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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月8日(月)
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第74話 病院のロビー

 得体の知れない人物の正体は花だった。


 彼女は哲矢たちの姿を目に収めるなり、すぐに驚きの声を上げた。

 悲鳴と言ってもよかったかもしれない。


 それも当たり前で、全身泥だらけの状態で突如廃校のグラウンドに現れたのだ。

 驚くなというのが無理な話である。

 

 だが、そんな花も哲矢が抱きかかえたメイの弱った姿を見ると、表情を一変させる。


 余計な挨拶は省いてすぐに事情を説明した哲矢は、そのまま彼女のスマートフォンを借りて救急車を呼び、メイを南部地域病院という市内の大型病院まで送り届けることとなった。


 当然、付き添いのために同乗した救急車の中でも哲矢は驚かれた。


「君たちは一体なにをしてたんだ」


「……すみません。ちょっと雨の中走り回ってまして……」


 制服を泥まみれにしたメイの姿を見て救急隊員は渋い顔を覗かせる。

 きっと、ストレッチャーに横たわる可憐な少女のやつれた姿に心を痛めたのだろう。

 

 哲矢としてもそれは同じ気持ちだった。

 無理をさせてしまったという罪悪感が一気に胸の内へ押し寄せてくる。

 そんな中、メイの手を花がしっかりと握り締めてくれていたことが、哲矢にとって救いであった。

 

 病院に到着後、メイの搬送を見届けた哲矢は、看護師の親切な申し出に従って検査衣へと着替えた。

 まだ所々泥が残っていて気持ち悪かったが制服のままでいるよりは随分マシであった。

 

「案外似合ってますね。写真撮ってもいいですか?」


「いや、さすがにやめてくれ」


 そんな哲矢の姿を見て花は楽しそうに笑った。

 もちろん、彼女があえておどけているということは哲矢には分かっていた。

 重い空気にならないよう配慮してくれているのだ。


 花の気遣いに感謝しながら、哲矢は彼女と一緒にロビーの長椅子に座る。


 すると、しばらくしてから哲矢たちの前に若い担当医の男が姿を現した。

 彼は手短にメイの現状を伝えた後、おそらく疲労が蓄積されていたのが倒れてしまった原因だろうと見解を口にした。


 その口調にはこちらを責め立てるような鋭さはなく、久しぶりに哲矢はまともな大人に出会えたという感覚を抱く。

 美羽子と言い争うような形で別れたことも少なからず影響していたかもしれない。

 

「……しばらく点滴を受けていればすぐに良くなると思いますよ」


「そうですか。ありがとうございます」

 

 日本人の血を引いているとはいえ、メイはこれまでアメリカで生活を送ってきた。

 慣れない異国での生活が続いて疲れが相当に溜まっていたのかもしれない。


 普段はツンツンして気丈に見える彼女もまだ10代の少女に過ぎない。

 もう少し配慮すべきだったかもしれないと哲矢は改めて反省するのだった。


 その後、担当医の男からメイの保護者を訊かれたので、哲矢は洋助の名前を答えた。


「概ね2時間くらいで終わるでしょう」

 

 彼は安心させるように笑顔でそう口にする。

 哲矢と花は一緒にお辞儀をして担当医の男を見送った。


「……あっそうだ。川崎さん、申し訳ないんだけどもう一度スマホ貸してくれないか?」


「いいですよ。はいどうぞ」


「サンキュ」


 花のスマートフォンを借りた哲矢は、東京家庭裁判庁羽衣支部の電話番号を調べてそこに一度電話をする。

 職員に用件を手短に伝えた後、少年調査官宿舎へ電話を通してもらった。

 

 電話口に洋助が出たことで哲矢はひとまず一安心。

 肝心な部分は変更して、哲矢は洋助に成り行きをできるだけ簡潔に伝えた。

 

 周辺環境調査の一環としてニュータウンを見て回っていたということ。

 傘も差さずに行動していたため、体調を悪くさせたメイが倒れてしまったということ。

 今は彼女に付き添って病院にいるということ。

 

 明らかに不審な点が多く、色々とつっこまれ、怒られるかもしれないという不安は当然哲矢の中にはあったが、洋助がこのことで何か口を出してくることはなかった。


 淡々と哲矢の話に相槌を打ってそれを受け入れる。

 まるで、それが自分の仕事だとでも職務を全うするように。

 

『……分かった。それじゃ、あとで迎えに行くよ。桜ヶ丘ニュータウンの南部地域病院だね?』


「はい、中沢駅っていう駅の近くにあるそうです。お手数をおかけしますがよろしくお願いします」


 それで電話が切れるものだと思っていた哲矢であったが、洋助はまだ何か気になることがあるのか、電話口から離れようとしない。

 暫しの間を置いた後、彼は遠慮がちにこう訊ねてくる。


『……ところでさ。美羽子君と連絡は取れたかい?』


「えっ?」


『いやね。14時半くらいだったかな? 宝野学園から家裁に電話があってさ。話したいことがあるから放課後学園に来てほしいって言われたんだよね。それで、学園に寄るついでに哲矢君たちを乗せて帰ってくるって話で美羽子君は宿舎を出発したんだけど……途中で哲矢君とメイ君が電話に出ないって連絡があって』


「あっ、すみません。俺たちのスマホ雨で動かなくなっちゃいまして……」


『ああ、なるほど。それでこの電話番号なんだね。初めて見る番号だったからさ』


「今友達に借りてるんです。それで……藤沢さんは今は?」


『まだ宿舎には戻って来ていないんだ。美羽子君に電話しても、今度は彼女と連絡がつかなくなってしまってさ。学園でなにを話したかも聞いていないんだよ。それで哲矢君たちは美羽子君と連絡が取れたか気になってさ』


「…………」

 

 なぜか、哲矢は洋助に美羽子と廃校の前で会ったことを口にできなかった。

 美羽子はまだ宿舎に帰っていないのだという。

 去り際、一瞬覗かせた彼女の引け目を感じる表情が哲矢の脳裏に過る。

 

『……ま、でもそのうち帰ってくると思うけどね。メイ君の点滴が終わる30分前くらいには宿舎を出るから。その前に一度連絡するよ』


「はい。分かりました」


 察しの良い洋助のことだ。

 今回の一連の件に違和感を覚えているに違いない、と哲矢は思う。

 だが、彼がそのことで深く訊ねてくることはなかった。


 結局、それが話の切れ目となった。

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