16,戻ってきた故郷で悪巧みの続きを
「すみませーん。公爵様にお会いしたいのですが」
サグラードをぐるりと囲む囲壁。
領地に入るための受付で私がそう言うと、待機していた門番が気だるそうに紙を取りだした。
「まず通行記録に記入を。あと君ねぇ、簡単に公爵様って言うけど、何かお約束……を…………って、えっ!? お前、ディアか!?」
「ただいまぁ〜〜。気付くのが遅いよ」
「うわぁ、驚いた! おかえり! 大丈夫……じゃなさそうだな。なんだその顔色……。こんな痩せちまってよぉ」
私に気付いて大きな声を出したのは、トゥルガによくご飯を食べに来てくれていた公爵家の兵士だった。
他の門番達もその声に釣られて、裏からぞろぞろと出てくる。
「ディア!? お前、帰ったのか!」
「でも確か聖女だって連れていかれたんじゃ……」
「うん。ちょっと色々あってね。それも込みで公爵様に相談したいの」
「おっし、分かった。ちょっと待ってろ」
門番の中でも魔法が使える兵士が出てきて、すぐ公爵様の元に届くよう、魔法の手紙を送ってくれた。
みんな温かく迎え入れてくれ、私は本当に帰って来れたのだと、自然と顔が綻んでいく。
門番達の控え室に案内されると、置いてあった温かいお茶と保存食の干し肉を食べさせてもらった。
ここ数日、渡されたパンと水でなんとか凌いで帰ってきたので、生き返るような心地だった。
暫くして外がガヤガヤと騒々しくなる。
公爵様が来られたのかなと思っていると、けたたましい音で扉が開いた。
驚いてぎょっとしている内に、私は黒くて大きな塊に抱き締められていた。
黒い髪が視界で揺れる。
「ライ……? ライなの?」
私がそう聞いても、その人は痛いくらいに抱き締めたまま何も言わない。
一年ほどしか離れていないのに、また背が高くなったのか、私はその胸にすっぽりと収まっていた。
「……ねぇ、ライ。顔を見せて。ちゃんと目を見て、ただいまって言わせてよ」
私がそう言うと、その体はゆるゆると私を離す。
私の顔を優しく両手で掴んで上を向かせたその人は、普段鋭い目や釣り上がった凛々しい眉をしているのに、不安そうに瞳を揺らして眉を下げていた。
私はへにゃりと笑いながら、じわりと涙が浮かんでくる。
「ただいま、ライ」
「……迎えに行けなくて悪い。おかえり、ディア」
私達はそう言って再び抱き合う。
これが夢ではないと、確かめるように。
「それで? どうやって抜け出してきたんだ?」
「抜け出していませんよ! 正面から出てきてやりました。……色々と嘘をついてですけどね」
場所を移し、私は公爵様のお屋敷に来ていた。
以前聖女になった日にも来た、公爵様の執務室だ。
私の正面には公爵様が座り、ライは私の手を掴んで離さないので、そのまま私の隣に腰かけている。
「ディア……、それ問題になんねぇのか?」
「問題どころか大問題なるんじゃない? 暫くしたら私を連れ戻しに来たり、王都の騎士達が攻めてくるかも」
「「はぁ!?」」
「でも大丈夫。ちゃんと全部話すから、まずはそれを聞いて! 私、本当に怒ってるんだから」
「「えぇ……?」」
私が居ない間に、雰囲気が似るどころかシンクロするようになったのだろうか。
同じような顔で同じように反応するものだから、私は「ぷっ」と吹き出してしまう。
真剣な話をしなくちゃいけないのに、なんて呑気なのだろうと、この気が抜ける雰囲気が堪らなく嬉しかった。
私は包み隠さず、王都での日々を話をした。
聖女として呼ばれたはずなのに、平民だ孤児だと軽んじられ続けていたこと。
聖女として休みなく働かされていたにも関わらず、給料なんて見たことも聞いたこともなかったこと。
その上、公爵様が私のために送ってくださったという、家具や服を購入するための資金は一切私の元には届いておらず、使いの人が来ていたことや手紙の存在も知らなかったこと。
ライは私が何かを言う度に声を荒らげ、公爵様は眉間に皺を寄せていた。
「クッソ、あいつら……っ!」
「私のお金が支払われないとか、身分で軽んじられるとか、それだけならまだ黙って受け入れられたの。腹は立つけど。食べ物は食べさせてもらえてたし、寝る所は与えてもらっていたしね。……見習い以下だったけど」
私が必ず後に文句を言うと、ライは苦笑しながら「不満タラタラじゃねぇか」と笑った。
自分の出自を考えたら理解は出来るからそう言っているだけで、不満がないとは言っていないし、寧ろ不満しかないとも言える。
「でも、何よりも公爵様のお金を勝手に使うなんて! そのお金があれば孤児院の机やベッドを綺麗にしてもらえたり、他にも領地のために色々と使ってもらえたはずなのに……っ!!」
「いや、それはディア嬢のための金だったのだが。そもそも国の聖女として強制的に王都まで連れ出しておいて、あの者達はどうしてそのような対応が出来るんだ……」
公爵様は頭が痛いと眉間を揉んでいる。
「使いの人が来てくれていたことも、手紙のことも……聖女の能力で色々と探っていくうちに知ったんです。手紙は……全て燃やされていたようでした」
「だから一度も返事がなかったのか……。きっと忙しいんだろうって言ってたのに、まさか手元に届いてすらねぇなんてな。孤児院のガキ達も女将も、街の奴ら全員がディアを応援しようって何枚も書いてたってのに……っ」
ライは悔しそうな声のあと「俺だって……」と小さく呟いた気がして、私は自分の耳を疑った。
(え? まさかライも……? そういうの嫌がりそうなのに、ライも私に手紙を書いてくれたの……?)
一体なんと書いてくれたのか。
みんなやライの優しさは、既に知らぬところで灰にされてしまった。
私は悔しくて悲しくて、ぎゅっと手を握る。
ライが横で「痛ぇよ」と文句を垂れたが、それなら手を離せばいいと聞かなかったことにする。
「それに私、見て、聞いたんです。大神殿に繋がる孤児院の様子を。一度も足を踏み入れる機会はなかったのですが、大神殿だって孤児院があるはずだと思って、聖女の能力で覗いたんです。……とても酷い有様でした。薄暗く汚いところで、子供達は息を潜めるように暮らしていたんです」
私がそう言うと、ライの表情に影が差した。
きっと私の言葉で自分が昔居た場所のことを思い出したのだろう。
「孤児の中から何人か見た目のいい子だけを優遇して育てて、貴族が寄付に訪れた時には、その育ちの良い子供達だけを表に出すことで誤魔化しているようでした。助けてあげたかったけど、私にはそんな時間も余裕もなくて……。どうか少しでも苦しくないようにと祈るくらいしか出来ませんでした。それに、孤児院の地下には牢屋のようなものもあったんです。中には誰も居なかったけれど、孤児院にあんなものがあるなんて……。言うことを聞かない子供を閉じ込めるために作られたんでしょうか」
「…………」
「……あちらは相変わらず悪徳貴族や神殿上層部に支配されているのだな」
ライは目を閉じ、公爵様は頭を抱えて重く溜息を吐き出している。
私は顔を上げ、まっすぐ公爵様を見た。
「王族ってなんですか? 貴族や神殿の人達は? みんなそんなに偉いんですか? 自分達が馬鹿にしている平民達が作ってくれた食材や着るものがなければ、あんな奴ら全員飢えて凍えて生きていけないのに。人を人とも思わないあの人達は、一体何様なんですか?」
「全くもってその通りだ。君の言っていることは間違っていないよ。私達貴族や王族は領民を、国民を守ることで税を納めてもらい、それで暮らしている。民が居なければ満足な食事も煌びやかな服も手に入らぬというのに、そのことを忘れた大馬鹿者が多いのだ」
「自分達の血は高貴だ何だって言いやがるけど、魔法が使えるか使えないかくらいの、同じ血と肉と骨じゃねぇか。神様でも聖女サマでもねぇのによ。なぁ?」
ライから問われ「私は聖女だからって偉ぶるつもりはないよ……?」と苦笑する。
私の返事を聞いたライは、何故か満足そうに頭を撫でてきた。
「公爵様のように領地を、領民を想って働いてくださっている方なら、心から感謝し尊敬出来ます。でも、あんな人達の治める国が『聖女の力で平和になりました。めでたしめでたし』で済まされるなんて真っ平だと思ったんです。だから私は、あいつらに分からせてやろうと思って帰ってきました」
私はそう言って立ち上がる。
二人はまた口を揃えて「「何を?」」と言っている。
「いかに自分達が他者の努力の上で暮らしているかをです! 王族や貴族が民を軽んじて守らないのに、自分達は当然のように聖女に守ってもらえるなんて図々しいと、烏滸がましいと思いませんか!? だからその考え、ぶち壊して後悔させてやるんです!」
「「どうやって……?」」
似たような表情で目を丸くする二人を見下ろし、私はにんまりと悪い笑顔を浮かべる。
それから私は何をしてきたか、これから何をするつもりなのか、その計画の全てを話し始めた。




