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24,変化を起こす勇気と力を


 公爵様の宣言により、夜逃げ同然のような状態で公爵領を訪れる者達が増えた。

 門番達に記録を取ってもらった後、ボロボロの彼らを一先ず使われていない倉庫へと誘導してもらう。


「ようこそ、ソログラシア公爵領へ! まずはこちらで寛いでください」

「疲れたでしょう? 荷物は俺達が運びますよ」


 倉庫では結界(サンタバレラ)の影響で商売が出来ない商人達に手伝ってもらい、移住してきた人達の受け入れや荷運びをしてもらっている。


「ほら、パンとスープだよ。よく頑張ってここまで来たね」


 他にも飲食店を経営している人達が交代で炊き出しをしてくれている。

 温かいパンとスープを手渡され、みな喜んでくれているようだ。


 

 倉庫の中では移住希望者を家族ごとに区分けして、それぞれ聞き取りを行っていく。

 元々どんな仕事をしていたのか、住み込みで働きたいのか、家族で暮らしたいのかなど、それぞれの要望を確認する。

 前置きで全ての希望には答えられない可能性を伝えた上で、極力彼らの願いが叶えられるよう仕事や住まいを斡旋していくのだ。


 こちらも同じく、結界(サンタバレラ)の影響で利用者が減ってしまう宿屋を上手く利用させてもらって、住み込みではなく家族で暮らしたいと希望する人達には、一時的に宿屋の部屋を格安で借りれるようにしてもらっている。


 商人や宿屋、あとは飲食店といった結界(サンタバレラ)によって収益が下がってしまう人達には、こうして代わりの仕事を与え、その補填を公爵様に行ってもらえるよう取り付けたのだ。

 例えば、移住者は一定期間格安で部屋が借りられて、宿屋は公爵様からもらえる支援金で経営が出来る……という寸法である。

 サグラードの街でのみ移住希望者を受け入れていては人が溢れ返ってしまうから、元々農家だった人達には極力穀倉地帯や農業地域に行ってもらって、即戦力として働いてもらうつもりをしている。

 その際の移動も商人達に手助けしてもらい、移動の際のお弁当や保存食を飲食店から提供してもらうのだ。

 他にも仕事着の提供を服屋に、仕事や生活に必要な道具や雑貨を金物屋や雑貨屋に、移住者のための商品提供は記録を取った上で安く販売し、その分も公爵様から支援金が店に送られるよう準備してきた。

 

 私とライで領民達に迷惑をかけないように、そして移住者にも居心地のいい場所が提供出来るようにと必死で考え、公爵様と何度も打ち合わせをした。

 新たな移住者を受け入れつつ、公爵領全体で経済を回していくために。



 私は影からそれを覗いていた。

 千里眼(ミロホス)を使っても良かったが、実際の目でどんな人達が来て、どんな表情をしているのか見たかったのだ。


 ここに逃げてきた人達は、きっととても辛かったのだろう。

 最初は表情が固く、本当に受け入れてもらえるのか不安そうにしている人達が多かった。

 しかし、その表情はすぐ柔らかいものへと変わっていった。

 優しい歓迎に安堵を浮かべ、温かい食事に涙を滲ませ、これからの希望を聞かれて目を輝かせている。

 彼らが少しでも幸せになれますようにと、私は心からそう願う。

 するといつもの癖で手を組んで祈ってしまったせいか、私の手元が僅かに光ってしまったらしい。


「あっ、ディアじゃないか! 見に来てくれたのかい?」


 覗いていたと気付かれてしまい、ハッと顔を上げた時には既に注目の的だった。

 今日の炊き出しはエルバさんだったので、その元気な声はよく響いたようだ。

 

「おぉ、ディア! お疲れ! こっちは順調だぞ」

「あの子が噂の聖女だよ! こうした計らいは、あの子ともう一人の男の子のおかげさ」


 移住者の人達は全員がこちらを向き、感謝を述べたり頭を下げ始める。

 中には手を擦り合わせて拝むような仕草を見せる人まで。


「ちょ、ちょっとエルバさん大袈裟だよ! それに、私の我儘で国のために力を使わなかったんだもん。私が素直に国の言うことを聞いて加護を与えていれば、住み慣れた街や村を出ずに済んだんだと思うから……」


 ふと過ぎったものに私は表情を暗くする。

 それは実際に言われたことでもあった。

 移住者の中には私に恨みを抱きながらこの地に来て、結界(サンタバレラ)を通過出来なかった人も居たからだ。



 

「お前が聖女として働いていれば、我々は村を出ずに済んだんだ!」


 ある日、私は結界(サンタバレラ)を挟んでそう怒鳴られていた。

 確かにその言葉の通りだと思う。

 私が聖女としての力を行使していれば、この人達は変わらぬ生活が送れていたのだろう。

 でも――。


「それで私に犠牲になれって? 自分がその立場にされたら、貴方は納得出来るんですか?」

「そ、それは……」


 ぐっと言葉を詰まらせるところを見ると、この人達自身も心のどこかで理解はしているのだろう。

 けれど住み慣れた土地を出ていかなければならなくなった怒りをどこかに向けたくて、こうなってしまっているのだとしたら……。

 私は少しでも彼らの心持ちが変わって結界(サンタバレラ)を通り抜けてほしくて、その人達に訴えかけた。


「私が自己犠牲で国を守って、それで国は良くなるんですか? そもそもみなさんはどうしてここに来ることになったのでしょうか。私が聖女としての加護を与えなかったから? 違いますよね。領主や村の管理者が、みなさんを救おうとしなかったからじゃないんですか?」

「…………」

「領民を、村民を、上の人達が大切に思っていたのなら、私が加護を与えなくても税を下げるなり補助を考えるなり、いくらでもやりようはあったはずですよね?」

「で、でも! お前が最初から聖女としての役目を果たしていれば、こんなことにはならなったはずだ!」

「そうですね、確かにきっかけは私かもしれません。でも、もし仮に私が死ぬようなことが起これば、結局こうなっていたと思いますが? 誰かを犠牲にするか、貴族を優先して平民を見捨てるかってね」


 私はひたりと反論する人達を見据えた。

 金の目を光らせ、視線を逸らすことなくまっすぐ見つめる。


「私もみなさんと同じです。平民だ孤児だと馬鹿にされて、上の人達からは何もしてもらえませんでした。それどころかお役目を果たせと休みなく働かされ、給料も休暇もなく、ボロ雑巾のように扱われ続けました。それこそ過労死するんじゃないかと思うくらいに。それなのに、どうしてそんな人達に聖女の力を使わなければいけないのでしょう。私のこの感情はおかしいですか?」

「そ、それは……。可哀想だとは思うけどよ……」

「私に憤りを抱く気持ちを否定するつもりはありません。ですが、私を悪だと履き違えて恨まれる筋合いもありません。私があの声明を出したとしても、公爵様が救済措置を公開したとしても、国やそれぞれの領主がみなさんを助けるよう計らっていればこんなことにはならなかったはずですから」


 私がそう言うと、その場に留まっていた全員が顔を背けたり俯いて私から目を逸らした。

 私はそっと結界(サンタバレラ)に手を伸ばす。

 ここに結界があると見えるように、わざとキラキラ光らせる。

 全員が目を丸くしてドーム状の光を見上げた。


「この中に入る条件は、この地や人に悪意や害意を抱かない人です。私に対しての感情も該当します。さっきも言ったように、憤る気持ちは分かります。巻き込んでいるのだとも……。ですが『私が仕事をしていればよかったんだ』といった安直なものではないのだと、今こそ正しい国の在り方を王侯貴族に考え直させなければいけないのだと、どうか分かってほしいです」


 私はそう言って頭を下げ、その場を後にした。

 暫くして、そこに居た人達のほとんどが領内に入れたと聞いてホッとしたのと同時に、それでもやはり私を悪だと思ったまま入ることが叶わず、立ち去っていった人達も居たのだと悔しくなった。


 

 

 そんなことが度々起こり、私は自分の行いが正しいのか悩むこともあった。

 独りよがりで身勝手な行動をしているのではないか、と。

 でもそんな時、ライや公爵様が私を励ましてくれた。


「大きな変化を起こす時に、全ての賛同を得るなんて不可能だ。君は君の信念の通りに行動しなさい」

「そうそう。ディアがあれだけ話して、それでもお前が悪いなんて思う奴、ここに来たって絶対に揉めるって。ここじゃみんな、ディアの味方なんだ。それなら最初から受け入れねぇ方がいいだろ」

 

 二人からそう勇気付けられたのだ。

 それに――


「ありがとう、聖女様!」


 こうして笑顔を向けてくれる人達を裏切りたくないから――。


「こちらこそ、無事に公爵領まで来てくれてありがとうございます。どうかみんなが健やかに暮らせますように」

「わあぁ! 綺麗!」

「こりゃあ凄い!」


 私は心のままに聖女の力を奮う。

 この国の人達が身分など関係なく尊重され生きていける、そんな未来を願って。





 そんなふうに慌ただしく過ごしているうちに、年末、そして新年を迎えていた。

 去年は一人虚しく年の瀬を迎えたのに、今年は目が回るような忙しさで「年末!? もう!?」「年越した!? いつ!?」というような調子だった。

 ライと一緒に目を回しながら過ごす年末年始。

 そんな怒涛の毎日でも、周りにライやみんなが居てくれるだけで楽しく感じてしまう。

 みんな頑張っているのだから、私も頑張らなければと励まされる。


(私、やっぱりここが……公爵領が好きだな)


 私は改めて再認識した。

 それと同時に、これから訪れるであろう未来を思い浮かべ、目を伏せる。

 王都の王侯貴族達は冬のせいで現在身動きが取れないのだろうが、春になれば国は本格的に公爵領への対策や強硬な手段に訴えてくるはずだ。


(絶対負けない。ここの人達は私が守るんだから)

 

 その思いを胸に刻み、私は冬晴れの空を見上げた。

 この澄んだ空気が、じきに春の嵐へと変貌するのだろう。

 そんな気配が確実に近付いていた。


 

 

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