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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
121/421

第121話 その可能性

 足早に1階の自室まで移動すると、ドアが完全に閉まるのを確認して哲矢はメイの手を離す。


「……はぁ、なんなのよ」


 何を言っても無駄だと悟ったのか。

 途中からメイは一切抵抗しなくなっていた。


 代わりに深い穴でも掘れそうなほどの大きなため息を漏らす。

 そして、呆れ混じりにこう口にするのだった。


「どうしていつもこう強引なの? 他にやり方知らないの?」


「悪かったな。いつも強引で」


 哲矢はこれ以上メイを刺激しないように努めて紳士的に振る舞い、彼女を学習机の椅子までエスコートすると、自分はラグの上にそのまま胡坐をかいて座る。

 

 部屋の中は、前回メイが訪れた時とは違って小奇麗に片づいていた。

 ベッドのシーツはピンと張られ、学習机には余計な物が一切置かれていなかった。

 他人の手を借りてまで整理しなければならないわけではないことは一目瞭然だ。

 

 その違和感に気づいたのだろう。


 メイは怪訝そうな顔を向けてくる。

 そこには邪推も一緒に含まれていた。

 

「なに?」


「まだなにも言ってないわ」


「いや、なんか怖い顔してるからさ」


「この前は35点なんて言ったけど……急にどうしたの? 手伝う必要ないくらい片づいてるじゃない」


「そりゃ、どーも」


「ひょっとしてからかってるの?」


 メイはそう口にすると、どこに隠しておいたのか、背後から大きなハリセンを取り出す。

 そして、それを突然振り回し始めるのだった。


「待て待てっ! なんだそれはっ!?」


「ハリセンだけど?」


 自分で作ったものなのか、厚紙はへなへなと曲がっている。


「んなことは分かってる。どうしてそんなもの持ってんだよ」


「……あんたってほんとバカね。男の部屋に上がるのに手ぶらなわけないでしょ?」


「この間はそんなもの持ってなかったぞ!」


「もうっ、うっさい! 私をここへ呼んだ理由をさっさと説明しなさい!」


 ペシペシと出来損ないのハリセンで哲矢はメイに頭を叩かれる。


「わぁわあっ! 分かったからっ! とにかくそれやめてくれぇぇっ~……」

 

 その後、頭を何度か叩かれた哲矢はようやくメイから解放される。

 

 少しは気が晴れたのだろう。

 彼女は満足そうに脚を組み、椅子に踏ん反り返る。

 立場は完全に逆転していた。


 一方の哲矢はというと、ラグに正座させられた状態で、メイの足のつま先が鼻にかかるのを我慢しながら、どう話を切り出すべきかと考えをまとめていた。


 別に何か確信があったわけではない。

 ただ、現状を打開する策がそれ以外に思い浮かばなかったというだけのことなのだ。


 ここで終わりたくないという諦めの悪さが突拍子もない自身の仮説を支えていた。


「それで?」


 散々ひた隠しにされてきた答えを心待ちにする子供のように、メイは身を乗り出してそう投げかけてきた。

 哲矢は一度腕時計を確認すると、しっかりと順序を頭の中で思い浮かべながら今日一日に起きた出来ごとを彼女に説明する。


「……実は今日、花の机に脅迫文が入れられていたんだ」


「脅迫文?」


 そこでメイのつま先の動きがピタッと止まる。

 雷にでも打たれたように彼女は体を硬直させ、呻きにも似た声を漏らした。


「ちょっと待って……。脅迫文ってなにっ?」


 先ほどまでの強気なトーンは影を潜め、メイはいつになく真剣な表情で哲矢に詰め寄ってくる。

 彼女の瞳に自分の姿が映ってしまうほどの距離まで顔を寄せられ、哲矢は気恥ずかしさから視線を逸らして話を続けた。


「えーっと……ちょうど六時間目の準備をしてる時に花が見つけたんだ。その前の時間は色々あって、俺と花は保健室にいた。それで教室に戻ってきたら、花が机の中からそれを見つけて、その内容も強烈で……」


 その瞬間、哲矢の脳裏にあの不気味な文字の羅列がフラッシュバックする。

 メイは固唾を呑み、言葉の続きを待っているようであったが、とてもそれを伝える気には哲矢はなれなかった。

 

「……とにかく、酷いもんだった。だけど、問題なのは内容なんかじゃない」


「どういうこと?」


「メイ、お前さっき言ってただろ? 例のツイートが投稿されたのは今日の15時頃だって」


「言ったけど……」


 まだ意図をはかりかねているのか、メイは哲矢の問いかけにただ黙って頷く。


「脅迫文を花が見つけたのは、六時間目がちょうど始まったくらいだから14時半頃。犯行時刻が近い。しかも、手口まで似ている」


「手口? ああ……。机の中に物を入れられたり、盗まれたりしたって、そういうこと?」


「そう。二件とも俺らの席と関係している」


 ここまで至って、ようやくメイは哲矢が言おうとしていることの意味を理解したようであった。


「つまり、あんたは脅迫文を書いた犯人とTwinnerのアカウントを奪って暴露ツイートを投稿した犯人は同一人物だって考えてるわけね」


「断言できるわけじゃないけど、十分にあり得る話だと俺は思う」


「…………」


 唇を指先で触り、メイは思案するように押し黙る。


 一見するとバラバラに見える配線がどう接続されているのか。

 それを頭の中でシュミレーションしているかのようだ。


「……その可能性はどれくらいだって思ってるわけ?」


「どれくらいって?」


「なにか思うところがあってそう考えてるわけでしょ? 根拠はあるの?」


 根拠なんてない――直感だ。

 それが正直な哲矢の感想であった。

 

(まぁでも、メイがピンと来ないのも無理はないか)


 実際に脅迫文を目にしていないからそんなことが言えるのだ、と哲矢は思う。


 あの一枚の便箋に渦巻いていた憎悪の感情が確かな意思を持ってツイートを投稿した犯人の行動とどこか似ていることに彼女はまだ気づいていないのだ。


 とはいえ、二つの件を結ぶ根拠も必要だろう。

 

 〝犯行時刻が近い〟

 〝手口が似ている〟


 これだけの理由で安直に繋げてしまっては、メイもきっと納得しないはずであった。

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