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10, 突然の光と見慣れない瞳


 十六歳まであと一週間になった。

 ついに私も孤児院を卒業し、成人として正式にトゥルガの店員になる。

 そうは言ってもこの一年、出勤日の数日はトゥルガに泊まり、休みの数日は孤児院に戻る生活をしていたため、半分は孤児院を出ているようなものだった。

 全く不安がないとは言えないけれど、それよりもこれからしっかり料理を教えてもらえる喜びと楽しみから、私はワクワクしていた。


(こうして前向きになれたのは、あの日、ライが話を聞いてくれたからだよね。ちゃんとした大人になれるのかなって不安だったのに)


 私はそんな単純な自分に少し笑ってしまう。

 誕生日は孤児院で祝ってもらい、その翌日からはトゥルガの住み込み部屋に移らなければいけない。

 そのため、誕生日までの一週間お休みをもらって、部屋を出る準備をするため、私は孤児院に戻ってきていた。

 今日は約束通り、ライも手伝いに来てくれる。

 丁度それを考えていた時、外で馬の(いなな)きが聞こえた。


(ライが着いたのかな? 迎えに行かなきゃ!)


 私は走って門まで向かうと、ライが馬車から降りている最中だった。

 私は手を上げてライに駆け寄る。


「ライ! 来てくれてありが」


 しかし私が言葉を言い切る前に、突然視界が真っ白になった。

 何かが強く光っているのか、眩しすぎて目を開けていられず、目元を手で遮る。


「な、何!? ライ!? ライ、大丈夫!?」


 そう叫ぶも私の声が届いていないのか、周りからは何の音も聞こえてこない。


(な、なんなの!? ライは、孤児院のみんなは――? 一体何が起こってるの!?)

 

 徐々に光が弱まっていく気配がして、閉じていた目をか細く開く。

 そうすると巨大な光の塊が私を包むように手を伸ばしていた。


(なに……? なんだろう。温かくて、懐かしい……?)

 

 その光は吸い込まれるように、見開いた私の目の中へと入っていく。

 焼けるような痛みはない。

 問題なく景色も見えている。

 何が起こったのかまるで分からない私は、ただ呆然と何度か目を瞬きして立ち尽くしていた。

 消えゆく光を見上げていた私は、その光を見送ったあと視線を落とす。

 そこにはライが顔を青くして立っていた。

 ハッとした私は慌てて駆け寄る。


「ライ! 大丈夫!?」

「大丈夫って、それはディアの方だろ!? そ、その目は……っ」

「え?」


 つかつかと勢いよく歩いてきたライは、がしりと私の両肩を掴んだ。

 ライの言葉に釣られて、私は目の近くを手で触れる。

 何の違和感もないし、眩しかっただけで今はよく見えている。


「私、何かおかしいの?」


 私がそう言って首を傾げると、ライは目を見開いて絶句したあと、自分の胸で私の顔を隠すように抱き上げた。

 ビックリして「な、何!?」と声を上げると、ライは怒っているような焦っているような声で「静かにしろ!」ときつく叱ってきた。

 ライからそんな声を浴びせられたのは初めてで、私はビクリと体を震わせ口を噤む。

 そのまま馬車に放り込まれ、ライは「戻る。早く出せ」と御者に伝える。

 途端に馬車は猛スピードで走り出した。

 ライは窓のカーテンを全て閉め、外から私達が見えないように隠す。

 私は何が起きているのか問い質したかったが、隣に座るライを見て何も聞けなかった。


 あまりにも――ライの顔色が悪くて。


 薄暗い車内で、ライは前髪をぐしゃりと掴んで俯いていた。

 きっと良くないことが起きているのだと、それだけは嫌なくらい伝わってくる。

 ライのこんな表情も初めて見た。


(ねぇ、どうしたの? 何が……一体何が起きているの?)

 

 言葉に出来ない私は、俯くライにしがみつく。

 荒々しく走る馬車の軋む音のように、私の心もギシギシと悲鳴を上げ始めていた。



 気付けば馬車は公爵家の屋敷の前に着いていた。

 車内でライは上着を脱ぐと、私の頭に被せ「俺が引いてやるから下を向いて歩け。絶対に顔を上げるなよ」と言う。

 私は恐怖で胸元をぎゅっと掴んだ。


「ライ、何なの……? 何が起きているの? ねぇ、怖いよ……。私、何かいけないことをしちゃったの?」


 私の声は震えていた。

 ライは唇を噛み締めて、私をきつく抱き締める。

 小さい頃はこんな風に抱き着くこともあったけれど、こんな歳になってからはハグなんてしていなかった。

 これがもし普段なら、私はびっくりしながらも喜んでいただろう。

 けれど今は、素直に喜んでいられなかった。


 ライは私の問いかけには返事をせず、体を離すとすぐ馬車の扉を開いた。

 私はサッと顔を伏せて、言われた通りにライの上着を深々と被る。

 ライに引かれるまま馬車を降り、ゆっくりと段差や階段を上って進む。

 そして暫く歩いた後、ライはピタリと立ち止まった。

 隣からは心を落ち着けるためか深く深呼吸をする吐息が聞こえ、胸に溜めた空気を吐き終えるとノックもせずに部屋の扉を開け放った。


「――お前なぁ、ノックくらいしろと散々……」


 私は顔を伏せながら、聞き覚えのある声に驚いていた。

 

 ――公爵様?

 

 私は公爵様が居る部屋に連れて来られたらしい。

 つまり、公爵様のところに連れられるほどの事態が起きているということに他ならない。

 ゴクリと生唾を飲み込み、どんどんと呼吸が苦しくなっていく。


「――どうした、何があった?」

「……なぁ。こんなの、どうしたらいいんだ? なんで……なんでだよ。俺はコイツと……ディアと居られるだけでよかったんだ。それしか俺は、望んでねぇのに……っ」


 ライの声はどんどんと掠れていく。

 今にも泣き出しそうな声と言葉に、私は喉がカラカラと乾いていった。


(私と居られるだけで……? どういう、こと……? そんな、まるで私がライと居られなくなるような……。なんで? 私が何をしたの……?)

 

 誰かによってパタンと扉が閉じられた音がして、ライは私の頭からズルリと自分の上着を取った。

 そのままだらりと力なく垂れ下がったライの腕。

 上等な上着が物悲しく床に落ちていく。

 それを視界に捉えながら、私は恐ろしくて顔が上げられなかった。

 何かが変わってしまいそうで、もう戻れなくなってしまいそうで。


「その子はディア嬢か? どうして頭を隠して……って、まさか……先程の報告は……!」


 公爵様は何かに気付いたのか、サッと歩み寄ってきて私の前で屈んだ。

 そして頭を下げたまま震える私の肩に、大きな手が優しくそっと触れる。


「すまないが、顔を上げてくれないか」


 その声色に、私は唇を引き結ぶ。

 私を気遣うような、労わるようなその声に、逆らうことなんて出来なかった。

 

(……ズルい。私のような孤児相手に、こんなにも丁寧に話しかけてくれる公爵様に、嫌なんて言えるはずないよ……)

 

 私の心は軋み続けていた。

 ライの言葉は私達の離別を示していた。

 どうして?と、恐怖が心を支配していく。

 けれど、きっともうどうしようもないことなのだと、何の覚悟も出来ないまま私はゆるゆると顔を上げ、公爵様を見た。

 公爵様は息を飲んで、私を見つめている。

 その口が、ゆっくりと真実を告げるように動いていく。

 

 

 公爵様の丸い瞳に私が見える。

 見慣れた顔や髪に、見慣れない金色の瞳をした――


 

「聖女……」


 

 私が映っていた。




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