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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第2部・少年調査官編 4月8日(月)
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第65話 鶴間利奈、現る

 割り勘を希望する花を尻目にメイは素早く会計を済ませてしまう。

 おそらく、洋助からいくらかお金を貰っているのだろう。

 哲矢は何度も頭を下げる花の背中を押すと店を出るように合図を送った。


「ありがとうございました~♪」


 陽気な店員の声を背中で聞きながらそそくさと外へ出るメイに対して哲矢は質問を投げかける。


「それはそうとメイ。外に出たはいいがお前大貴の居場所知ってるのか?」


「ダイキ? 急にどうしたの。そんな馴れ馴れしく呼んじゃって」


「別に深い意味はないよ。ただ下の名前で呼んだ方が気持ちが入りやすくなるかなって思ってさ」


「あんたも色々と変わってるわね。ハナのことはまだ苗字で呼んでるくせに」


「い、いいんだよ。川崎さんは川崎さんで! ほらそれより大貴の居場所!」


「ふん、当然――」


「おおっ、そうか。いや悪い。知っているのならいいんだ。てっきりなにも考えずにただ外に出ようって言ったのかと……」


「――知らないわ」


「……は?」


「自力で探すのよ」


「またこのパターンかっ!?」


 哲矢はがっくしと肩を落とす。

 昨日も感じたことではあったが、メイの行動はあまりにも行き当たりばったり過ぎるのだ。


「本当に知らないんだろうな!? 昨日みたいに実はすべて知っていたってオチはなしだぞ!」


「だって考えれば分かることでしょ? ハシモトと一切面識のない私がそいつの居場所を知っていると思う?」


 二人でそんな会話をしていると花が間に入ってくる。


「そういえば、どこかアジトのようなところを出入しているって噂は聞いたことがあります」


「アジト? なんか本当に不良って感じだな」


「まあ、慌てても無駄ね」


「待て待てっ、話の流れ的に今は急ぐところだろ!?」


「ニュータウンを歩いて周っていればそのうち見つかるわよ」


 あまりに楽観的過ぎるそのメイの物言いに哲矢は反論する気も失せてしまう。

 その自信がどこから湧き上がってくるのか、純粋に知りたいところだ。


「この雨の中で歩き回るのか……」


「雨? なに言ってるの?」


「いや、だってこれだけ雨が降っ……あれ?」


 ふと上空を見上げれば、先ほどまでどす黒くくすんでいた空からは光が洩れ始めていた。


「マジか……」


 降水確率100パーセントの予報とは一体……。


「私が外に出た瞬間にこれよ。天気予報なんてまったく当てにならないわ」


「晴れ女ですね♪ まさに高島さんって感じです!」


「……蠅女って呼んだ方がお似合いだけどな」


「はぁっ!? ちょっとそれどういう意味よ!」


「そのまんまの意味だ!」


「ガルルーッ!」

「グルルーッ!」


 そんなこんなでどうでもいい言い争いを続けていると……。

 

「あれ……」


 突然、花がある女子生徒を見かけて声を上げる。

 哲矢とメイはいがみ合いを一旦やめてお互いに顔を見合わせた。


「鶴間さ~んっ!」


 花はそう口にしながら親しげにその女子生徒の元へ駆け寄っていく。

 鶴間と呼ばれた女子生徒は宝野学園の制服を着ていた。


 跳ねたショートカットの髪型と知的に見える銀縁のメガネが印象的な少女だ。

 哲矢は彼女の顔に見覚えがあった。

 おそらくクラスメイトだ、と哲矢は思う。

 

「なに? この女?」


 メイが失礼な言葉を上げながら間に割って入っていく。

 すると、相手もメイの存在に気づいたようであった。

 どこか冷たさを感じさせる声で低くこう呟く。


「高島……メイ……」


「へぇーよく私の名前知ってるわね。あなたはどこの誰?」


 早くもケンカ腰のメイが鶴間と呼ばれた女子生徒の前に立つ。


(どうしてこいつはいつもこう好戦的なんだ……!)


 メイの失礼な態度を詫びようと前へ出て行こうとする哲矢であったが、先に彼女に謝られてしまう。


「……いえ。ごめんなさい……」


「…………」


 それで拍子抜けしたのか、メイは黙って彼女の姿をじっと見回していた。

 すぐに不穏な空気を察した花が慌てて仲裁に入る。

 

「ぇ……えっとっ! こちら鶴間利奈さんです! ほらっ高島さんも見かけたことありますよね!? 同じクラスメイトで生徒会の……」


「いえ、まったく知らなかったわ。こんな女いたのね」


 相手を気遣うという言葉を知らないらしい。

 メイはぶっきら棒に失礼極まりない言葉を口にする。

 すかさず哲矢もフォローに回った。


「いや、ほんと申し訳ない。こいつこんな言い方しかできなくてさ」


「……いいの。私、全然目立たないから」


 そう言うと利奈は手に持っていた鞄を持ち直す。

 片手で前髪を弄りながら少し居づらそうにしていた。


(あまり引き止めるのも悪いな……)


 そう思う哲矢であったが、通り過ぎる人たちからの視線をどことなく感じ、ハッとあることに気がつく。

 同時にメイもそれに気づいたようで、また無遠慮に直球を投げつけるのだった。


「そう言えばあなた。学園はどうしたの?」


「……それは……」


「た、高島さんっ! それを言ったら私たちも同じですよ!」


「そうだぞ。同じように俺らだってサボってるわけだし」


 「……っ! ちょっと関内君っ!」と慌てながら花が哲矢の腕を引っ張る。


「い、いや……サボってるのは俺らだけで、そのなんていうか……」


「別に気を遣わなくていいよ。私も同じ。生徒会の生徒が学園サボって街歩いてるとかヤバいよね。先生に告げ口するならそれでもかまわないよ」


 どうやら彼女に余計なことを言わせてしまったらしい。

 この手の話題に一番敏感な花がすぐさま反応する。


「そんな……言うわけないですっ! 無理に声かけちゃってごめんなさい」


「…………」


 場が急にしんと静まり返るのが分かった。

 さすがに空気を読んだのか、メイもこのタイミングでは何も言ってこない。


 利奈はタイル張りの地面にそっと視線を落とす。

 そこに染み込んだ水の跡が先ほどまでこの場所に大量の雨が降っていたことを物語っていた。


「それじゃ私は」


 暫しの沈黙の後、利奈はそう言って商業施設が連なる方角へと向けて歩き始める。

 本当に学園をサボっている最中のようだ。

 彼女の外見はとても真面目に見えるのに行動はその真逆で、それが哲矢にちぐはぐな印象を与えていた。


「あ、あのっ! すみません一つだけ質問させてください!」


 そんな利奈に対して花は果敢にもブレザーの裾をしっかりと掴んで彼女を呼び止めていた。

 その大胆な行動に哲矢とメイは息を呑んで状況を見守る。


「なに?」


「ごめんなさい。本当に唐突なんですけど……橋本君って今どこにいるか知ってたりしますか?」


「橋本君って?」


「橋本大貴君のことです」


 そういうことか、と哲矢は思った。

 メイも花がどうして彼女にそれを訊こうと思ったのかが分かったのだろう。

 二人の間に入って話に加わる。

 

「生徒会に所属しているって言ったわね? だったら、あなたもハシモトがどういう生徒か知っているでしょ? 悪事を働いている生徒の情報は普通把握しているものじゃないかしら」


「まあ他の生徒に比べたら」


 利奈のその返事を聞いて、もしかするとこれは脈ありなのではないか、と哲矢は思った。

 花もそう感じたのかもしれない。

 ブレザーをさらにぎゅっと力を込めて握っていた。

 

 一方で利奈はというと、何かを気にするように周囲の人混みを目で追っていた。


 周りを気にしているのだろうか。

 そこには堂々と『サボっている』と公言していた先ほどまでの利奈の姿はなく、そんな弱気な彼女の仕草が哲矢の目にはなぜか不自然に映った。


 やがて利奈は諦めたように息を吐くと、三人へ向けてこう口にする。


「ニュータウン内の廃校を出入りしているって噂だけど」


「廃校?」


 思いがけないその言葉に哲矢はつい反応してしまう。

 対して花は意味深に頷き、ぼそっと独り言のように「そうなんだ。やっぱり……」と呟いた。 

 何か思い当たる節があるのかもしれない。


「ハナ、大丈夫?」


 どこか不安そうに目を細める花の肩にメイがそっと手を置く。

 こういう時のメイはやけに察しがいい。 

  

「……あ、ごめんなさい。大丈夫です」


「もういいかな? 私この後寄るところがあるから」


「ありがとうございます。それに長い間引き留めちゃってすみませんでした」


「こんなこと聞いてあなたたちどうするの?」


「えっ? え、えっとそれは……」


「まあいいんだけど。私には関係のないことだし」


「……すみません。ちょっと言えないんです。それで……あのもしよかったら、また明日も声かけてもいいですか? 立会演説会の件についてお伺いしたいことがあるんで」


「ああ、そういうことならかまわないよ。それじゃまた明日学園で」


 利奈はそう口にすると、お辞儀を一つしてから今度こそ人混みの中へと消えて行ってしまう。


(なんか変わった女子だな)


 そんなことを思いながら、なんとなく利奈の後ろ姿を哲矢が目で追っていると……。


(――っ?)


 人混みの中から何者かの視線を強烈に感じる。


(な、なんだ……?)


 だが、それも一瞬の出来ごとであった。


「…………」


 結局、他の二人がそれに気づいている様子もなかったので、哲矢は若干のもやもやを抱えつつ、利奈が消えていった雑踏を暫しの間じっと眺めるのだった。

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