第47話 これはチャンス!
昨日と打って変わって、外はどんよりの曇り空となっていた。
哲矢はすぐにスマートフォンで天気予報を確認する。
どうやら午後からはずっと雨が降り続くようであった。
「…………」
「…………」
実はこうして二人だけで登校するのはこれが初めてのことであった。
意識しているためか、お互い無言だ。
ただ、以前のような気まずさのようなものはないから不思議であった。
二人は自然と歩調を合わせながら羽衣駅までの道のりを歩いていく。
どうしてかは分からないが、メイは昨日カラオケ屋の前で別れた後のことを一切訊いてこなかった。
ひょっとすると何か勘違いをしているのかもしれない。
その辺の誤解は解いておきたいと思いつつも、そのことを口にするとビッグスクーターの集団に囲まれたことまで話さなければならなくなりそうで哲矢は躊躇してしまう。
無用な心配をさせたくないという思いがあったからだ。
「あっ……」
その時、哲矢はもう一つ彼女に話していなかったことを思い出した。
「なによ」
隣りで並んで歩くメイが不機嫌そうに訊ねてくる。
(そうだ。社家に脅されたことも言ってなかったぞ)
この件に関しては報告しておいた方が良いだろう、と哲矢は思った。
なぜなら、今日からメイも普通に宝野学園へ登校するからだ。
桜ヶ丘プラザ駅まで行ってしまえば、学園の生徒や教師と出会う確率も高まる。
話をするなら今しかなかった。
「ちょっといいか?」
哲矢はメイを手招くと、一応周りを気にかけながら一昨日の出来ごとを手短に伝えた。
話を聞き終えた彼女は眉をキリッとひそめる。
「……なるほどね。シャケは要注意かも」
「マジで尋常じゃない雰囲気だったし。あいつ、主幹教諭って話だろ? なのに普通そんなことってするか? あんな恐喝まがいの……」
「初日に」
「え?」
その場で歩みをぴたりと止めると、メイは今にも雨が降り出しそうな空を見上げる。
そして、回想するように小さくこう続けた。
「初日に登校してみて分かったわ。この学園はなにかがおかしいって。私はね、それを主に教師から強く感じたの」
「教師から……?」
「ええ。この大人たちを信じちゃいけないって、そう思ったわ」
「…………」
もちろん、宝野学園が他の学校に比べてどこかおかしいことは哲矢も気づいていたことだ。
3日間も通えば、嫌でもそのことは分かった。
花も翠も口を揃えて同じことを言っているのだ。
メイのその読みは間違っていない。
けれど、それは生徒がおかしいのであって、教師がおかしいとは哲矢はこれまでほとんど考えてこなかった。
クラスメイトの異常性が目についていたせいか、そこまで気が回らなかったのかもしれない。
当然、今となっては社家の横暴な言動をその目で見ているので、哲矢は教師に対して猜疑心を抱いている。
しかし……。
全員の教師が信じられないなど、そんなことあり得るのだろうか。
(いや……そうだ)
翠が言っていたじゃないか、と哲矢は昨日の彼の言葉を思い出す。
『良心であるはずの先生たちも一緒になって排他感情を煽ることがあるくらいだから』
確かに彼はそう口にしていた。
つまり、メイはそれを初日で見抜いたということになる。
「……もしかして、だから次の日からは学園に通わなかったのか?」
「どうかしらね」
曖昧に誤魔化すものの、メイの見抜く力が本物であることは疑いようがない。
哲矢は少しだけ彼女に対する見方が変わるのであった。
「……それでさ。実はこの後、職員室へ来るようにって社家に言われてるんだ」
「I see.」
「どうしたらいいと思う?」
「そりゃ行くしかないでしょ」
「だよなぁ……」
「なに嫌がってるの? これはchanceでもあるのよ」
「チャンス?」
考えもしていなかった言葉が飛び出し、哲矢は思わずメイの顔を覗き見る。
その表情はいつになく真剣だ。
「いい? 私たちは少年調査官としてマサトと同じ環境に身を置くために学園へ行ってるの。本来なら学園側はこちらに協力的である必要があるわ。当然、脅かすような真似をしていいはずがない。主幹教諭だろうと校長だろうと、それは同じこと」
「まあそうだよな」
「にもかかわらず、シャケはテツヤを脅してきた。多分、それがリスクであることを承知の上でね。これが意味するのは一つしかない。なにか後ろめたさがあるのよ。調査報告書には書かれたくないような後ろめたさが。もしかすると、マサトが捕まった件と何か関係があるのかもしれないわ」
「だから、社家と会うことはチャンスだって……そういうことか? 直接本人に脅してきた理由を訊ねることができるから」
「ええ。もちろん訊き方には注意しなきゃだけど」
確かに、社家とは一度腹を割って話をしなければと哲矢は考えていた。
こちらから呼び出す手間が省けたのだ。
メイの言う通りこれはいい機会なのだろう。
それに臆する必要もない、と哲矢は思う。
主導権が常に相手側にあるとは限らないからだ。
こちらに手繰り寄せることだって可能なのである。
(受身のまま、流れに身を任せていた一昨日までの自分とは違う)
今はしっかりとした目的意識を持っていた。
将人の冤罪を証明するという強い意思があるのだ。
もう自分は一人じゃない、と哲矢は隣りに並ぶメイの姿を見て思う。
こういう時の彼女はなぜかとても頼もしく見えるから不思議であった。
「……そうか。そうだよな。分かったよ、直接あいつに訊いてみる」
「ふふふっ。ちゃんと男らしいこと言えるじゃない」
「俺をなんだと思ってたんだよ」
「ただのchicken」
「……ぐっ。完全に否定できないのが悔しいけど……」
「でもまぁその意気よ。マサトの無実を証明するって決めたのなら、これからは積極性が必要だわ。今回のはそのための第一歩と考えるべきでしょうね」
「おう。そうと決まれば早く学園へ向かおう」
メイに鼓舞されつつ、哲矢は彼女と一緒に再び歩き始める。
今はどんよりと曇った空も味方にできてしまうような、そんな活力に漲った思いが自然と哲矢の内側から沸き起こってくるのだった。




