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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
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第91話 古風なその男、稲村ヶ崎一兵

 一兵についての話は続く。

 

「でも、教室にいたのは一瞬だったな。授業には出席してなかったけど」


「ああ、それはいつものことなんだよ。学園に登校する時はいつも朝のホームルームだけ受けて、それで昼休み明けに戻ってくるの」


「はぁ……なんか変わってるな。普段もほとんど学園に来てないんだろ? 不登校児みたいなもんか?」


「そういうのとは違うみたい」


「じゃあ大貴たちと同じように毎日学園をサボってる不良か?」


「うん……なんて言えばいいのかな。なにか活動をしてるみたいなんだよね」


「活動?」


 あまり馴染みのない言葉に哲矢は思わず反応してしまう。

 

「なんだ? YourVideoとかサロンとか、インフルエンサー的に生計を立ててたりするのか?」


 哲矢が〝活動〟と聞いてパッと頭に思い浮かぶのはそれであった。

 今は個人で生きていく時代だ。

 高校生だとしても稼ぐ手段ならいくらでもある。


 しかし、花の反応は鈍い。


「えっと……」


 明らかにリアクションに困っているといった様子だ。

 暫しの間を置いた後、彼女はコーヒー牛乳を一口飲むと、決心したように彼に関するパーソナルな情報を話し始めるのだった。 


 一兵は常に一人を好む男子のようだ。

 他のクラスメイトとは一切話をせず、教室ではじっと自分の世界に閉じ篭っているのだという。

 

「なんとなく、話しかけづらいオーラがあるんだよ」


 ただ、そこまではよくある話であった。

 どこの学校にも一人や二人、そういった生徒は必ず存在する。

 どちらかと言えば、哲矢もそちら寄りの人間である。


 だが、問題はここからだ。

 花の話は徐々に常軌を逸したものとなっていく。


 「全部噂なんだけどね」と前置きをしながら、彼女は一兵の中等部時代の武勇伝を語り始める。

 

 中一の時、彼はまだ入学して間もないにもかかわらず、中等部の生徒会長に立候補したのだという。

 当然、周りは驚きの目で一兵のことを見た。

 中一の生徒が生徒会長に立候補することは異例中の異例だったからである。

 

 しかも、彼は立会演説会の本番でアコースティックギターを持って登場したらしい。

 エナメルの黒づくめゴシックファッションに身を包み、顔には耽美的なメイクが施されていたのだという。

 もちろん、体育館に集まった生徒はそんな一兵の姿を見てドン引きだ。

 

 やがて、彼は止めに入った生徒会の制止を振り切って、アコースティックギターをかき鳴らしながらフォーク調の暑苦しいポエムを歌い始める。

 そのステージは後に、特異型中二病の末期症状であったと中等部の中で話題となり、彼は一躍有名人となった。

 

 今ではその立会演説会は伝説として語り継がれているらしく、リアルに体験していない花も麻唯からその時の感動(?)を何度も聞かされたのだとか。

 

 結果は興味本位の票が数票入った程度で一兵は他の立候補者に敗れ、生徒会長にはなれなかった。

 彼は〝時代に負けた〟という迷言を残し、以降は人が変わったように大人しくなったのだという。

 

「単に矯正されただけじゃないのか」


「うーん。大人しくはなったみたいなんだけど、奇怪な行動がなくなったわけじゃないみたいなの。よく授業中に独り言を呟いて笑ったり叫んだりしてたみたいで、同じクラスの子たちから怖がられてたって話だよ。神出鬼没に学園の色々なところに現れては突然フォークソングを熱唱したりしてさ」


 かと思えば、図書館で中世ヨーロッパの暮らしや当時の服飾に関する分厚い書籍を開いてもくもくと知識を溜め込んだり、オペラの真似ごとを街のど真ん中で演じたりしていたのだという。

 

「……要するに、相当の変態ってわけか」


「そこまで言うと悪い気もするけど、変わってるのは間違いないかな。私も直接稲村ヶ崎君のヘンな行動は何度も目にしてるし」


 ニュータウンで生まれ育ったにもかかわらず、一兵には親しい友人がいないのだという。

 クラスでも孤立し、どのグループにも属さずにいる彼を大貴たち仲間も色物の目で見て関わらないようにしているようだ。

 筋金入りの一匹狼なのである。

 

(悪くないな)


 それは哲矢の率直な感想であった。


 そう、悪くないのだ。

 花が言うようにまさしく禁じ手の人材である。

  

 これだけの個性があれば人々の注目も集めやすい。

 それに度胸もある。

 

 花の話を聞いていると、ひょっとすると一兵には表現者としての素質があるのではないか、という風に思えてくる。

 具体的に何をしているのかはさっぱり分からないが、〝活動〟という言葉も今なら哲矢には理解することができた。

 

 もしかすると、中一の立会演説会で彼がやりたかったことは、生徒会長に立候補することではなく、自分の同志を見つけることだったのかもしれない。

 不幸にも彼の志を理解する者は現れなかったようだが、哲矢には一兵の気持ちがなんとなく分かった。


 どこか同じ匂いを感じるのだ。

 話してみる価値はある、と哲矢は思うのだった。

 

「よしっ! それじゃ稲村ヶ崎に応援者をやってもらえるか頼んでみることにしようぜ!」


「やっぱそうなるよね……」


「ん? なんだよ、乗り気じゃないのか?」


「う、ううんっ! そういうわけじゃなくて……。稲村ヶ崎君が引き受けてくれる可能性って高くないって思ってたから」


「だけど、訊いてみないことにはそれも分からないだろ?」


「そうなんだけど……。でも……うん、そだね。ダメ元で声かけてみよっか」


「おうその意気だ。できる手は全部打っていこう」


 一兵の普段を知る花にとっては取っ付きづらい印象があるのかもしれない。

 だから禁じ手と口にしたのだろう。


 けれど、哲矢にとってはそういった相手の方がむしろ話しかけやすかった。

 同じ孤独を知る者だからである。

 

 互いの中に根づく感情。

 それを知覚できれば和解も早いはずだ、と哲矢は思った。


「稲村ヶ崎君、普段なら昼過ぎには教室に戻ってると思うから」


「分かった。この後、教室に戻ったら稲村ヶ崎を探してみるよ」


「よろしく♪ 私はその間に生徒会室に顔出して鶴間さんにお願いしてくる! 多分まだいると思う、うんっ!」


 花はそう口にすると、残りのサンドイッチを頬張り、コーヒー牛乳を飲み干してその場から立ち上がる。

 そして、パタパタとスカートをはたき、「行ってくるね!」と言って、屋上から颯爽と去ってしまうのであった。

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