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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
111/421

第111話 願ってもない申し出

 結局、いくつかのチャンスがあったにも関わらず、応援演説を一兵にお願いすることは叶わなかった。

 けれど、哲矢が落ち込んでいる暇なく、すぐに次の展開が訪れる。


「あれっ……?」


 その時、書架の間を見知った顔が過ぎるのを哲矢は目にした。

 利奈だ。

 哲矢はすぐに彼女の後を追う。

 

 目の前を歩く利奈の肩に触れ、哲矢は「よっ! 遅かったな」と声をかけた。

 

「きゃっ!?」


「へ……?」


 だが、とても際どいリアクションが返ってくる。

 近くの学習机で勉強をしている女子グループの視線が真っ先に飛んできた。

 

 弁解するように素早く利奈の前に回ると、それで彼女もようやく哲矢の存在に気づいたようだ。

 彼女は腕を強く引いて書架の影に哲矢を連れ込む。


「……こういうのは……やめて」


 利奈はメガネを曇らせながら恥ずかしそうに俯いた。


「ご、ごめん……」


 これまでメイや花に慣れてしまっていたためか、どうやら距離感を勘違いしていたらしい。

 哲矢がもう一度頭を深く下げると、利奈はメガネの縁に指を当てながら訊ねてくる。


「……川崎さんは?」


「えっと、その辺で暇潰してるはずだけど……」


「そう」


 利奈は哲矢の顔を見向きもせず、そのまますたすたと歩き始めてしまう。

 慌てて哲矢は彼女の後を追った。




 ◇




 花は学習机に座り、児童向けの童話を読んでいつの間にか号泣していた。

 そんな彼女の腕を哲矢は引っ張り、三人で図書室の外へと出る。


 一番最初に口を開いたのは利奈であった。


「遅れてごめんなさい。生徒会の仕事が予想以上に長引いてしまって……」


「そ、そんな! むしろ忙しいのに呼び出してしまってごめんなさいですっ!」


 花はパタパタと両手を振って頭を下げた。

 そんな彼女の姿を一瞥すると、利奈は「話、帰りながらでもいい? この後約束があるの」と訊ねてくる。


「あっ……。ご、ごめんなさいっ。私、これから部活があって……」


 気まずそうに上目使いで花は利奈を窺う。


「ならここでも大丈夫」

 

 その場で姿勢をスッと正すと、利奈は哲矢と花の方に向き直った。

 緊張した面持ちで花も同じく姿勢を正す。


 哲矢がアイコンタクトを送ると、花は静かに頷いた。

 自分が話をする、ということなのだろう。

 それが分かり、哲矢は一歩引いて事の成り行きを見守ることにするのだった。


「……あの、率直に言いますね。やっぱり、応援者は見つけられませんでした。ごめんなさいっ……!」


「どうして謝るの?」


「いや、だって……わざわざ来てもらったから……」


「そんなの……」


 利奈はそう口にすると、鞄の持ち替えてメガネの角度を微妙に変えた。

 まだ夕方と言うには時間は早い。

 さんさんと照りつける春の日差しが窓から差し込み、廊下に哲矢たちの影を作り出す。


 外のグラウンドからは部活に励む生徒らのかけ声が聞こえてくる。

 校舎のどこかで管楽器の音が鳴り響き、それに混じって風の騒めきが哲矢たちの間を駆け抜けた。


 いつもと変わらぬ学園の風景。

 けれど――。

 

 目の前の女子は、その境界から一歩外にはみ出しているように哲矢には見えた。

 彼女はそっと口を開き、予想外の言葉を呟く。


「……私。やろうか?」


「ほへっ?」


「応援演説」


 ふやけた声を上げる花同様、哲矢も利奈のその提案には驚きを隠せなかった。


「応援演説って……いいのか?」


「うん」


 利奈はミステリアスな雰囲気を纏いつつ、廊下の先へ視線を向ける。

 そこにはスポーツバッグを手にした二人の女子生徒がいて、彼女らは距離近く何やら親しげに会話を弾ませていた。

 

「困ってそうだから」


「で、でもっ。鶴間さん、明日も生徒会の仕事が……」


「生田君。救いたいんでしょ?」


 その言葉を聞いて哲矢はハッとする。

 そして、すぐに思い出す。


(そうだ。鶴間には俺たちが立てた例の計画を話してるんだった)

 

 彼女はそのすべてを知っている。

 将人を救うために社家に証言の嘘を公の場で認めさせようとしている、ということを。


 だが、しかし……。

 あまりにも話が上手く運び過ぎているような気がする、と哲矢は思った。

 

 花が言うように、利奈は明日もさらに生徒会の仕事で忙しいに違いない。

 にもかかわらず、応援演説など面倒なことを引き受けたりするだろうか。

 

 親しい友人なら話は別だが、これまで見たところ花と利奈が仲が良いという印象を哲矢は抱いていなかった。

 つまり、彼女にメリットがないのだ。


(いや……。なに一人で解釈してんだ、俺は。考え過ぎだろ)


 本気で心配してそう提案してくれたのかもしれないじゃないか、と哲矢は思う。

 同情心でもなんでも構わない。

 今は彼女のその優しさが哲矢にはとても嬉しかった。


「けど、私。しゃべるの苦手だし、上手くみんなの関心を集められるかは分からないけど……」


 そう伏し目がちに視線を彷徨わせる彼女は、このままどこかへ消えてしまいそうなそんな儚さがあった。

 

 ここまで言わせたのだ。

 こちらも覚悟を決める必要があった。

 哲矢はすぐにフォローを入れる。


「それなら大丈夫っ! こっちで原稿を用意するからさ! だから、その通りに読んでもらえたら」


「え……哲矢君っ?」


「なっ? 花も一緒に考えてくれるよな?」


 勝手に花を巻き込みつつ、後先考えずに哲矢はそんな言葉を口にしてしまう。

 けれど、宣言した以上、前言を撤回するわけにはいかなかった。

 

「……ん。そうしてくれると助かる」


「こっちこそ助かるよ」


「鶴間さん、本当にありがとうございますっ!」


 この場は利奈に感謝を伝えるのが先決だと花も分かったのだろう。

 深々と頭を下げる花と一緒に哲矢も頭を下げる。


 結果的に、応援者は思いもよらぬ形で見つかった。


「……明日は忙しいと思うから、原稿を受け取るのは直前でも大丈夫だから」


「分かった。渡せるタイミングができたらこっちから連絡するよ」


「これ。私の……」


 利奈はブレザーのポケットからスマートフォンを取り出すと、LIKEのQRコードを差し出してくる。


「あ、はいっ」


 哲矢がスマートフォンを持っていないことを思い出したのか、花はすぐに自分のスマートフォンを取り出す。 

 どうやら無事にIDを交換できたようだ。


「じゃ、急いでるから。私はこれで……」


「はいっ! 色々とありがとうございましたっ!」


 花は敬礼のポーズを作って利奈を見送る。

 彼女は少しだけ苦笑いを浮かべると、そのまま廊下から立ち去るのだった。

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