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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
112/421

第112話 不審なコール

「ふぅ……」


 利奈の姿が完全に見えなくなると、哲矢は一人安堵のため息を漏らした。

 改めて利奈に感謝の念を抱く。

 

 あとは明日の朝、大貴たちが登校してこなければ、ホームルームの後にでもクラスメイトらに立会演説会の場で大事な話をすることを予告しておけばいいだろう、と哲矢は思う。

 

 哲矢は久しぶりに晴れやかな気持ちとなっていた。

 花の顔を覗けば、彼女もまた似たような充実感に満ち溢れた表情を浮かべていた。


 そして、どちらからともなくハイタッチを交わすと、お互いの健闘を称え合う。


「んははっ。やったね♪」


 花はピースサインを作って嬉しそうに笑った。

 

「それじゃ、私は一度部活に顔を出してくるよ」


「おう。頑張れ」


「その後はどーしよっか?」


「俺は適当に時間を潰してるよ。あとで部室に顔出すから。部活が終わったら、明日の流れと応援演説の原稿を一緒に考えよう」


「うん、分かった! 行ってくるね!」


 スカートをふわりと翻し、花はその場から立ち去ろうとする。

 だが……。


「……あっ、あれっ?」


 花はブレザーの内ポケットからスマートフォンを取り出すと、その液晶画面を見て立ち止まってしまう。

 

「どうした?」


「……知らない番号からだ」


 小首を傾げ、彼女はそこに表示された電話番号にじっと目を落とす。

 

「なんだ? 出ないのか?」


「うーん。実は今、スマホ全然充電してなくて。バッテリーあと少しなんだよね。どうしよう……」

 

 花は困った様子でその電話に出るか出ないかを悩んでいる。

 確かに、知らない電話番号から電話がかかってきたら誰だって不審を抱くものだ。

 そのような理由も、彼女を躊躇わせる一因となっていたのかもしれない。


(あっ……)

 

 けれど、哲矢はあることを思い出す。

 

(そういえば、昨日花のスマホを使って病院から宿舎へ連絡したんだったよな。今朝の件もあるし、風祭さんからの可能性ってこともあるんじゃないか?)


 洋助は哲矢のスマートフォンが壊れていることを知っている。

 何か用事があって花に電話してきたということも考えられた。


 花には悪い気がしたが、哲矢は電話に出ることを勧めてしまう。


「とりあえず、出てみたらどうかな? 間違い電話だったら、すぐ切ればいいわけだし」


「そ……そだね……」


 花はそれで納得したのか、液晶画面をスワイプさせると、「もしもし……」と神妙な声で電話口に出る。


 一瞬緊張が走るも、それも杞憂に過ぎなかったことを彼女の声色が途端に明るくなったことで哲矢は悟った。


「……え、メイちゃんっ!? な、なんだぁ~……。知らない番号だったからびっくりしたよーっ!」


 どうやら電話の相手はメイだったようだ。

 きちんと暁少年鑑別局まで行けたのか気になる哲矢であったが、ひとまずは成り行きを見守ることにする。

  

「えっ? あ……あははっ。ご、ごめんね~。急になんか馴れ馴れしくなっちゃって……。うん、うん……。えっと……メ、メイちゃんが嫌じゃなければ……!! そんなっ! 本当っ? うん、全然だよ! こっちこそありがとぉっ~♪」


 電話口のメイの声は聞き取れなかったが、二人が何について話しているのかは哲矢には大体の想像がついた。

 

「それでどーしたの? うん……えぇっ!? そうなんだっすごい!! えっ? えっとね! だったら特撮に出てくる怪獣の話がいいんだけど……あ、あはは……そうなんだけどね。なんか好きみたい。私もよく分からないから適当に合わせる時あるよ♪ うんっ。そうそうっ!」


 花はスマートフォンを耳に当てながらメイとの話に夢中となっていた。

 

(……けど、確かに怪獣は子供っぽいよなぁ。まあでも……俺も人のこと言えないか)


 メイだってそうだ。

 誰だって人とは違う趣味の一つくらい持っているものだ、と哲矢は思う。

 どことなく、将人に対する印象も柔らかくなる。


(そう考えたら、花も随分表情が柔らかくなったよな)


 メイとの会話に自然と顔をほころばせる彼女の姿を見て哲矢は思う。

 良い関係を築けている証拠だ、と。


(ここは俺が口を挟むとこじゃないか)


 しばらくの間、ほっこりした光景に哲矢は目を奪われていた。


「……うんっ! はーいっ。伝えておくよっ~! じゃーねっ♪」

 

 やがて、通話が終わったのか。

 花がスマートフォン片手に哲矢の元へ駆け寄ってくる。


「暁少年鑑別局の番号だったみたい。電話はメイちゃんからだったよ」


「あいつ、なんか言ってたか?」


「うんっ。将人君の面会の許可が下りたんだって!」


「っ、マジか……」


 有言実行とはまさにこのこと。

 この時ばかりは、メイのことが哲矢には男らしく思えた。


「あれっ? 哲矢君、あんま驚いてない? そもそも将人君の面会に行ってるの驚きじゃないっ?」


「あ、そっか。花には言ってなかったんだけど、さっきあいつ学園までやって来てな。そこで聞いたんだ。これから将人の面会をするために暁少年鑑別局へ行ってくるって」


「そ、そうだったの!?」


「病み上がりのくせに大したヤツだよ」


 改めてメイの手際の良さに哲矢も感服せざるを得なかった。

 花も同じことを感じたのか、こくこくと頷きながら同意してくる。


「だよね。私も驚いちゃったよ。まさか一人で将人君の面会に行って、その許可まで貰っちゃうなんて……。なんか羨ましいな、メイちゃんの行動力」


「あいつの場合、ほとんど直感で行動してるような気もするけど……」


 しかし、結果的にそれが成功してしまうのだ。

 まったく恐ろしいことだ、と哲矢は思うのだった。


(……でも、待てよ。面会の許可が下りたってことは、メイが妻だって認められたってことか? 将人がそれを認めた?)

 

 とすると、彼が記憶喪失の状態にあるという可能性がますます高まったことになる。


(でもまあ、それもメイがすぐに暴いてくれるはずだ)


 花の話では、メイはこれから将人の面会に臨むのだという。

 少なくともあと数時間もすれば、結果が分かるはずであった。

 

「……なんか、部活に顔出してる場合じゃない気がしてきたよ」


「なんでだよ? 行って来いって。明日の件は部活が終わってから考えればいいじゃんか」


「そ、そうかな……。メイちゃんも頑張ってるのに、私だけなんかなにもしてないみたいで……」


 急に不安となったのか、花が弱音を口にする。

 メイの話を聞いた後では自分がちっぽけな存在に思えても仕方がない。

 哲矢としてもそれは同じだった。


「いや……花は花で自分のすべきことをまずはしてくれ。部活だって大事なはずだろ?」


「う、うん……ありがと哲矢君……。じゃ、ちょっと待ててくれる?」


「ああ。俺のことは気にしなくていいから頑張って来い~」


 花は大きく頷くと、今度こそ踵を返してこの場を後にしようとする。

 しかし――。

 

「……えっ、ちょっとぉ……またぁ!?」


 一度あることは二度あると言われるように、またしても不審な着信によって花は足止めをされる。

 

 相当テンパっているのだろう。

 彼女はスカートの裾を掴んで片方の手で拳を作る。


(う、うおっ!?)


 布が捲り上がって花の白い太ももがチラッと覗き見えた。

 哲矢は慌てて彼女に問いかける。


「どどど、どうしたんだっ?」


「また知らない番号からだよぉ~……」


 二度も続けて見知らぬ電話番号から着信があれば困惑するのも無理はないが、電話に出てしまえば取り越し苦労に過ぎないというのはよくある話だ。


(営業の電話かもしれないし、間違い電話かもしれない)

 

 そう思う哲矢であったが……。

 

 なぜだろうか。

 先ほどとは違い、何か不吉な予感が哲矢の胸で騒ぎ始める。

 

 特に理由はない。

 けれど、心の奥がざわつくのだ。

 

(たまたま鑑別局の電話番号は二つあって、メイが言い忘れたことを伝えようとしてきてるのかもしれないじゃないか)


 都合のいい解釈で自身を納得させ、哲矢は花のスマートフォンを覗き込む。

 そして、液晶画面に表示された数字の羅列を見てハッとした。

 

(……あれ、これって……) 


 哲矢はズボンのポケットからメモ帳の紙切れを取り出す。

 そこに書かれている番号を見て哲矢は確信した。


「花っ、これも怪しい電話じゃない!」


「え?」


「風祭さんからなんだ」


「風祭さんって、昨日の……」


「なにか緊急の用件があるのかもしれない」


「わ、分かったっ! とりあえず、出てみるっ!」


 彼女は液晶画面をスワイプさせ、スマートフォンを耳に当てる。

 すぐに籠った声が漏れ聞こえてきた。

 なんとか間に合ったようだ。


 そう哲矢が安心したのも束の間……。

 それから数秒もしないうちに彼女の表情はみるみる青ざめていく。


 当然、哲矢が電話口の声を正確に聞き取ることはできない。

 「どうしたんだ?」と哲矢が声をかけるよりも前に、花はスマートフォンを耳から離すと、そのまま腕をだらしなくぶら下げ、唖然と俯く。


「……て、てつ……や、君……」


 顔面蒼白。

 まさにそんな表情であった。

 

「どうしたっ!?」


 そう哲矢が詰め寄っても、舌が上手く回らないのか、花は思うように言葉が出ずに苦しんでいるようであった。


 ゴンッと廊下に鈍い音が響く。

 

「お、おいっ、花っ……!」


 いつの間にか、彼女はスマートフォンを床に落としていた。

 やがて、病院を徘徊をする患者のうわ言のように、しきりに何かを唱え始める。


「―――んの正――ネ――に流――てる―て」


 しかし、その声はノイズがかけられたようにフィルターがかかり、哲矢は細部まで上手く聞き取ることができないのであった。

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