第48話 内緒の話
モノレールが桜ヶ丘プラザ駅に到着する。
ここからは宝野学園のテリトリーだ。
すれ違う生徒や教師の数も多くなってくるはず、と哲矢は気合いを入れ直す。
駅前のデッキを渡りロータリーに下りると、バス停で見知った顔がいることに哲矢は気づいた。
「関内く~んっ! 高島さぁ~ん!」
花だ。
宝野学園行きのバスを待つ列にはすでに多くの生徒が並んでいたが、彼女は臆する様子もなく大声で哲矢たちに向けて手を振っている。
泣きながら怯えていた昨夜の彼女の姿はそこにはなかった。
「川崎さん! おはようっ!」
周囲の視線が一斉に飛んでくるのが分かったが、哲矢も花と同じようにあえて大げさに手を振ってみる。
「おはようございます♪ 朝こうしてお二人と会えてよかったです!」
「一緒のバスとは奇遇ね」
哲矢とメイはそのまま花と合流すると、彼女と一緒に列の最後尾へと並んだ。
「昨日は色々とありがとうございました」
「いや、お礼を言わなきゃいけないのはむしろこっちだよ。部活があるのに押しかけたりしちゃってさ」
「いえいえっ! 昨日は本当に楽しかったんでぜひお礼を言わせてください♪ カラオケまで付き合ってもらっちゃって……」
そこで哲矢はちらっとメイの方を覗き見る。
彼女は特にこちらの会話に気にする様子もなく、スマートフォンを開いて例のよく分からないゲームを始めていた。
花へ視線を戻すと、哲矢はチェックのスカートから伸びる白い右脚にテーピングが巻かれていることに気づく。
「それ、どうしたんだ?」
「……あっ、あの時にちょっと擦り剥いちゃってたみたいで。マンションに帰ってから気づいたんです」
「大丈夫なのか?」
「全然っ! 気にしないでください。本当にちょっと擦っただけなんで」
「そっか……」
健気にそう笑みを浮かべる花を見て、哲矢の胸はちくりと痛む。
昨日あのような場所に花を無理矢理押し込んでしまったのは他でもなく自分だ、と哲矢は思う。
結果、姿を隠すこともできず、得体の知れない集団に見つかり、怖い思いをさせてしまった。
哲矢はメイがゲームに夢中になっているのを確認すると、声のトーンを落として話を続けた。
「(まだメイには昨日バイクの集団に襲われた件は話していないんだ)」
「えっ?」
「(余計な心配をかけたくないからさ)」
「(……そうですね)」
花も事情を察してくれたようで小声で返してくる。
暫しの間を置いて、彼女は列に並ぶ生徒の目を気にする素振りを見せた後、哲矢に顔を近づけながらこう続けた。
「(実は……関内君に送ってもらった後、どうしても気になって被害届を提出しに交番まで行ったんです)」
「(マジか……)」
宿舎へ帰ってからそのまま寝てしまった哲矢とは違い、花はすぐに近くの交番へ顔を出したのだという。
その行動力にはただただ驚くほかなかった。
「(ですが、なにか実害が出たわけじゃないので動くことはできないって言われてしまいました)」
「(実害って……近隣の住民は毎日迷惑してると思うけど。あんな騒音を撒き散らされてさ)」
「(そのこともお伝えしたんですけど、現行犯じゃない限り取り締まることは難しいみたいなんです。それに、騒音に関しては警察は管轄外なんだそうです。運輸局の協力が必要だとも言われました)」
「(くっ……。それじゃ泣き寝入りみたいなもんかよ)」
「(はい。現状だとそうですね。悔しいですけど……)」
警察は正義の味方というわけではない。
ただ単に法の番人というだけに過ぎないのだ。
あの人通りの少なさから考えても、集団の姿をはっきりと目撃したという者はほとんどいないことだろう、と哲矢は思う。
聞き込みをして探し出すのも困難であると言えた。
「……ちょっと。あんたたち、さっきからなにコソコソと話してるのよ」
「――いっ!? い、いやぁ! 気になることがあってさ!」
少し長々と話し過ぎてしまったようだ。
メイが明らかに不審そうな顔を向けてくる。
「高島さん! さっきからそれ、なにやってるんですかー?」
とっさに機転を利かせた花がメイの元へ近寄っていく。
「顔近い! 邪魔っ!」
「ふふふっ♪ いいじゃないですか~」
花を前にするといつもの調子が狂うのか、メイは困惑気味に声を上げる。
じゃれ合う二人の姿はなんだか微笑ましくもあり、まるで仲の良い姉妹のように哲矢には見えた。
そうこうしているうちに話題はどこかへと立ち消え、何順かした後に哲矢たちの乗車の番がやって来るのであった。
◇
『宝野ぉ学園前ぇぃ~。宝野ぉっ学園前ぇぃぃ~~』
陽気な運転手のアナウンスと共に多くの生徒が下車していく。
哲矢たちもその後に続き、学園前のバス停で降りる。
すると、ちょうどそのタイミングで細切れの雨が上空からぽつぽつと降り注いできた。
「……うわっ。もう雨降ってきたよ」
「傘持ってくるんだったわね」
「お二人とも少し急ぎましょう!」
花のかけ声を合図に三人は階段を登って学園の校門を目指す。
ここへ来るまでの間、バスの車内から満開の桜をたくさん目にすることができたが、もしかするとこの雨でいくらか散ってしまうかもしれなかった。
少しだけ哲矢は感傷的な気分となる。
その後、三人はどうにか本降りとなる前に校舎の中へ駆け込むことに成功した。
「それじゃ……俺はちょっと職員室に寄るから」
「えっ? そうなんですか?」
「社家先生に呼ばれていてさ。悪いけど先にメイと一緒に教室へ行っていてほしいんだ」
その時、メイの視線が哲矢の元へ飛んでくる。
『一人でも大丈夫か?』と、彼女の瞳は問うているように哲矢には見えた。
(……ここでメイを頼るわけにはいかないぞ)
それに少年調査官の延長を申し出たのは自分だ、と哲矢は思う。
そんな決意が伝わったのか。
メイはすぐに哲矢から視線を外すと花の手を引っ張るのだった。
「ハナ、行きましょ」
「えっと……はい。では、私たちは先に教室に行ってます」
「おう。すぐに追いつくよ」
彼女たちが教室棟の廊下を進んでいくのを確認すると、哲矢は職務棟へ向けて歩き始めるのだった。




