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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第4部・立会演説会編 4月10日(水)
146/421

第146話 花サイド-1

 花がトリック公園に到着すると、宝野学園の校門にはすでに翠と野庭、小菅ヶ谷の姿があった。

 駆け足で花は校門まで向かう。


 すると、花の到着に気づいたらしく翠が笑顔で迎え入れてくれる。


「川崎さーんっ! おはよーっ!」


 翠の声で野庭と小菅ヶ谷も花の存在に気づいたのか、同時に綺麗な会釈をされる。


(あっ……)


 花はその一瞬、どう声をかければいいか躊躇してしまう。

 昨日の出来ごとを話すべきだろうか。


 夜に連絡を取った際は、筆跡鑑定のことで頭がいっぱいで何も伝えていなかった。

 もし、本当のことを伝えたら、彼らの協力を受けられなくなる可能性があった。


(ここで追浜君たちの助けを受けられなかったら……)


 卑怯だと花は自覚しつつも、翠たちの方から何か聞いてくるまで昨夜の件に関しては黙っておくことにした。

 心の奥で疚しい気持ちを抱えながら花は翠たちに近づく。


「おはようございます! 早いですね♪」


「いや、僕たちもちょうど今着いたばかりだよ。ねっ?」


 翠は野庭と小菅ヶ谷に確認をする。

 二人はこくこくとリズムよく頷いた。

 彼らが何か疑問を感じている様子はない。


(とりあえず、このまま黙っておこう……)

  

 話を本題に持っていこうと、花は改めて翠たちを見直す。

 すると、花は野庭と小菅ヶ谷の手に何か握られていることに気づいた。


「それって……」


「ああ、これ? 昨日、あれから作ってみたんだけど……どうかな?」


 翠が遠慮がちに何かを差し出してくる。

 

「え……? ええ~~っ!?」


 翠が差し出した一枚のチラシには〝川崎花〟というポップ体の文字に、花の写真がでかでかと貼られていた。


 〝負けません。勝つまでは〟と、なんとも怪しい前時代的なアピール文も一緒に添えられている。


 わなわなと震える花に対して緊張した面持ちで翠が声をかけてきた。


「あ、あのぉ……嫌だったかな……?」


 野庭も小菅ヶ谷もお互い手を握り合って反応を待っていた。


 花はチラシを両手で抱えるように持って顔を俯かせると、すぐに面持ちを上げて喜びを爆発させる。


「とんでもないです! ありがとうございますっ! これ、ステキですよ~♪」


「そ、そう? よかったぁ~……」


 翠は女子たちと顔を見合わせて、健闘を称えあうように微笑んだ。

 彼が持つ手提げ袋には、あと百枚近くのチラシが入っているのだという。


「これも私たちが……」

「……作りました」


 今度は女子たちが何かを差し出してくる。


「す、すごいっ……」


 それは手製のタスキだった。

 器用にも無地の布をミシンで縫い上げ、花の名前が美しく刻まれている。


 これで多くの生徒に自分の名前を知ってもらうことができるだろう、と花は思った。


「本当にありがとうございますっ……!!」


 花は思わず感極まってしまう。

 涙を薄く浮かべ、花はそれを受け取る。


 たった一日でこれだけの物を用意してくれたのだ。

 彼らの恩義に花は感謝せずにはいられなかった。


「気にしないで。昨日、助けてもらったお礼なんだからさ。なにか川崎さんの役に立ちたいって三人で相談して決めたんだよ」


「……っ、私のために……。ホントすみません……」


 彼らとは二年生の時から同じクラスであった。

 けれど、交流はほとんど持たなかった。

 

 それが今、哲矢やメイのお陰でこうして同じ目標に向かおうとしている。

 それが花にとってとても心地がよかった。


 こんな当たり前に仲間を得ることさえこの学園では難しかったのだ、という事実を花は再認識する。

 

 表面では生徒たちが主導で排他的な雰囲気を作り上げているように見えるが、実際は大人たちが仕組んだ箱庭で囲われている被害者にほかならない。


 大貴たちも言ってみればその内の一人なのかもしれない。

 根源を叩かない限りこの連鎖はいつまでも続くことだろう、と花は思った。


(その大役を私は任されたんだ)


 花はそう感じて、心を震わせる。

 ただ、隣で笑う翠たちの顔を見ていたら、結局そんな難しいことを考えても意味はなのかもしれないと思えるから不思議だった。

 

 気づくと、先ほどよりも校門を通過する生徒の数は増えつつあった。

 朝のホームルームが一時間後に迫っていた。


「それじゃ、元気に挨拶を始めちゃおう!」


「りょーかいですっ!」


 翠の声に押され、花たち四人は挨拶の準備に取りかかる。


(今、自分にできる精一杯のことをやろう)


 花はそう心の中で呟き、最後のアピールに全力を尽くすことを誓うのであった。

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