28,災い転じて福となす?
私は捕縛された騎士や兵士達、そして軍務大臣を囲壁の上から見下ろしていた。
戻ってきたライが得意気な表情を浮かべている。
自分の気持ちに素直になったせいか、前だったら「小憎たらしい!」と言っていただろうその顔も、どうしてかかっこいいと思ってしまう。
「な? 負けるはずねぇって言っただろ?」
「……うん。相手は敵だって分かってても、ちょっと可哀想に思えたよ」
「あ?」
私は気持ちを隠すように、そっけない言葉を言う。
ライは私の頭を軽く掴み、むくれた表情で「なんだよ、すげぇって言ってくれるかと思ったのに」と拗ねるような声を上げた。
(でも、本当に可哀想っちゃ可哀想なんだよね……)
地面に転がされている敵は、春らしいポカポカとした真昼頃だというのに、全員寒そうに体を震わせている。
私は顔を引き攣らせながら笑うしかなかった。
ライが戦場に出た瞬間、元々優勢だった戦況が一瞬にして勝利へと変わった。
昼間だというのに、突如として空気が冷え始めたのだ。
遠く離れている私ですら肌で感じたのだから、戦場は途端にザワついた。
そして味方である兵士達がライに気付き「おい、ヤベェの来るぞ!」と叫んだ――次の瞬間、巨大な冷気の塊が足元を縫って戦場に広がっていった。
ライが得意とする魔法は氷属性。
確かにそれは知ってはいた。
(でもまさか一面を凍り漬けにして、敵味方関係なく全員の足を凍らせるなんて……!)
ライは容赦なく自分以外の動きを封じ、次々に敵を戦闘不能にさせていく。
凍らされて動けなくなった味方の兵士達は「俺達もかよ!」「ライ、てめぇ!」と怒号を上げた。
ちなみにライの放った氷魔法は、味方であれば私の加護があるため痛みもすぐにひく上に、継続ダメージが入るような魔法攻撃は自動解除されるようお祈り済なので、凍ったのも痛みを感じたのもほんの僅かのはずだ。
(だからって何してんのよ! 私の加護ありきで考えるなって、あれほど言ったのにっ! ライの馬鹿っ!!)
私がそんなふうに怒っていると、数ヶ所で赤い煌めきが光った。
どうやら敵の騎士の中に火属性の魔法を得意としている者が居たらしい。
けれど、炎で氷を溶かそうと試みるも、火力を誤れば体そのものが燃えてしまうのもあって慎重にならざるを得なかったようだ。
そんな相手に遅れをとるライではないので、更に魔法も使えないよう手を凍らせていく。
私は戦場を見下ろしながら「え、えげつな……」と無意識に呟いていた。
公爵領の兵士達は、身動きが取れない相手に剣を向けるような非道なことはしない。
それでも国のやり方に苛々していたのか、私の扱いに怒ってくれていたのか、皆思いきり拳で殴りかかっていた。
あれだけボコボコにされれば、もう戦おうなど考えないだろう。
「馬は有難い。まだ走れそうな馬は頂戴しよう」
「人を運ぶにも物を運ぶにも馬が足りていませんでしたし、丁度いいですね!」
「おーい! 武器と一緒に馬も回収して、それぞれ一箇所に集められるかー?」
二人は私に危険が及ばないよう、念のため私を守るように囲壁の上から指示を出している。
兵士達はその指示に従って敵から武器や馬を回収し、反抗や逃亡の余地を奪っていく。
ふとある懸念が浮かんだ私は千里眼を発動し、敵軍の居た更に後方を見た。
すると思った通り、離れた距離から戦況を見ていたのだろう騎士数名が、馬で王都へと戻っていく姿が見えたのだ。
「公爵様。どうやら報告のために、数人を後ろに控えさせていたみたいです。王都に向かっていく様子が見えます」
「ちっ。そういうところは抜け目ないのか。ディア嬢、その者達の場所を追えるか?」
「任せてください」
私がそう返答すると、公爵様は地図を広げた。
指を差しているのは先程まで敵軍が居たサグラードの街の入口手前だ。
「この後方に居て逃げているのであれば、恐らくこの街道を走っているのだろう。王都に戻られて援軍を連れてこられても厄介だな……」
「捕まえますか?」
私があまりにもあっさりと言ったせいか、公爵様もライも「ん?」「は?」と訝しげにこちらを見た。
「いや、捕まえるって……」
「ディア、まだ何か出来んのか?」
「聖女の術は他にもあるけど、結界を檻のように使えばいいってことでしょ?」
どうやら二人には思い付かなかったようだが、なにも結界の用途は守るだけではない。
その中に人や害獣、魔獣を閉じ込めて動きを封じることだって出来るのだ。
「あ、あぁ〜……そういう使い方もあんのか……」
「くくっ、何でもありだな。ディア嬢、頼めるか?」
私の提案にライは呆れたような声を漏らし、公爵様はくつくつと楽しげに笑う。
「任せてください! 結界!」
私は千里眼で見えた騎士達を結界で囲う。
馬を傷付けないよう、まずは騎士達を中心に大きく結界を展開し、徐々に範囲を狭めていく。
「捕獲出来ました!」
「よし。あとは兵士達に行かせよう。ライ」
「ハイハイ。なぁ、誰か馬を走らせてくれる奴居るか? 何人か取り逃してたみてぇなんだよ」
ライは少し離れ、兵士達に指示を出し始めた。
公爵様と二人になり、私はそわそわしてしまう。
話し合いの場にはライが必ず居たため、こうして公爵様と二人きりになるのは初めてのことだった。
(ど、どうしよう……。何を話せばいいの……!?)
緊張でドギマギしていると、公爵様から「ディア嬢」と呼ばれ、私は顔を上げた。
「ありがとう」
「えっ!? ど、どうしたんですか、突然……」
「君が帰ってきてくれたおかげで、そして君が聖女だったおかげで、私はやっと動くことが出来る。国のために、そして……過去の自分と家族のために」
「……過去の自分と……家族?」
私が首を傾げると、公爵様の横顔がみるみる暗いものに変わっていく。
公爵様の過去といえば、成人前に両親と姉を事故や病により失い、苦労されたという話が有名だ。
それ故に自身の経験からか、公爵様は片親の家庭や孤児院へ多くの支援をして下さっているという。
――もしやそれには何かあるのだろうか?
いつでも領民達に優しく、私やライを思いやってくれる公爵様。
この人がこの地を治めていなければ、私はここまで生きていられなかったかもしれないし、何よりもライとは出会うことさえなかったはずだ。
「……誰ですか」
「え?」
「公爵様にそんな顔をさせるのは、誰なんですか」
努めて平坦な声を出そうとしているのに、自然と声が震えてしまう。
私は聖女になってから、どうも怒りっぽくなってしまったらしい。
(私達の公爵様にこんな顔をさせるなんて……絶対に許さない!!)
「なんだ? 怒ってくれるのか?」
「当たり前です!」
公爵様の前に躍り出てそう叫ぶと、公爵様は目を丸くした。
私の声を聞いてか、ライが慌てて戻ってくる。
「この領地で、公爵様に感謝していない者なんて居ません! 少なくとも、公爵様がこの街や領民を大切にしてくださっていたから、孤児の私でもここまで大きくなれたんです。公爵様が誰かに酷いことをされたなら、私は必ず仕返しに行きます!!」
「…………ふっ。聖女直々の仕返しか。それは中々おっかなそうだな」
公爵様はクスクスと笑うと、私の頭をぽんぽんと撫でた。
するとグイッと後ろに引かれ、私はよろけてしまう。
太い腕が私を捉えるよう、背後から抱き留めていた。
先程自分の気持ちに気付いたばかりのせいか、いつも以上にぶわりと顔に熱が集まる。
「ら、ライ!? ちょっと……っ」
「おいおい、そんなに警戒するな。私には妻も子も居るんだぞ? それにディア嬢は小さい頃から知っているんだ。疚しい気なんて起きんさ」
「……ちっ、分かってるよ」
ライはそう言いながらも私から離れない。
ガッチリと掴まれ、腕の逞しさや背中から伝わる大きく硬い胸板にドギマギしてしまう。
(まだ気を抜いちゃいけないのに! もうっ、ライってばどうしてこう気軽に抱き締めてくるの!?)
と、先程自分が抱きついたことは棚に上げ、あわあわと目を泳がせる。
すると、公爵様が「おや?」と目を瞬いた。
「……ほう? これはこれは」
「あ? なんだよ」
「いや、勝手に気を揉んでいたが、余計なお世話だったようだな。災い転じて福となす……か?」
「はぁ? 何言ってんだ?」
「福? 何のこと……?」
公爵様の言葉の意味が分からず、私とライは顔を見合せ首を傾げる。
そうしてさっきまでの表情が嘘のように、まるで子供の成長を喜ぶような目で見られ、私はなんだかムズムズしてしまった。




