第63話 黒幕に迫れ! その2
「はぁーあんたの理解度の低さも大概ね。ミサキグチたちは学園でそれだけ優位な立場にあるハシモトと友人関係にあるのよ? ハシモトがマサトをハメたのなら、三人もそれに協力していると考えるのが普通じゃない? だからヤツらは被害者なんかじゃないってハナはそう言いたいのよ」
「け、けどっ……! 藤野麻唯は教室の窓から突き落とされたわけだろ? 実際に被害者は出ているわけで、友人だからってそんな犯罪に手を貸したりなんかするか!?」
「それはあんたがハシモトダイキがどういう男かまだよく聞かされていないから実感が湧かないだけよ。さっきから分かりやすく友人って言葉を使ってきたけど……そうね。これは正確な表現ではなかったわ」
「表面上は友人なのかもしれない。けれど、実際はそんな対等な関係ではないそうよ。ハシモトは立場を利用して自分に従わせる集団を学園内に作ったのよ。三人はその仲間だったってわけ」
「……橋本君の仲間も先生たちからは特別扱いされているんです。だから、教師よりも立場が上で学園内で彼らに逆らえる者はほとんどいません。A組には空席が目立つと思いますが、休んでいる生徒はほぼ全員橋本君の仲間なんです」
だから、あれほど空席が目立っていたにも関わらず、どの教師も何も言わなかったのだ。
どれも信じられない話ではあったが、不思議と納得できる部分があるのもまた確かであった。
「多分校長がハシモトを優遇するように他の教師たちへ言っているのね」
「はい。だから無断欠席したとしても彼らが学園に咎められるようなことはないんです」
「……でも待てよ。それならいつも通りのことなんじゃないのか? 橋本や三崎口たち仲間が学園をサボるのは日常茶飯事だったんだろ? だったら、どっちにしたって三人が学園に来ないことは見過ごされていたんじゃないのか?」
「ですが、それだと私たち生徒に『三人は傷を治すために自宅で療養している』って長い間嘘を吐き続ける理由にはなりませんよね?」
「そ、そうかもしれないけど……」
なぜだろうか。
どこか無理矢理こじつけているように感じられてしまって、哲矢はこの間ずっと反論を続けてしまっていた。
その考えに至る大元の原因を哲矢は理解している。
『――彼が将人君を罠にかけた張本人なんです』
花がそう断言する具体的な理由をまだ聞かされていないからどうしても実感が湧かないのだ。
そして、いつしか彼女の口調は断定調へと変わっていた。
悪と対峙するヒロインさながらに花の言葉はさらに熱を帯びていく。
「学園は三人が被害に遭っていないということを知っているんです。それだけじゃありません。嘘を吐いて隠蔽工作にまで協力しているんですよ。それが分かると、将人君がクラスメイトを襲ったって話がありもしないデタラメであるってことが自然と理解できるはずです」
熱く語る花のその言葉にはどこか私怨が込められているように哲矢には感じられた。
主観的過ぎるその物言いに、場の均衡を保つという意味合いから哲矢はやはり反論する側に回ってしまう。
「川崎さん、それはちょっと無理矢理過ぎるんじゃないか? 確かに俺も将人の無実は信じているけどさ。でも、まだ三人が学園をサボって休んでいるって事実を掴んだだけだろ?」
「いいえ関内君。これは無理矢理なんかじゃありません。三人が学園をサボっているという事実を掴んだことにより、仮説が芋づる式に現実味を帯びていくんです」
「仮説が……なんだって?」
「いいですか? 今もなお治療のために三人は自宅療養してるって嘘を吐き続ける学園です。彼らにとってなにかを仕組むことは造作もないことなんです。事件を一から振り返ってみてください。目撃者は誰でしたか?」
「……目撃者?」
意外なことにもそれは哲矢が初めて気づく着眼点であった。
だが、事件が発覚している以上目撃者がいるのは当然だ。
「テツヤ。あんたもしかして今まで知らなかったの?」
「いや……」
そうメイに指摘されて哲矢は思い出す。
初めて宿舎を訪れた日、美羽子からレクチャーを受けた際にその情報を耳にしていたことに。
「……教師。そうだ、犯行を目撃したっていう教師の通報で駆けつけた警察官によって将人は現行犯で逮捕されたんだ」
「そうです。その教師というのが……社家先生なんです」
「!!」
それを聞いた瞬間、哲矢の脳裏に先ほど廊下ですれ違った際の社家の高圧的な姿が甦る。
同時に浮かび上がるのは一昨日面と向かって吐かれた暴言だ。
『あんま調子に乗ったこと、書くんじゃねえぇぞ……ッ!!』
鬼気迫る形相で放たれたその怒声は、やはり教師である者の言葉には思えなかった。
「事実から見ていきましょう。学園が三崎口君、塚原君、渋沢さんの三人が自宅療養のために休んでいると嘘を吐いているのはこれは事実ですよね?」
「あ、あぁ……」
「すると、将人君の犯行を目撃したという社家先生の言葉も嘘である可能性が高くなってきます。なぜなら社家先生は主幹教諭で、校長と教頭に次いで宝野学園では権力があるわけですから。私はこう考えています。将人君は……社家先生に犯人を名乗るように脅されているんだって」
そこでようやく花はこれまで隠し続けてきた自身の本音を吐露するように核心を突いた言葉を口にする。
哲矢の頭に過るのは今朝のメイの言葉だ。
『なにか後ろめたさがあるのよ。調査報告書には書かれたくないような後ろめたさが』
点と点が一つに繋がる感覚が哲矢の中で次第に膨れ上がっていく。
今しがたまで抱いていた疑惑は薄れ、哲矢は花の言葉を完全に否定することができなくなっていた。
「ですが、この件はひとまず置いておきましょう。問題はその背後で手を引く存在です。社家先生でさえ、将人君をそう脅すように指示されている可能性があるんです」
「まさか……」
哲矢はあえてその名前を口にすることは避け、花が望んでいるであろう台詞をそのまま声に出す。
自分の口から彼女は言いたいのだ。
そのある種の狂気を孕んだ演出にメイも余計な言葉を挟めなくなっている様子であった。
たっぷりとした間合いを取ってから、花は確信を持った口調でこう宣言する。
「はい。橋本大貴君――彼が社家先生にそう指示したんです。三崎口君たちをあたかも被害者のように振る舞わせたのも多分彼の仕業です。すべては橋本君が仕組んだことなんです。私にはそうとしか考えられません」
そう口する花の表情は、漆黒に下ったカイムのように恐ろしい形相をしていた。
先ほどから彼女が口にしていた【罠】の真相はこういうことだったのだ。
(…………)
けれど、この話を聞いても、哲矢は彼女のその仮説にすぐさま同意を示すことができずにいた。
本当にそうなのだろうか?
様々な疑問が哲矢の頭の中を駆け巡る。
一気に新たな情報を取り込んだためか、哲矢は正常な思考をするのが難しくなってしまっていた。
そんな哲矢の混乱を見越していたかのように、花は補足を加えながら続きを口にする。
「先ほどもお話しした通り、学園は橋本君に逆らえない側面を持っています。それに将人君の犯行を目撃したと公言しているのは社家先生たった一人だけなんです。以上のことから考えても、学園が橋本君に加担して嘘を吐いていた可能性は極めて高いと言えるでしょう」
相変わらず花の言葉には強い確信が宿っていた。
だが、逆にその妄信さが目につき、哲矢は思わず口を挟んでしまう。
「……だけど、警察だってきちんと調べた上で将人を検察へ送ったわけだろ? 社家も警察に嘘を吐いてまであの男――橋本に協力するなんてそんなことは……」
「関内君。学園と橋本君の関係はそんな生易しいものじゃないんです。もちろん、私も途中から宝野学園に入学した身なので関内君がそう思う気持ちはよく分かります。これまで普通の学校で生活を送ってきたのなら、そのように考えるのはとても普通のことなんですよ」
「でも……実際にここで長く生活を送っていると宝野学園がどれだけ異常な場所かってことが分かると思います。警察も社家先生の証言と本人の自供が一致したから検察に送致したに過ぎません。実際には仕組まれたものだったんです」
「でも、その仕組まれたってことを証明する証拠はなにも無いんだろ?」
「証拠? そんなもの無くても私には分かります。だって将人君はっ……」
そう口にする花の手は微かに震えていた。
明らかに情緒不安定な状態だ。
哲矢はなるべく優しい口調を努めてこう続けた。
「言いたいことはもう十分に伝わったよ。だからちょっと冷静になろうぜ」
「私は……私は至って冷静ですッ!!」
ドンッ!
花はテーブルを勢いよく叩いて立ち上がる。
その瞬間、テーブルに置かれたままのコーヒーやアップルパイ、シナモンロールが大きな音を立てて揺れた。
店内にいる客の視線が一斉に哲矢たちの方へと集まる。
「……はぁ……はあっ、はぁッ……」
彼女は息を荒げ、テーブルの上にある物をすべてひっくり返してしまいそうなほど興奮していた。
「か、川崎さんちょっと落ち着いて……! 分かったから!」
慌てて花を席に座らせると、哲矢は周りの客に向けて頭を下げる。
この間、メイは腕を組んで黙ったまま事の成り行きをじっと見守っていた。
哲矢としては少し手助けをしてほしい状況であったが、メイにも何か思うところがあるというのは分かっていた。
だから、彼女の方から何か言い出すまでは助けを求めないと心に決めていた。
その一方で花の興奮は未だに収まる気配を見せなかった。
一旦は着席した花であったが、それでもなおタガが外れてしまったかのように感情的な言葉を繰り返し唱えていた。
「私だって橋本君を疑いたいわけじゃないんです! でも、どうしてもそう見えてしまうんです。そういう風に考えないと……将人君はっ……!」
周りの目など気にせず、花はテーブルに両肘をついて顔を埋めてしまう。
さすがにここまで取り乱した彼女の姿は見るに堪えなかったのだろう。
ようやくメイがフォローするように間に入ってくる。
「……ハナ。あなたの気持ちは分かるわ。私もハシモトがすべて仕組んだんだって信じたい。けどね。残念だけどここまでの話は全部想像の域を出ていないわ。私たちが突き止めた事実はミサキグチ、ツカハラ、シブサワの三人が学園をサボって登校してきていないってことだけ」
「ハシモトがマサトを罠にかけたってそう主張するのなら、テツヤが言うようにその証拠を見つけないと。まずはそれを探すところから始めましょう。私たちも一緒に手伝うから。ねっそうでしょテツヤ?」
「ああ」
哲矢はメイのアイコンタクトに気づくと、力強く頷いて彼女に同意した。
花は悲しみに暮れているのだ、と哲矢は思う。
友達が自分の傍から一気に二人も消えてしまってそれが不安で堪らないのだ。
誰かを恨んで縋らなければならないほど今の彼女の精神状態は衰弱し切ってしまっている。
(……そうだ。俺はこの状況を知っているじゃないか)
おぼろげな遠い過去の記憶が哲矢の脳裏に過る。
今の花に必要なのは傍で支える仲間の存在であった。
それができるのは問われるまでもなく、自分たちしかいないことを哲矢もメイも十分に理解していた。




