第119話 突然の幕引き
「……ただ、どんな形であれ、少年調査官の存在が世間に知られてしまったことに変わりない。その事実を今さら消すことはできないんだ。だから……」
今まで成り行きを見守っていた哲矢はそこでハッとする。
自分の中で何かがストンと音を立てて落ちるのが分かったのだ。
それは覚悟の音だったのかもしれない。
そう思うや否や、哲矢は直球を洋助に投げ込んでいた。
「……俺の役目はここで終わりってことですか?」
隣りに座る洋助が一瞬目を逸らす。
その動作からはあらゆる感情が排除されていた。
そして、彼は哲矢の言葉を肯定するように小さく頷く。
その瞬間、哲矢の中で何かが終わりを告げた。
「なんでっ!? テツヤが投稿したっていう証拠はなにもないんでしょ!?」
哲矢と洋助のやり取りを間近で見ていたメイが突然立ち上がって大声を上げる。
勢い余って彼女はそのままテーブルを手の平で叩こうとするのだったが、寸前のところで哲矢がそれを制する。
間髪入れずに哲矢は洋助に謝罪の言葉を口にした。
「分かりました。あと、色々と迷惑をかけてしまってすみませんでした」
「テツヤ! なに納得してるのよっ……! なんであんたが……謝る必要あるの!?」
「メ、メイちゃんっ!」
花は哲矢に加勢して荒ぶるメイを押えつつ、どうにか場をなだめようとする。
「今まで親身に接してくれたこと、本当に感謝してます」
「……いや、こちらこそ申し訳ない。なんの力にもなれなくて……本当にすまない」
「……ッ、ヨウスケっ……」
三人の前で深々と頭を下げる洋助の姿を見て何かを感じ取ったのか。
メイはそれ以上、騒ぎ立てることをやめる。
親と子ほど差が離れている大人の男が丁寧に頭を垂れているのだ。
そんな姿を見てまで声を荒げるほど、メイは世間知らずではなかった。
哲矢に掴まれた腕を力なく振り解くと、彼女は大人しく椅子に腰をかける。
そのタイミングで緊張の糸が切れたと判断したのだろう。
洋助はこれまでの経緯に補足を加えるように話を再開させる。
「実はさっき、宝野学園から連絡があったんだ。どうやらあちらにも今回の件は伝わってたようで……その場で哲矢君の退学を告げられたよ。もちろん抗議した。まだ調査中で詳しいことはなにも分かってないって。でも、彼らは話を一切聞いてくれなかったんだ」
「損失に関わるなにか重大な問題が起きた場合、学校側は少年調査官の受け入れを拒否することができるって決まりがあるから、それ以上僕も強く言えなかったんだ。言い訳のように聞こえるけど、途中で哲矢君に任を降りてもらうことになって……とても残念だよ」
そこまで口にして一度話を区切った洋助は「清川さんに言われた通りになってしまったね」と歯痒そうに唇を噛むのだった。
(誰かが裏で糸を引いてるのかもしれない……)
哲矢の脳裏にそんな考えが思い浮かぶ。
あまりにも早過ぎる学園側の対応に疑問を抱かずにはいられなかったのだ。
「でも……不幸中の幸いだったのは、生田君の事件についてなにも書かれなかったことかな」
「そうですね」
洋助の言葉に哲矢も頷いて同意を示す。
もし仮に、事件を細かく記したツイートが哲矢のアカウントから投稿されていたとすれば、騒動は今よりもはるかに大きくなっていたに違いなかった。
(……ってことは、犯人の目的は事件そのもののリークにあるわけじゃなくて、俺を陥れることに向いてた、ってことだよな?)
こう考えれば、大貴らの犯行という線はよりはっきりとした輪郭を帯びてくるわけだったが、どこか釈然としない思いも哲矢は感じずにはいられなかった。
そんなことを考えていると、俯いたままの花の表情が哲矢の目に飛び込んでくる。
彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。
(無理もないか)
哲矢が退学処分を受けるということは、明日の計画は花が中心となって実行しなければならないということを意味しているからだ。
万全ではないこの状況下で重荷を背負わなければならない。
彼女の不安の大きさは想像に難しくなかった。
今すぐ花に声をかけて安心させてやりたいという思いもあったが、哲矢にはこの場でそれができない理由があった。
◇
それから、洋助は淡々と事後処理について口にした。
三人は誰が何かを発することなく、ただ黙って彼の話に耳を傾けていた。
「……それで、あとの任は美羽子君が直接引き継ぐことになる。だから哲矢君も心配しないでほしい。大丈夫……。彼女ならしっかりやってくれるよ。部屋に戻ったら帰省の準備を進めてほしい」
「はい。分かりました」
聞き分けのいい子供のように哲矢は素直に頷いてみせる。
それを見て洋助も安心した様子だ。
けれど、あまりの展開の早さについていけない、というのが哲矢の本音であった。
洋助としてもこう指示することは本望ではなかったはずだ、と自分に言い聞かせて、哲矢はなんとか気持ちを落ち着かせる。
彼は優秀な家庭裁判庁の調査官だ。
これ以上、無駄に長居させることは傷を抉り続けることと同義だ、と知っているのだろう。
だから、あえて無常な言葉を連ねて早めの退去を促しているのだ。
その方が傷も少なくて済むわけだから。
しかし、哲矢は彼の好意を上手く受け取れずにいた。
(分かってる。分かってるけど……)
その時、メイの曇った表情が哲矢の視界に飛び込んでくる。
花と同じように彼女も今後のことについて不安に感じているのかもしれない。
いつもの饒舌さは鳴りを潜めているのだった。




