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29,何度引き離されても


 揃って首を傾げる私達を見た公爵様は「気にするな」と笑ったあと、荘厳な表情に切り替わった。

 私もライもピリッとした空気に態度を改める。


「逃げた騎士を拘束次第、王都に向かう。よいな」

「あぁ」「はい!」

 

 公爵様の言葉に頷きながら、私は苦い思い出を思い返していた。


 

 王都に再び向かう……それは決していい気分ではない。

 気がかりや心残りもある。

 でも行かなくて済むのなら行きたくないというのが本音だ。

 なにせ王都で過ごした一年中ずっと、いい思い出など一つもなかったのだから。


 

 たった一年かもしれない。

 

 

 けれど本当に……長い長い一年だった。

 最初の頃は右も左も分からないのに、誰からも手を差し伸べられず邪険に扱われ続け、それから毎日ずっと苦しかった。

 聖女に選ばれたことを恨むほどに。

 けれど、聖女の書を読み進めていくうちに希望と激昂を得て、周囲を気にかける余裕もなく自らを高めることだけに集中した。

 幾度もこんな国なんて滅びてしまえと思いながら。

 

(国の崩壊を望むなんて、あの令嬢のことを悪く言えないくらい私も聖女らしくないよね。でもだからって公爵領だけを守れればいいとまでは思えないんだよね……。他の領地にも王都にだって、ここと同じように家族や愛する誰かを想っている人達が居るって分かってるもん)


 それが私に向くことがないものであったとしても、家族や愛する人への想いに溢れた人が、一人として居ないわけではなかった。

 そんな人達を犠牲に公爵領を守っても、きっと私もみんなも心にしこりを残してしまう。


(それでも、何も言わずこのまま国を救ったって絶対(ろく)なことにならない。みんな誰かの努力のおかげで生きているのに、それを忘れた人達が国を牛耳っているなんて、それだけは絶対に間違ってる!!)


 私は決意を新たに、ぐっと手を握る。


 公爵領に入ることが叶わず憤慨しながら帰っていった者達のように、全てが綺麗にはいかないだろうと理解している。

 王都に向かって、私はどうしたいのか。

 その先を見誤らないよう、今後の行動へと思考を向けた。



「ディア嬢、先程の話の続きだがな」

「はい?」


 私がそんなことを考えていると、公爵様から呼びかけられた。

 

「私の敵も君と同じだ。だから思う存分暴れてくれればいい」

「えっ、でも公爵様は……?」

「君は聖女としての力をもって、奴らを叩きのめすんだろう?」


 公爵様の問いに、私は何も答えずへらりと苦笑する。


(言葉だけを聞いたら私、聖女というより鬼女だよね。間違ってないんだけど……)


「ディア嬢が蹴散らしてくれた奴らをそのままには出来んからな。私はその後処理の方で好きにさせてもらうさ」


 背筋がぴんと伸びそうな笑顔を向けられ、私は「ひぇ」と声を漏らした。

 私をおっかないと言っていた公爵様の方が余程怖い気がする。

 ライは呑気に「おーおー、楽しそうな顔してんなぁ」と(はや)しているが、どことなく公爵様と同じく楽しそうに見えた。


「私のことはいい。ライ、準備が整えば王都に向かうのだぞ」

「分かってるよ」

「はぁ……。私は言ったからな?」

「…………ちっ」


 公爵様は舌打ちして顔を(しか)めるライを見ると、手をヒラヒラと振りながら去っていった。

 そろそろ兵士達の元に降りても問題ないと判断したのだろう。


「ライ、私達も――」


 言葉に詰まったのは、その瞳がまっすぐ射抜くようにこちらを向いていたせいか。

 下では兵士達が未だ騒がしくしているはずなのに、まるで周囲から音が消えたような気さえする。

 向かってくるライの足音だけが、やたらと耳に響くのは何故だろう。

 そうしているうちに、目の前までライが迫っていた。


「ディア」


 ぞくり。

 ただ名前を呼ばれただけ。

 たったそれだけのはずなのに、私はその真剣な声に絡め取られていた。

 目を逸らせないままゴクリと生唾を飲み込む。


「な……に?」

「ディアは、これから何が起きても俺と一緒に居てくれるか?」

「…………え?」


 その言葉をどう受け止めていいのか分からず返事に困っていると、手を取られた。

 そうして私の前にライが跪く。


(……な、なななっ!? 一体なんなの!?)

 

 理解が追い付かず、私は小さく一歩後退った。

 顔が徐々に火照っていく。


「俺はディアが隣で笑っていてくれるなら、何だって出来る。でも、俺の存在自体がいつかディアを傷付けるんじゃねぇかって、巻き込むんじゃねぇかって……ずっと怖かった。あの時みたいに、俺のせいでディアが死んじまうなんてことがあったら、俺は……」

「ライ……」


 それはさっき、似たような感情を抱いた私には痛いほどよく分かった。

 自分の行いや望みのせいで、誰かを……ライを死なせてしまったら。

 それにライにとって『あの時』というのが何を指しているのか、私は知っている。

 育ててくれた人を目の前で失うなんてどれほど辛い記憶だろうと、あの頃から思っていた。

 それに昔からライは私を巻き込みたくないと気にしていたし、私が王都に向かう理由とは別に、ライにとってもこれから何かがあるのかもしれない。


「ディアを危険な目に遭わせるくらいなら、俺は離れた方がいいんじゃねぇかって思ってた。けど……無理だった。ディアから離れるなんて、俺には出来なかった」

「わ、私だって、そんなの嫌だよ! いつか王都から私を取り返すために騎士や国が動いても、みんなに迷惑をかけると分かっていても、私はここに帰ってきたかった。みんなに……ライに会いたかった。だから、嘘をついてでも戻ってきたんだよ」


 私は涙を滲ませながらライの手をぎゅっと握る。

 あの過酷な日々でも耐えられたのは、ひとえに公爵領やみんなの顔を忘れず思い浮かべていたからだ。

 いつか帰るために。

 その時にみんなを守れるように。

 その面々の最後に思い浮かべるのは、いつだってライの顔だった。


「ねぇ、ライ。私、昔言ったことがあったよね。魔法が使えたって、貴族の血を引いていたって、ライはライでしょ?って。今でもずっとそう思ってるよ」


 私はあの頃と同じように、ライを安心させるよう精一杯ニカッと笑ってみせる。

 ライが目を丸くしてこちらを見上げ、そのあと破顔した。


「……ディア。俺は、お前が好きだ」

「……っ」


 蕩けるような笑みで告げられた言葉に、私は言葉を失う。

 さっきとは比べ物にならないほど顔が熱い。

 それ以上に言われた言葉が信じられなくて、私は目を見開いた。


(ライが、私を……好き? 本当に? だってライはお貴族様の血を引いていて、住む世界が違うんじゃないの? それにライのことを狙ってた綺麗な人だっていっぱい居たのに……私なんかでいいの?)

 

「俺はディアを手放せねぇ。ディアだけは……誰にも譲れねぇんだ。俺はディアと二度と引き離されねぇようにするために王都に行く。でも、それをディア自身が望まねぇなら独りよがりになるだろ? だから、嫌なら今ここで断ってくれ」


 ライの言葉に、私は呆けていた口をきゅっと引き結ぶ。


(自分は離れたくないし誰にも譲りたくない。でももし私が嫌がるなら身を引くって……。ライは本当に、いつだって優しいよね)


 言葉遣いは決して優しい言い方とは言えない。

 膝をついていても紳士的ではないし、シチュエーションだって全然ロマンチックなんかじゃない。

 下では兵士達が後処理に追われている声がするし、場所だって無骨な門の上の一室だ。

 けれど、なんだかそれもライらしくて、それに何よりライが伝えてくれた気持ちが、言葉が嬉しくて、私の頬には一筋涙が伝っていく。


「な……っ!? な、なんだよ、そんなに嫌だったのか?」


 真逆の誤解をしたライは、立ち上がっておろおろし、手を離そうとする。

 それを逆に握り締め、ライの手に頬を擦り寄せた。


「はっ!?」

「ライ……私もね、ライが一番大切で、一番好き。私は昔からずっと、ライと家族になりたかったんだ」

「……え?」


 私は気付いたばかりの気持ちをそのまま伝えた。

 頭上からは間の抜けた声が降ってくる。


「私、小さい頃、ライのことを弟や兄のように思っていたの。恋愛的な好きって感情がまだ分からなくて、それでもライと家族になりたかったんだと思う。でも……公爵様からライが貴族の血を引いているって聞かされて、家族になりたいなんて恐れ多い人だったんだって諦めて。それでも変わらずライは、ライのままで居てくれたよね」


 すり……と手のひらに頬擦りすると、グイッと腰を抱かれ上を向かされた。


「ディアだってそうだろ。俺が貴族だと分かっても、俺に対して媚びへつらったり、距離を置いたりしなかった。俺がそれにどれだけ救われたか……」

「ふふっ、ライも同じように悩んでたんだ」


 私達は見つめあって笑う。

 いつものような笑い声なのに、ぐっと縮まった距離。

 触れ合うところからライの熱が伝わってくる。


「もう絶対離してやれない。それでもいいか?」

「うん。私、平民だけど……いいの? ライの側に居させてくれる?」

「そこは全く問題ねぇから気にすんな。それにディアはこの国唯一の聖女なんだぞ? 普通はそこらの貴族どころか王族より優遇されて然るべきだっつうの。まぁそんなもんがなくても、俺はディア以外要らねぇよ」


 私はふと出会ったばかりの頃のライを思い出した。

 毛を逆立てている猛獣のように全員を警戒し、濁った瞳をしていた少年。

 あの時差し伸べた手を、掴まれた手を、ずっとこうして繋ぎ続けてきた。

 何度引き離されても、どちらともが必ず必死で手を伸ばして、再び繋がるようにと。


「ライ、大好き」

「俺もだ」


 まだ後処理も残っているし、これから王都に向かう準備をしなければならない。

 今こんなことをしている場合ではないと分かっていても、想いが繋がった幸せから、私達は少しの間だけ抱き合っていた。



 

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