第78話 アイツがくれた閃き
哲矢は再び背もたれに体重を預けながら天井を見上げる。
そのままの体勢でロビーの掛け時計に再び目をやった。
時刻はあと少しで20時半になろうとしていた。
メイの点滴もあと1時間といったところだろう、と哲矢は思う。
この間にどうしても結論を出してしまいたいところであったが……。
「あーーっ!!」
その時、突然花が大声を出して長椅子から跳び上がる。
何か思いついたのかもしれないと若干の期待を抱きつつ、哲矢はそれを彼女に確認する。
「いいアイデアが浮かんだのか?」
「いえ、ごめんなさい。そうじゃないんだ。そういえば明日、代理選の演説文提出の締め切り日だって思い出しちゃって」
「代理選?」
「朝早く行って考えないと……」
聞き慣れない言葉だった。
思わず哲矢は口を挟んでしまう。
「なんだ? その代理選って」
「えっ? あっそっか。哲矢君は聞かされてないんだね。正確には生徒会長代理選挙って言って、10日に立会演説会が体育館で開かれるんだ」
「……は? ちょ、ちょっと待ってくれっ。そんなイベントが明後日あるなんて初耳だぞ」
「元々哲矢君は6日までの体験入学って話だったから社家先生も伝えるのを忘れてたんじゃないかな? それと私も色々あってすっかり哲矢君たちにそのことを話すの忘れてたよ。本当にごめんなさい」
「いや……別にいいんだけどさ」
事件には直接関係がないため彼女を責めることはできなかったが、もう少しそういう情報は早めに知っておきたかったと哲矢は思う。
けれど、少年調査官の期限最終日にそのような行事があることは、どことなく運命のように哲矢には感じられるのだった。
「麻唯ちゃんが学園を休むようになってからそろそろ1ヶ月半が経つんだ。生徒会もさすがに会長が不在だと職務に支障があるみたいで。だから臨時で代理選挙を行うことになったんだよ」
「そういえば、藤野は生徒会長でもあったんだよな」
「うん。でも明後日のはただ代理選ってだけで、本当の生徒会長選挙は6月にあるんだよ」
「なんか紛らわしいな」
「今回の代理選は6月の立候補者にとって前哨戦的な意味合いがあるみたい」
「なるほど……。けどそれが花となんの関係があるんだ? 演説文提出がどうとか言ってたけど」
「えっと……私、それに出ようと思ってるんだ」
「は、はいぃっ!?」
「これも話すのが遅くなってごめんね」
あまりに唐突な報告に哲矢は混乱してしまう。
(どういうことだ……? 花は生徒会長になりたいのか? でも3年生は6月の本選挙には立候補できないんじゃないのか? それになんでこのタイミングで……)
様々な疑問が哲矢の頭に浮かんでは消える。
そんな哲矢の様子に気づいたのだろう、彼女は弁解するようにこう切り出してきた。
「いえ違うの。私が生徒会長になりたいんじゃなくて……。私ね、生徒会長は任期満了まで麻唯ちゃんの席だって思ってるから」
「なんだ? つまり花は藤野の代わりに立候補しようって考えてるのか?」
「うん。私が生徒会長代理に選ばれたら、麻唯ちゃんがいつ戻ってきてもその席を渡すことができるから」
「…………」
大丈夫なのだろうか、と哲矢はふと不安を抱く。
もちろん、花の友達を想う気持ちは素晴らしいことだ。
彼女が生徒会長代理に選ばれることを哲矢は心から願っていた。
けれど、そんな大仕事と平行して、将人の無実を証明する手助けが果たしてできるのだろうか。
どちらが大事とかそういう問題ではなく、単純に花の労力が追いつかないように哲矢には思えたのだ。
なんだか急に目の前の道が暗く閉ざされたような印象を哲矢は抱くのであった。
◇
それからトイレへ行ってくるという花を見送って、哲矢は改めて今後について思案を巡らせる。
二頭追うものは一頭も得ずという結果になりかねないのが現状だ。
(やっぱり、メイと二人だけの方が……)
そう考える哲矢であったが、すぐに先ほどの花の言葉が脳裏に過る。
『……私を、仲間外れにしないでほしいんです』
これからはもっとお互いを信じて一緒に行動していこう、と言ってしまった手前もある。
それに二人だけだと今日のような事態となった場合、対応し切れない可能性があった。
二人より三人。
協力者は多いに越したことはない。
しかし、花を酷使させてしまうと、メイと同じように倒れてしまうこともあり得る。
(ダメだ、答えが出ないぞ)
どうにか、二つの目的を合わせて考えられないだろうか。
そんな風に哲矢が考えていると……。
「――っ!?」
突如、哲矢の頭に稲妻のような閃きが降りてくる。
(こういう手があるじゃないか!)
すると、ちょうどそのタイミングでハンカチを手にした花がロビーへ戻ってきた。
さっそく哲矢は自らの閃きを花に伝える。
「……えっ? そうだけど」
「そうか……ありがとう。くふふっ、分かったぞ。社家に虚偽の証言を認めさせて大貴の関与を引き出す方法が……」
「嘘っ!? 哲矢君、本当なのっ?」
「ああ、おそらくこれなら上手くいくはず」
ひょっとすると、この閃きはアイツが運んできてくれたものなのかもしれない、と哲矢はふと思った。
長椅子からスッと立ち上がった哲矢は、花に人差し指を突き立て高々とこう宣言する。
「代理選を利用するんだ!」




