27,おたまとフライパンと自覚と
「この街はミロキエサル王国騎士団が完全に包囲した! 大人しく開門し、聖女を渡すのだ!」
その耳障りな声に、私はうんざりした表情を浮かべた。
声の主は「国家反逆だ」などと喚き続けている。
周りに居るみんなからも呆れた声が聞こえてきて、私は釣られて苦笑を漏らした。
言っている方は真剣なんだろうね、一応。
叫んでいる当人は立派な馬に乗りながら、引き連れてきた騎士団の一番後ろでふんぞり返っている。
遠くからでもこちらに聞こえるよう、ご丁寧に風魔法を使って声を大きくしているらしい。
騎士を盾にして何を偉ぶってるんだか。
(何様なのよ……ってあの人、そういえば軍務大臣って言われてたっけ?)
そんな国の中枢を担っている偉い人が来ているようだが、みんな白けているみたい。
私だってそう。
そうして私が眉間に皺を寄せていると、隣に立っていたライが私の顔を覗き込んできた。
「おい。どうすんだ、聖女サマ?」
そう言ってライはニタリと笑う。
(もう、絶対に面白がってるでしょ……)
ライに怫然とした顔を向けた後、私は後ろを振り返った。
そこには公爵領の兵士達、それに領主である公爵様が来てくれている。
この囲壁に到着するまでの間も、多くの領民達から「大丈夫かい?」「負けんじゃないよ!」と声をかけてもらった。
その光景を思い返してからみんなに向かって強く頷くと、騎士団や大臣に見えるよう、私は囲壁の上部に姿を曝した。
大臣が「漸く出てきたか!」と声を上げる。
「選ばれた聖女だというのに、ちょっと嫌味を言われた程度で音を上げ故郷に戻って引き籠るなど、いくら聖女だろうと許されるはずないだろう! さっさと降りてこい! 今すぐ王都に戻るのだ!!」
大臣は顔を真っ赤にして、さも当然のように言う。
まるで私が悪いかのように。
言う事を聞かない子供かのように。
私が王都に行き、聖女として暮らしたのはたった一年だったかもしれない。
それでもあの日々を『ちょっと嫌味を言われた程度』ですませるのか。
聖女の力を求めておきながら私を平民だ孤児だと馬鹿にし、労働の対価もなければ休息も与えず、暇な貴族達はストレス発散のように嫌がらせをし、大神殿は黙って公爵様の計らいを着服したのに?
離れたくなかったこの公爵領から、みんなの側から、ライの隣から……私を無理やり連れ出しておきながら?
私はその瞬間、ブチリとキレた。
後ろ手に隠し持っていたおたまとフライパンを、大臣にも見えるように高く持ち上げると、私は目一杯振りかぶって強く打ち鳴らした。
カーーーン!と軽快な音が、この空気をぶち壊すように響いていく。
目の前の騎士達や大臣は間抜けな顔で唖然としていた。
後ろではライが、
「ディアのやつ、何であんなもの持ってんだって思ってたけど、絶対アレをやるためじゃねえか!」
とゲラゲラ楽しそうに笑っている。
……煩いな。
だって勝負事と言ったらゴング的なものが必要じゃんか。
お決まりでしょ?
私はキッとした目で下を見下ろしながら、持っていたフライパンを肩に担ぐ。
そして威張り返すように腰に手をあてた。
公爵様が用意してくれた綺麗な聖女服にそぐわなくて申し訳ないけれど、私は気品らしさの欠片もない大声で叫んだ。
「ぜえええぇぇったいに、イヤッ!!」
シンと静まり返っていたところに、私の絶叫がビリビリと響いていく。
「「「うおおおぉぉっ!!」」」
全身全霊の拒絶にみんなが湧き上がり、滾るような雄叫びを上げた。
私が戻るとライが頭をくしゃりと撫で、私の手を引く。
下では「待て! 街がどうなってもいいんだな!?」と怒声が聞こえているが、やれるものならやってみればいいと、私は笑う。
――領地全てを覆う、この結界が破れるならね。
私は門で最も高い監視塔に連れられ、全体を見ているように言われた。
手にしていたおたまとフライパンを適当な台の上に置く。
これを貸してくれたエルバさんがサムズアップをして「ぶちかましてきな!」と笑っていた顔を思い出し、ふふっと笑ってしまう。
全力で叫ぶ私の姿をエルバさんやトゥルガのみんなが見ていたら、カラカラと笑って「よくやった!」と褒めてくれたに違いない。
私はちょっぴり満足気に両手をぐっと握った。
兵士達は門の囲壁から何本もロープを垂らし、ぞろぞろと降りていく。
こちらは結界の中なのだから門を開こうが相手は入って来られないのだが、ライも公爵様も兵士達も、満場一致で「あんな奴らのために門を開く必要なんぞない」と言った。
敵は結界を破るべく、必死でこちらに向かって魔法を放ち、剣で斬りかかっているというのに、こちらといえば囲壁からロープでスルスルと地上に降りていく呑気っぷりである。
なんともシュールな絵面だ。
「よし、俺も行ってくるわ」
ライが剣を手に戦場へと足を向けようとして、私はその服の裾を掴んだ。
服を引かれたライは「ん?」と振り返る。
「事前に説明したけど、治癒の加護はあくまで負傷をすぐに癒してくれるものだから、即死のような致命傷には効かないんだからね」
いくら聖女であっても死者を蘇らせることは出来ない。
どれだけ加護を授けていたとしても、即死や治癒の加護の効果が追い付かないほどのダメージを受ければ死んでしまう。
強いライのことだ。
大丈夫だろうと頭では分かっていても、万が一という言葉が過ぎってしまう。
「そんな顔すんなって。見てくれだけのお遊び騎士なんぞに、俺も、ここの兵士達も負けるわけねぇって。な?」
幼い頃とは反対で、私を安心させるようにライが両手を握ってくれた。
それでも恐怖からか、私の体は小刻みに震えてしまう。
ライを失うのが怖い。
ライを失ってしまったら、私は――
こんな感情、他の誰にも抱かない。
仮に公爵様や兵士の誰かが名誉の死を遂げてしまったら、私は胸が悲鳴を上げるほど辛くて悲しくて、わんわんと泣くのだろう。
でも、ライがもし死んでしまったら――泣くだけではすまない。
きっとこの世界を呪うほどに絶望する。
それこそ、聖女の力を悪用することになったとしても――。
思い浮かぶ、これまでの思い出。
そこにはいつだってライが居た。
(そっか……。私はずっと前からライが一番大切で、ライと家族になりたかったんだ。兄や弟って言葉で誤魔化して、お貴族様の血を引いてるって言われてからはそれすらも許されないんだって諦めて……。でも私はずっとライと一緒に居たくて、ずっと……ずっとライのことが好きだったんだ……)
その気持ちは私の胸にストンと落ちてきた。
大丈夫だと目で語るライの表情がとても優しくて、私は込み上げてくる感情のままライに抱き着いた。
ライは「なっ!?」と狼狽えるような声を上げる。
「絶対に戻ってきてね。死にさえしなければ全部全部、私が治すから」
「……当たり前だろ。それにディアの世話にならなくたって、あんな奴ら相手にかすり傷一つ負わねぇよ」
ライはそう言いながら屈み、私のおでこに自分のおでこをぶつけた。
しかし可愛らしい音ではなく、ゴツンと重く鈍い音が響く。
私は両手でおでこを押さえ悶絶した後、キッと抗議の目を向けた。
「〜〜っ! 痛いなぁ!!」
「ははっ! 俺が負けるはずねぇのに、ディアがグズグズ言ってっからだ」
ライはケタケタとおどけてみせると、私の頭に手を置いた。
「行ってくる」
「……うん、気をつけてね」
ライはニッと笑うと、私に背を向けて走っていった。
私はその背を見送ってから、門の前で繰り広げられている戦いを見下ろす。
どちらが優勢かなど、言わなくても明らかだ。
こちらの軍勢が、向かってくる王国騎士団を押し返している。
敵の中に治癒魔法を使える者が居たとしても、一人で一度に治療出来る数は基本一人か二人だろう。
仮に範囲回復が出来るほどの実力者が居たところで、力量差がこれほどあるのだ。
癒す数より負傷者が勝るはずだ。
その点、こちらには私の加護が付いている。
範囲回復どころか、負傷したものはたちまち治癒の力が働く。
治癒を頼りに戦わないで欲しいとも、致命的な負傷には効かないとも話しておいたが、加護のあるなしは非常に大きいはず。
「絶対に、あんた達なんかに負けない。あんた達なんかに、ここの人達を傷付けさせたりしない……!」
私は両手を胸の前で組み、誰一人加護が切れないよう、結界が破られないよう集中する。
そこに真っ黒な人影が勢いよく飛び出していった。
さぁ、ついに00の導入まで辿り着きました!
ディアとライの猛攻が始まります!!
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