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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
153/421

第153話 花サイド-2

「川崎花です! 今日、立会演説会に出ます! よろしくお願いしますっ♪」


 花は校門を背にして立つと、園内に入る生徒に対して大きな声で何度も頭を下げる。

 翠と放送部の女子二人は、登校する生徒にチラシを渡していく。


「よろしくお願いしまぁーすっ!」

 

「お願い……」

「……します」

 

 翠が元気よく声をかけると、その後に続いて野庭と小菅ヶ谷が遠慮がちに声を揃えた。


 やがて、朝のホームルームまで30分を切ろうとすると、残りの立候補者の男女も取り巻きを連れて現れ、校門はちょっとした賑わいを見せた。

 途中から来たにもかかわらず、二年生の男女の方が花よりもよく声をかけられていた。


 知人と仲良さそうにじゃれ合う姿を何度も見かける。

 二人とも学年内でかなりの人気者なのだろう。


 そんな彼らの姿を横目に見ながら花は思う。


(私、場違いだ……)


 これから訪れる新しい世代のうねりのようなものを感じて、寂しさが突然花の中に込み上げてきた。


 麻唯が目覚めたとしても、彼女が戻れる場所はもうどこにもないのかもしれない。

 仮にその座を守ったとしても、結局交代することには変わりないのだから。


 永遠に感じられた麻唯や将人との時間が一瞬にして崩れ去ったような気がして、花の気分は翳りつつあった。


 しばらくすると、校門を過ぎる生徒たちの数はピークを迎える。


 急に声が小さくなったことで花の異変に気づいたのか、翠が心配そうに声をかけてきた。


「大丈夫っ? なんか顔色悪いけど」


「えっ……」


 突然、話しかけられたことで花はハッとする。

 気がつくと、花は両肩を翠に掴まれていた。


「少し休もう」


「で、でも……」

 

 花が何か言葉にしようとする前に校門前のトリック公園まで連れ出されてしまう。


「ここで休んでいて」


 翠の助けを借りる形で花はベンチに腰をかける恰好となった。


「……ご、ごめんなさい」


「謝らなくていいよ。色々と大変だろうし」


 翠はそう微笑みつつも、なぜか口ごもる仕草を見せた。


「それで、あの……」


「えっ?」


 何か彼は言いかけるも、そこで話は途切れてしまう。


「いや……。それじゃ、僕たちは引き続きやってるから。体調が戻るまでここで休んでね」


 そう口早に翠は話すと、チラシの配布を続ける二人の元へ急ぎ足で戻っていく。


(なんか気を遣わせちゃったな……)

 

 彼らへの罪悪感が再び燃え上がるのが分かった。

 けれど、そんな想いとは裏腹に唐突な睡魔が花に襲いかかってくる。


(あれっ……)


 目を瞑ると、急速に力が抜けていくのが分かった。

 おそらく、明け方まで筆跡を調べることに夢中となっていたせいだろう。

 睡眠時間はないに等しかった。


 頭では寝てはいけないというのが分かっていても、体がそれを許してくれないのだ。

 公園にある桜のほとんどは緩やかに靡く風によって散り始めてしまっていた。


 足元に広がる花びらの絨毯をうとうとと眺めながら、花はゆっくりと眠りに落ちていく。






―――――――――――――






 それからどれくらいそうしていただろうか。

 自分でも気づかないうちに眠り込んでしまった者が大概そうであるように、花もまた時間の感覚を失っていた。


 不快な振動がどこからか伝わってくるのが分かる。

 だが、意識が追いつかない。


 辛うじて瞼は開いた。

 その直後、強烈な光が差し込んでくる。

 

(ま、眩しいっ……!)


 それで花の意識は戻った。


 ブブブッ、ブブブッ、ブブブッ――。  


 震える何かが胸の辺りに当たっているのが分かる。

 花はハッとしてブレザーの内ポケットに急いで手を突っ込んだ。

 

 スマートフォンを取り出し、液晶画面を確認する。

 すると、そこには見知らぬ電話番号が表示されていた。


(ま、また……!?)


 昨日から続けてだ。

 2日連続となると、さすがに警戒心を抱かざるを得ない。


 電話に出るにあたり、番号が不明なこと以上に不気味なものはない。

 これが非通知や公衆電話からであったら尚更やっかいなところであった。


 特に花は、公衆電話というものをほとんど使った経験がないので、スマートフォンを持たない者を見つけるのが逆に困難となったこの現代において、なぜそんなものが未だに設置され続けているのか、甚だ疑問に感じていた。


 しかし、不審を抱く一方で、もしや……という期待もどこかにあった。


(ひとまず、出てみるべきだよね)


 目覚めてすぐだったにもかかわらず、花はすでに論理的な思考を手に入れていた。

 その決断をするまでに1秒もかからなかった。

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