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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
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第167話 花サイド-16 / 花の過去 その5

 花の場合、騙されたという思いとは少し違った。


 〝自分で決断したことだから〟


 この点に関しては、花は冷静にそう納得していた。


 ただ、あの日の清川の態度はどうしても気になってしまう。

 今ならはっきりと分かった。

 あれは、獲物を罠にかける狩人の声だったのだ。


 出願を受理されたことで浮かれ気味であったが、実際には、餌に釣られ、罠にハメられていたのは花の方であった。


 結局、首輪を鎖に繋がれた花は、両親への迷惑心や故郷に戻ることへの羞恥を踏み絵に利用され、どうすることもできないまま悶々とした日々を送ることになる。


 これなら地元に残るよりまだ酷い。

 この時、花の瞳には、永遠とも思える気の遠くなるような時間が満足そうに横たわっているように見えるのだった。


 緊張と興奮がごちゃ混ぜとなる夜。

 眠れずに汗だくとなりながら、何度も悪夢にうなされる。

 入部から半年はそんな毎日を花はどうにかやり過ごしてきた。

 

 その後、きっかけが一つあった。


 一緒に入学した女子二人がある日突然学園へ来なくなってしまったのだ。

 それは、ほとんど同じタイミングであったため、予め計画されていたことだったのかもしれない。

 花は彼女たちからその相談を受けることは一度もなかった。


 数日後、彼女らの退学がホームルームにて発表される。

 この時、予兆に気づくこともなく、何の話もされなかった花のショックは計り知れなかった。


 だが、それより何よりも堪えたのは、その話を聞いた瞬間のクラスメイトたちの反応であった。

 今までは無関心であったにもかかわらず、彼らはここぞとばかりに二人を〝面汚し″と罵り始めたのである。


 汚い言葉で溢れ返る教室。

 男子も女子も関係なかった。

 思わず耳を塞ぎたくなるほどの汚い言葉の数々が退学した二人へと向けられた。


 花は、その時感じた恐怖を今でも忘れたことはない。

 明日は我が身。

 張り詰めた緊張は常に花と隣り合わせであった。


 だが、それでも花はクラスメイトらと同じように彼女たちを責め立てることはできなかった。


(抜け道があったなら、私も迷わず辞めていただろうから)

  

 去る者は強く罵倒する。

 それは、この地に色濃く残る負の遺産だ。

 

 そういうこともあって、桜ヶ丘ニュータウンは都にとっても扱いづらい存在となっていた。

 

 もちろん、良い面も確かに存在する。

 これだけ仲間意識が強固な中、花がいじめなどの攻撃を受けてこなかったのは、どこかで〝客人〟という意識が働いていたためかもしれない。


 一度彼女らのように裏切り者のレッテルを貼られてしまえば、関係を修復することは困難であったが、幸いにも花はまだ宝野学園に留まっていた。

 皮肉なもので二人がいなくなってから花に対する周囲の風当たりは、以前よりも穏やかなものとなった。


 相変わらずよそよそしさは抜け切れなかったが、クラスメイトや部員たちとも挨拶以上の会話を交わすことができるようになっていた。

 どこか、認められたような感覚があった。


 彼女たちを踏み台にしているようで良心が咎めたが、少しだけ輪に加われたような気がして花は嬉しく思う。

  

 けれど、距離を縮めれば縮めるほど内心では警戒されているのではないか、という思いは強くなっていく。

 結局、いつかはニュータウンを去ってしまうのだろう。

 そんな心の声は、周りと接するたびにボリュームが上がって聞こえるようで、花は困惑してしまうのだった。


 誰も皆取り残されることが怖いのだ。

 彼らの背後に流れる意識を読み取ることで、異常とも思えるほどの連帯感は、実は怯えや恐怖から来るものなのではないだろうか、と花の考えは徐々に変わっていく。


 さすがに懐に飛び込んで本心を探れるほどの肝は据わっていなかったので、確信は得られぬままホタテ貝に寄生するゴカイのように、花は微妙な距離の平行線をクラスメイトたちと保ち続けた。


 部活でも状況はそれ以上好転しなかった。

 少しはまともな会話ができるようになった花であったが、どこか気負ってしまうところがあって、中身は味気のないものとなってしまっていた。


 そんな中で中立的な立場の女性顧問だけは花の良き理解者であった。

 彼女もある意味ではまったくの部外者であり、そうした部分も含めて互いに親近感を抱いていたのかもしれない、と花は思う。


 それと同時に、顧問は花の腕前も高く評価していた。

 もちろん、彼女は常に部室に顔を出すわけではない。

 そうなるとあとは孤独との戦いであった。


 他の部員が不真面目にしている時でも花は無心で書と向き合った。

 それに触れている間だけは嫌なことも忘れられたのだ。


 自分にしかできないことがあると信じて、腐らずに部室へ顔を出し続けた。

 もちろん、諦めかけていた部分もある。

 きっと、私の学園生活はこんな風にして過ぎ去ってしまうのだろうな、と感傷に浸ることもあった。


 だが、しかし――。

 人生は平等であった。

 失った分を取り戻すチャンスはしっかりと残されていたのだ。


 花は学年が上がった次のクラス替えで運命を手にすることになる。

 麻唯と出会ったのだ。


 そして、そのことは後の花の人生に大きな影響をもたらすことになるのであった。

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