第134話 決定的証拠
その後、すぐにすべてのデータをUSBメモリへと移し終えた哲矢であったが、思いのほか2台のパソコンのシャットダウンに時間を要してしまっていた。
プログラムがアップデートされているのか、なかなか電源が落ちない。
(ま、結構古い型のようだし。処理が遅くなるのは仕方ないか)
その間、哲矢は何をするでもなく、ディスプレイの発光を睨み続けていた。
するとその時――。
暗闇の床で光るものが哲矢の視界に入り込む。
近づいて目を凝らしてみると、それは丸められた紙切れであることが分かった。
ちょっとした暇つぶしのつもりだった。
特に理由もなく、哲矢はそれを拾い上げる。
暗くてよく分からなかったが、紙を広げるとそこには文字がいくつか記されているようであった。
パソコンの光源にそれを照らすと、哲矢はようやくその紙切れの意味を理解する。
(利用許可証……)
先ほどの花の話が甦る。
これがその管理担当から許可を得たマルチメディア室の利用証なのだろう、と哲矢はすぐに思った。
そして、使用者欄に書かれた人物の名を目にし、哲矢は思わず嫌らしい笑みを浮かべてしまう。
「……マジか。くくっ……」
そこには、綺麗な楷書体で〝橋本大貴〟と記されているのであった。
許可証の情報はそれだけに留まらない。
使用目的の欄のほかに、丁寧にもこれから使うパソコンの番号も記されていた。
「……8番……」
そこに書かれた数字に目を落とし、哲矢は慌てて周囲に目を向ける。
パソコン本体の横に割り振られた数字のシールを追っていくと、やがて目当てのものが姿を現す。
「これか?」
ちょうど哲矢の真後ろのパソコンだ。
その瞬間、心臓を刻むリズムが踊るように高まっていくのが分かった。
何か重要な線が一本に結ばれるような感覚に哲矢は陥る。
「使用していた時間は、14時30分から15 時20分……」
ちょうど六時間目だ、と哲矢は思った。
なぜそんな時間にマルチメディア室を使うことが許可されたのかは疑問であったが、大貴のことだ。
適当な言い訳をつけて管理担当を納得させた可能性がある。
けれど、問題はそこではなかった。
14時30分から15時20分の間というのは、例のツイートが投稿された時刻と重なるのである。
「ミラーリング……」
先ほど宿舎でメイに言われた言葉が甦ってくる。
『犯人に多少の知識があるのなら、ケーブルでテレビやパソコンにスマホを繋いで、ミラーリングすれば簡単に中身を確認することができるわ』
まさかという思いと、やはりという感情が複雑に交差していく。
2台のパソコンがシャットダウンするのを見届けると、哲矢は素早く後ろに向きを変え、8番とナンバリングされたそのパソコンを立ち上げる。
こうしている間にも警備員が来るかもしれないという恐怖と緊張が次第に哲矢の思考を鈍くさせていく。
全身が微かに震え始める。
額から滲み出る脂汗が止まらない。
「…………」
一人になって気づくのは、耐え難い孤独の存在であった。
こんな思いをするのなら、全員で一緒に行動を共にした方がまだ少しは気が晴れたに違いない。
そうこうしているうちにディスプレイに光が灯る。
震える指先を押さえながらログインを済ませると、哲矢は迷わずインターネットに接続した。
大貴がこのパソコンで何かをしていたのは確かなのだ。
単純にそれが知りたかった。
ブラウザ上段部分の履歴をクリックすると、使用者が閲覧したウェブページの一覧が表示される。
当然、大貴以外にも今日このパソコンを利用した者はいるらしく、履歴は複数表示されていた。
履歴一覧を下にスクロールさせながら、14 時30分から15 時20 分の間にアクセスしたものを探す。
すると――。
「……あった……」
哲矢はついにそれを見つけてしまう。
そこに表示されていたのは、TwinnerログインのURLであった。
それを恐る恐るクリックすると……。
「……は、ははっ。やったぞ……」
もはや疑う余地はない。
哲矢は、ディスプレイに表示された自身のTwinnerアカウントを正面に捉えながら確信を抱く。
(やっぱり、大貴が俺のTwinnerからツイートを投稿したんだ!)
なぜか悪役のような笑いが込み上げて止まらない。
実際に決定的な証拠を掴むと人はこうなるのかということが分かり、哲矢は自分が少しだけ怖くなる。
つまり、浮かれているのだ。
含み笑いをなんとか抑えると、哲矢は暗闇の中で発光を続ける画面を食い入るように睨みつける。
(これで俺たちの勝ちだ)
挑発してきた昨日の大貴に向けて哲矢は心の中でそう呟く。
これで明日の勝利は確実なものとなった、と哲矢は思った。
しかし――。
現実はそう甘くない。
「……ッ!?」
一瞬、足音が遠くで聞こえたような気がしたのだ。
心臓が踊るように飛び跳ねるのが哲矢には分かった。
強制的にパソコンをシャットダウンさせようとする哲矢であったが、直前のところで思い留まる。
(ま、待てっ……慌てるな……。メイや花の可能性だってあるじゃないか……)
だが、内心では哲矢は理解していた。
彼女たちの靴音はあそこまで強く廊下に響くことはないということを。
警備員が巡回してやって来たのだ。
その音は、コツンコツンと甲高く廊下を叩きながら、徐々にこちらへ近づいて来るようであった。
(ど、どうするっ……!?)
大貴がこのパソコンを利用して自分のTwinnerアカウントにログインしていた事実は目に焼きつけた哲矢であったが、肝心の証拠をどうやって保存するべきかまでは考えていなかった。
だが、このまま悠長にこの場に留まっていると警備員に見つかる危険がある。
暗がりの中で明かりを灯しているからだ。
決断の時は間近まで迫っていた。




