
それに、そもそもこちらは再び食料問題が出てくるので却下である。
次に馬に乗せる案。
こちらに関しては、敵を馬なぞに乗せてしまえば、ロープで縛っていても無理に振り切って逃げようとする者が居るかもしれない。
逃亡される危険性は勿論、突然逃げようと暴れ出した馬が、近くの捕虜やこちらの兵士を傷付ける恐れもある。
それに、今公爵領では圧倒的に馬が不足していた。
敵が乗ってきた馬も確かに増えるだろうが、戦闘で死傷する馬も居るだろう。
こちらも却下だ。
この二つで分かったのは、敵に逃げる選択肢を与えず、確実に全員を素早く運ぶ必要があるということだ。
私はそこで思い付いた。
「捕虜って普通は牢屋に入れますよね? 運べる牢屋ってないんですか?」
「ん? ディア嬢が言いたいのは牢馬車のことか? あるにはあるが、乗せられる人数にも馬が引ける重さにも限界がある。今ある牢馬車を全て準備させたとしても、五千人をも運ぶのは到底無理だぞ?」
「んー……。牢の部分は別で考えるとして、大勢を馬に運んでもらうために、物の重さを軽量化してくれるような魔法なんてないんでしょうか?」
そう問うと、二人は「「あぁ〜……」」と気の抜けた返事と苦笑を漏らした。
分からないなりに考えてるのに!と膨れっ面になると、公爵様は慌てて頷いた。
「いや、確かに軽量化魔法はある。大きな商家は多くの品を運ぶため、魔法が付与された荷馬車を使っているからな。だが、人を……しかも罪人を運ぶとなれば、ただ牢を軽量化すればいいという話だけではないんだ」
「そうだな。あの手の人間を同じところに大人数入れりゃあ、協力して牢を壊そうとするかもしれねぇし」
ライはガシガシと頭を搔く。
牢を壊すという言葉に、私は「え?」と聞き返した。
「武器を取り上げても、牢を壊してくるかもしれないの?」
「魔法には身体強化があるからなぁ。騎士の中には魔法を使える奴も多いだろうし、身体強化持ちの奴もちらほら居るんじゃねぇか?」
「公爵領の兵士達であれば、身体強化がなくとも牢を破壊出来る奴は居るぞ。王国騎士の連中には難しいだろうが、身体強化が出来る奴なら牢を歪められる男も居るはずだ。運んでいる最中に逃げ出されては堪らん」
そう言われ、私は想像してみた。
牢に入れられた男が、むんっと腕力で鉄格子をひん曲げる光景を。
うわぁ……と引いた顔をしていると、ライから「そういうこった」と肩を竦められた。
なるほど先程の返事や苦笑はそういう理由だったか、と理解する。
けれど、それこそ私の出番ではないかとペンを取った。
「じゃあ、必要なものってこんな感じですか?」
私は紙に牢馬車の絵を描いていく。
公爵様は無言を貫いていたが、ライは素直に「下手くそすぎんだろ」と笑った。
ムッとして無言でペンを渡すと、ライはサラサラとそれらしい絵を描いていく。
あまりの差に、私は頬を膨らませる。
「く、悔しい……っ!」
「ディアは本当にこういうの不得意だよなぁ。……それで? 何が言いてぇんだよ?」
ライから促された私は、拗ねている場合ではないと気持ちを入れ替え、それぞれに説明を書いていく。
「まずは大量に人を運ぶ必要がありますよね? ですが、さっき言っていたように、馬の負担も考えて重さを軽くしなければなりません」
私は牢の部分に『沢山の人が入れられる牢』『軽量化が必要』と書いていく。
二人ともうんうんと頷いている。
「魔法での軽量化と、物理的に牢を軽く作ってもらう必要もあるでしょう。けれど、そうすると牢を壊され兼ねない。じゃあどうするか。牢そのものの強化と耐久性を上げなければいけませんね。確か物質の強化や耐久の魔法はありましたよね?」
「あるぞ」「あるな」
先程書いたコメントに『牢の強化』『耐久性の向上』と書く。
二人はそれくらいなら出来るか、と目を見合せる。
「それなら鉄の牢じゃなくて、木で組んで作れる牢にしちゃいましょう。その方がまだ手軽でしょうし。敵兵達には精神干渉と状態操作をして、そもそも反抗しないよう心神耗弱させましょう。そうすれば壊される心配も逃げ出す心配もありませんし、食事を取らなくても健康体を保てるようにすれば、死ぬこともありませんし」
「待て待て、何だって?」
「ディア、お前何言ってんだ?」
さっきまでは順調に同意を得られていたというのに、それぞれから口を挟まれてしまった。
私はペンで書き込もうとしていた手を止め、顔を上げる。
「せ、精神干渉と言ったか?」
「それに、食事しなくても健康体を保つって何だよ」
公爵様だけでなく、ライですらぎょっとした表情を浮かべている。
私は首を傾げたあと「大したことじゃないんですけどね」と話し始めた。
「精神干渉や状態操作は聖女の力の副産物なんです。元々精神系の状態異常を回復する精神回復という力がありまして。この力は本来、精神世界の波を感じ取って穏やかにするのが目的なのですが、実はその波を荒立てることも、逆に停止してしまうことも出来ると……大神殿で懺悔を聞いている時に発見しまして」
「……えげつねぇな……」
敵味方関係なく凍らせるライに言われたくない。
けれど確かにこれに気付いた時、ヤバいものを見付けてしまったと焦ったのは間違いなかった。
あの日、懺悔室に来たのはヒステリックなご夫人だった。
なんでも、ご夫人の旦那様が長年使用人と不貞を働いていたと発覚したらしい。
けれど旦那はその使用人を追い出してはくれず、それ以来その相手を執拗に虐めてしまうのだと夫人は語る。
しかし、この人も神に謝れば許されると思っているタイプの人で、告解してすぐに「でもわたくしは悪くないでしょう!?」「不貞をしていた二人が悪いのよ!」と恐ろしい形相で仕切りの格子に詰め寄ってきた。
確かにこの人の立場を考えれば、不貞を働いた旦那と相手の女を恨みたくなる気持ちは分からなくもない。
だからといって攻撃的な行動を行うか否かは別問題であり、このご夫人は被害者でもありながら加害者にもなってしまったわけだ。
暫くは黙って耳を傾けていたのだが、どうにも落ち着く気配がなく、ご夫人の話はどんどんとヒートアップしていく。
ご夫人の心を落ち着けなければという純粋な心配と、流石に煩すぎると苛立った思いがあったのだろう。
少し強めに精神回復を発動し、精神世界の波をしっかりと止めてしまったところ、その顔から表情が抜け落ち、ピタリと動かなくなってしまった。
落ち着かせるだけではなく、心の起伏を止めてしまったせいで、ご夫人は人形のようになってしまったのだ。
「驚いて力を切ったからすぐに戻ったけど、あの時は本当に怖かったなぁ」
「そりゃ怖すぎだろ」
「そこまでいけば治癒や回復ではなく呪詛だぞ」
「あはは……」
双方から呆れた顔を向けられ、甘んじて受け入れる。
人の心は穏やかに凪いでいるのが健康な精神状態なのだが、あこそまで止めてしまってはいけなかったらしい。
いい勉強になったし、それによりこうした使い方も提示出来るのだからよしとしてもらおう。
「ですので、精神操作で気が滅入っている状態に落とし、容態操作で健康体を維持すれば、精神が相当タフな人ではない限り反抗せず大人しくしてくれると思います」
「……ディア嬢、さっきと術の名前が変わっていないか?」
「だって回復ではないですからね……。回復って言いながら相手の精神を狂わせるのは流石にどうかと思って……作っちゃいました。その時に精神だけじゃなくて体調面も私で調整出来るのでは?と気付きまして、こんなことが出来るようになっちゃいました」
「出来るようになっちゃったって、お前……。歴代の聖女もビックリすんぞ」
そんなこんなで、敵兵の輸送は魔法の力と聖女の力でゴリ押す作戦に決定。
軽量化と強化耐久の魔法を駆使してもらい、敵が攻めてくる前に超軽量木造二階建ての牢馬車を量産してもらったのだ。
千里眼で見ていたところ、五千人と見積もっていた人数が三千人に減ったため、途中で作るのをストップさせた。
おかげで予備も含め十分な数が準備出来た。
なお、私の力を使い、心をぽっきり折った状態で入ってもらう想定のため、牢屋の中では全員揃って三角座りをさせるつもりをしていた。
その体勢から頭を伸ばしてもぶつからないくらいの二階建て牢馬車のため、牢のサイズは差程変わらず、倍の人数が運べるようになっている。
気力を失った無表情な騎士や兵士が、ぞろぞろと牢へと乗り込んでいく。
高さがないため、敵兵自ら四つん這いになり奥まで進み、みちみちと綺麗に詰まっていく様子は、指示を出している側だというのに少し恐怖を感じるほど。
「絵面ヤバすぎんだろ」
「本当に入ってもらったらこうなるんだね……」
綺麗に三角座りをして俯き座る敵兵達を目の当たりにして、ライと私は呆然としていた。
そんな牢馬車がズラリと街道を並んで走るのだ。
「決して我々が悪いわけではないはずなんだがな。どうにもこれは……」
公爵様は苦笑を漏らし、兵士達は顔を顰めていた。
所々から「うわぁ……」と引いているような声が上がっている。
――ここまでやれば、こちらの方が悪者なのでは?
その言葉は誰も口には出さなかった。




