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13,怒りを糧に闘志を燃やして


 ある日、ミロキエサル王国の王太子殿下と宰相様が大神殿へとやって来た。

 その知らせを聞き、私も聖女として出迎えに並ばされたが、王太子殿下はこちらを見るやいなやゴミでも見るような表情を浮かべ、挨拶もせずに立ち去っていった。

 出迎えの時、顔を歪めてこちらを見ていたのは王太子殿下だったようだ。

 話によると、どうやら王太子殿下は聖女と婚約するつもりで、長年婚約者の座を空けていたらしい。

 それがこんな平民で孤児の娘だとは青天の霹靂だったのだろう。


(でもそれ、私知ったこっちゃないよね? 当てが外れたからって勝手すぎない? 私だって、ずっとサグラードに居たかったのに!)

 

 彼らの対応にむかむかした私は「誰がアンタなんかと婚約するか!」と、遠ざかる背中に向かって心の中でべーっと舌を出した。


 

 他にも煩わしいことに、怖いもの見たさでやって来る貴族達も多かった。

 中でも豪華に着飾った複数の令嬢達は、


「まぁ、あれが聖女? 巫女見習いの間違いではなくって?」

「見て、髪もネズミのようだわ。なんてみすぼらしいのかしら」

「本当ですわね。これでやっと殿下もわたくし達を見て下さるでしょう」

「ずっと王太子妃候補として学んできたのはわたくし達ですもの。聖女といえど平民の娘を選ぶなんて、ねぇ?」


と楽しそうに囀っては、こちらを見て嘲笑うのだ。

 そう言われても私は「ハイハイお似合いだよ」といった呆れた感想しか抱かなかった。


(王子様だろうがあんな男、こっちだって願い下げだから! お妃様に選ばれたって全然嬉しくもないし。私だって望んでないんだから、そっちで勝手にキャットファイトしててよ。私を巻き込まないで!)


と、ただでさえ忙しい私は相手にしなかった。

 

 けれど、自分の方が上だと見せ付けるためだけに、何度も大神殿にまで来る令嬢達も居た。

 その令嬢は信奉者も感心する来訪率だったが、向かう先は礼拝堂や懺悔室ではなく、私。

 私が一体何をしたんだと思うほど頻繁に現れ、悪口雑言の限りを尽くして帰っていくのだ。

 一度、わざわざ王太子殿下の妹である王女殿下まで連れてきて、嫌味たらしく私を貶したこともあった。


「あれが本当に聖女ですって? じゃああんな汚らしいのが聖女服なの?」

「どうやら大神殿も、あの女を聖女と認めていないようですよ。ですから、歴代の聖女が着ていた聖女服を渡してもらえなかったのではないでしょうか。もしかしたら本物の聖女は別で居るのかもしれませんね」

「あら、そうなの? それならあれは下女か何かということね? あんなのが王族になるだなんて嫌よ。怖気がするわ。お兄様もさっさと貴女のような上位貴族の令嬢を婚約者に選んで下されば宜しいのに、ねぇ?」


と周りにわざと聞こえるように言ってくるのだ。

 王妃様と同じ小紫色の瞳と、隣に並ぶ令嬢の躑躅色(つつじいろ)の瞳が、蔑みを込めて私に向いていた。

 クスクスと笑う声は伝染していき、同じように大神殿で働いている神官や巫女、見習い達からも笑われる。

 いっそ清々しいほどに全員が私を軽視していた。

 聖女として呼ばれたはずの私を。

 

 

 私だって不本意で聖女と呼ばれ、無理やり連れてこられたというのに、どうして無視をされ、そんな顔を向けられ、笑われなければならないのか。

 王太子殿下や王女殿下は、確かに王子様やお姫様らしいらしい美青年美少女だったし、他のご令嬢達も全員華やかで美しかった。

 

 ――でも、それだけじゃないか。

 

 見てくれと血筋だけはご立派で、中身が醜悪な人間ばかり。

 そんな人達のために何を祈れというのか。

 どうして彼らを救わなければいけないのか。

 そうして私は疑問を抱くようになっていった。


 

 果たしてこの国を救う必要はあるの?


 

 自分達の力で解決しようとは露ほど思わず、救ってもらうのがさも当然のようにしている彼らを、その上で聖女だという私をこれほどまでにコケにしている奴らを、何故助けてやらねばいけないのか?と……。

 

 私の心にはどんどんとその澱みが膨れ上がっていった。


(そんな道理がどうして通ると思っているんだろう? こんな扱いをしておいて、どうして聖女の力を行使してもらえると思えるんだろう?)

 

 私は純粋に疑問を抱き、彼らを見た。

 良き領主が導いてくれているから、ソログラシア公爵領には心優しい人達が多い。

 仮に罪を犯した罪人はきちんと罰され、領民を脅かす物には容赦しない。

 だからこそみんな安心して暮らせるのだ。


 ――それなら、ここは?


 王侯貴族の身勝手は罷り通って当然だと、それをおかしいとも思わない人達ばかりが暮らしている。

 きっとこの王都で暮らしている平民達は、貴族との繋がりやツテがあったり、元貴族で騎士や侍女として身を立てているような人だったりと、他の街の平民に比べると育ちのいい人達ばかりなのだろう。

 王都の平民達はよその平民とは違うと馬鹿にし、貴族は平民全てを軽んじ、そして貴族は貴族同士で更に階級争いをし、揚げ足取りに勤しんでいる。

 

 そうして敗者や弱者となった人間は、八つ当たりと言わんばかりに自分より更に下の者を踏み躙り、嘲笑って溜飲を下げる。

 その繰り返しだ。


 上の者に気に入られ取り立ててもらえるよう媚びへつらい、敵になりそうな人間の粗を探し、罵り合い傷付け合って、蹴落とした人間を踏み台にして地位と尊厳を保とうとする。

 しかもそんな人間が金や権力を持ち、人の上に立っているというのだから、なおタチが悪い。

 勝負事のような純粋な優劣を競うものではない、利己的で自己本位な我欲塗れの人間ばかりが己のために他人を貶め、時には金や権力で相手を捩じ伏せ、我が物顔で生きているのだ。

 何が正しいとか、何が間違いだとか、そんなものここには存在しない。

 国はそれを諌めることもなければ、そもそも国自体がそう導いているような有様なのだから、準ずる国民がそうなっていくのは必然だろう。


(こんな国、いっそ滅んでしまった方がよくない?)


 あまりにもソログラシア公爵領と違いすぎて、本当にここが同じ国なのかと疑うほどに。

 そんな風にして私は『何故こんな国のために聖女として尽くすことを強いられ、こんな生活を送らなければいけないのか』と苛々する日々を過ごしていた。

 


 

 聖女の能力について記された書物は、聖女の力を有する者にしか読み解けないようになっているらしく、この大神殿に保管されている国宝だった。

 普段誰も読むことが出来ないそれは、大神殿の中でも規定の身分の者にしか立ち入ることの出来ない禁書庫に置かれている。

 そして本には鎖が付けられ、持ち出されないよう厳重に保管されていた。

 聖女の力を扱うための勉強の時間、私は禁書庫でこの書物を読み進め、そして訓練場にてそこで得た術の実技訓練をしていた。

 しかしこの書物を読み進め、多くの能力や記述を見付け、私は思い至ったのだ。


(やっぱりあんな人達、全員滅んだ方が国のためだよ)


 それは怒りだった。

 書物を読み進めて聖女の能力や力を学び、そしてその後の記述を読んで、私は唇を噛み締めた。

 そしてとうとう私は……ひっそりと悪巧みを始めたのだ。


 

 それから私は自室に持ち帰れない書物の内容を必死で覚え、睡眠時間を削って夜中に物置部屋で密かに訓練を続けた。

 ただでさえ休みのない日々で疲労の積み重なった体に鞭を打ち、聖女としての力を磨く。

 どれだけ今が辛くても、やり遂げればきっと思い描く未来に辿り着けるはずだと信じて。

 心が折れそうな時も、心ない言葉を言われた日も、色褪せることなく思い出せる景色に、そして泣く泣く別れた街に、領民達に、そして……置き去りにしてしまったライに思いを馳せて、一人で闘志を燃やし続けた。


(ライ……。私、絶対にやってみせるよ……!)

 

 必ず後悔させてやると、けれど必ず公爵領は絶対に守ってみせると……そう胸に誓って。

 


 

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