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桜色の街で ~ニュータウン漂流記~  作者: サイダーボウイ
第3部・証明編 4月9日(火)
109/421

第109話 三人の協力者

「手短に帰りの連絡事項を伝えたいと思います。まず初めに、明日は皆さんもご存じの通り五時間目から生徒会長代理選挙があり……」


 臨時でやって来た事務職員の男が帰りのホームルームを始める。

 先ほどのディベート・ディスカッションの授業は結局自習の時間で終わったらしい。

 教師たちの間に普段とは異なる慌ただしさのようなものがあるのを哲矢は感じる。

 裏で一体何が起きているのだろうか。


 この時間になっても社家は姿を現さなかった。

 今朝の清川の言葉が甦る。

 まだ教員研修会から戻ってきていないのかもしれない。

 

 また、大貴や彩夏らもあれから姿を見せていない。

 彼らが今どこで何をしているのかはもちろん気がかりであったが、哲矢としては今は応援者を探すことの方が一番の問題であった。

 

 正直、明日の計画は応援者がいなくても成立する。

 けれど、花に本番の不安が残る以上、いてくれたに越したことはない。

 

 周囲の関心を集めること。

 これが応援者に期待されるミッションだ。

 そして、これが成し遂げられるのはおそらくこのクラスで一人しかない。


 哲矢は今一度、右隣の席に目を向ける。

 一兵は真面目に帰りのホームルームに耳を傾けていた。


(どうすればコイツに関心を持ってもらえる……?) 


 そんなことを哲矢が考えているうちに連絡事項の報告は終わったらしい。

 学級委員長の女子の声が響く。


「きりーつ。れーい」


 彼女のその号令を合図に教室は再び騒ぎ声に包まれた。

 

 すぐに一兵がアコースティックギターのケースを持って立ち上がる。

 彼はそれを背負うと、すたすたと教室から出て行ってしまう。

 哲矢が止める間もなかった。


「哲矢君っ、今日教室の掃除当番だよね?」


「たしかそうだったかな」


「私、廊下の担当だから終わったら教室で待っててほしいんだけど」


「分かった」


 笑顔で頷くと、花がモップを持って廊下に飛び出していく。

 そんな彼女の背中を見送りながら、哲矢もちりとりと箒を手にして教室の清掃を始める。

 

 あと少しもすれば利奈に報告をしなければならない。

 その時間が迫るたびに、応援者の存在が哲矢の心を大きく支配していた。

 

 ふと、一緒に掃除を始めるクラスメイトの姿が目に留まる。

 

「……あっ、翠も当番だったのか」


 箒を持った翠が手を振って近寄ってくる。

 

「うん。哲矢君と一緒なの初めてだよね」


 先ほどあんなことがあったばかりだというのに、彼は律儀に当番を全うするようであった。

 なんでも一生懸命なところが彼の長所なのだろう。


 その時、哲矢の脳裏にあるアイデアが浮かぶ。


(翠に応援者を頼んでみるとかどうだろう?)

 

 一兵が帰宅してしまった現状、頼れる当ては翠以外に残されていなかった。

 

 一瞬、絆創膏を貼った頬が痛む。

 あのように大変なことがあったばかりで申し訳ないという気持ちがありつつも、哲矢は翠に声をかけてしまっていた。


「なあ、翠。ちょっと話いいか?」


「うん? どうしたの?」


 翠は一旦箒をロッカーに立てかけて、まるで里親に懐く小動物のようにぴょこんと哲矢の元へ近寄ってくる。

 一応重要な部分は伏せておいて、単純に明日花の応援演説を頼めないかと切り出してみた。


「……ごめん。無理だと思う……」


「そうか」


 すぐに予想通りの言葉が返ってくる。

 翠は元々、花が生徒会長代理選挙に立候補していることは知っていたらしく、哲矢がこの話を持ちかけても特に驚く様子は見せなかったが、自分にはできないと感じたようだ。

 

 残念そうに首を横に振りながら彼は続ける。


「多分、迷惑もかけちゃうと思うし……」

 

 本番は明日なのだ。

 誰に頼んでも翠と同じような反応が返ってくるに違いない。

 

 それに〝柄じゃないよ〟と遠回しに言われているようで哲矢の胸はちくりと痛んだ。

 彼と一緒にいればそれは分かったことだ。


(嫌なこと、言わせちまったな……)


 一兵のように大舞台に愛された者がいる一方でその逆もまた存在する。

 なりふり構わず、見当違いの打診をしてしまったことを哲矢は後悔した。


「いや、こっちこそ悪い。ははっ、バカだよな。無理なお願いしてすまなかった。すぐに忘れてくれ」


 そう言って哲矢は教室の掃除を再開させる。

 翠はそんな哲矢の姿を見て、感心したように口にした。


「でも、関内君偉いね。川崎さんのために訊いて回ってるんだ?」


「えっ? あ、ああ。俺ができればよかったんだけどな。でも、俺が学園にいられるのは明日までだからどうも無理みたいでさ」


「普通、そこまで気が回らないよ。関内君もやらなきゃいけないことがあって色々大変なはずなのに……。僕、なにも協力できなくて、今日なんか助けられちゃったりして……」


「お、おいおいっ。やめてくれって。翠には本当感謝してるんだぜ?」


 哲矢がそう口にしても、翠は「買いかぶりすぎだよ」と小さく言って、きまりが悪そうに俯くだけだ。

 共感力の高い彼だからこそ、何も協力できていない現状に歯がゆさを感じているのかもしれない。


 その時――。

 

「……買いかぶりすぎなんかじゃないですよ」


 突然、花の声が聞こえてくる。

 廊下の掃除が終わったのか、彼女はモップを片手に教室へ入ってきた。

 

「私、追浜君のことすごいなぁ~って思ってるんです。誰とでも仲良しですし、気配りができますし、持ち前の明るい性格でみんなをぱぁーって元気にしてすごいって思っていて」


「そんな、僕はべつに……」


「だから、そんな追浜君にお願いしたいんです。厚かましいこと言ってるのは重々承知してます。ですけど、どうしても追浜君に……」


 花は手にしたモップをぐっと握り締めながら翠に詰め寄る。

 廊下まで話が聞こえていたのかもしれない。


 おそらく彼にもう一度応援者の打診をしようとしているのだろう、と哲矢は思った。

 だが、哲矢としてはこれ以上翠を煩わせたくないという思いがあった。


「いや、花。翠はっ……」


 そう哲矢が声をかけるも花の言葉は止まらない。

 やがて、彼女は深々と頭を下げながらこう口にする。

 

「明日の朝、校門で一緒に挨拶をお願いできませんか!?」


「……は?」


 哲矢がぽかんと口を開ける傍で花は頭を下げ続けた。 


「……えーっと。その挨拶っていうのは……」


「はいっ。明日の朝にですね。代理選の立候補者は校門の前でタスキをかけて、ビラを配りながら最後の挨拶をするんですっ!」


「最後の挨拶……? 他に選挙活動なんてしてたのか?」


「ううん。選挙活動っぽいことはこれが初めてかな」


「お、おおう……」


 生徒会長代理選挙というのは随分突貫でやっているものらしい。

 ただ、経緯を考えれば、それも当然ではあるのだが。

  

「でも、だから大事なんだよ。立候補者が直接挨拶できる機会なんてその時くらいしかないから」


 その話を翠は慎重に頷きながら聞いている。

 そして、暫しの間を置いた後、彼の手が高々と挙がった。


「……うん、分かったよ。それなら僕たちも協力できると思う。いいよねっ?」


 いつの間にか近くに集まっていた野庭と小菅ヶ谷に翠はそう訊ねる。

 彼女らは揃ってこくこくと頷き、二つ返事で了承してくれるのだった。


「ありがとぉございます~~っ!」


「本当にいいのか?」


「もちろん! 応援演説をすることはできないけど、挨拶なら僕らも協力できると思うから」


「タスキとビラは……」

「……私たちが作成します」


 いつになくやる気を見せている放送部の女子二人が心強い言葉を口にする。

 元々、何かを作り上げるということが好きなのだろう。

 翠たちは彼らの中で色々と盛り上がっている様子だ。


「……そうと決まれば、こうしちゃいられないね。買出しに行かなくちゃ……! あとは、なにあればその都度川崎さんに報告すればいいのかな?」


「は、はいっ! 私のLIKEにメッセ送ってもらえればっ……」


 とんとん拍子に事が運んだことに驚きを隠せない花を尻目に、翠たち三人は慌ただしく帰りの支度を進める。

 

「それじゃ、そんな感じでっ! 僕たちは一足先に行ってくるよー!」


 拳を突き立て、妙なテンションのまま翠は女子二人とそのまま教室を出ていってしまう。

 哲矢たちが何か口を挟む暇さえなかった。


「これでよかったのか?」


「うんっ♪ 応援者の件も大事だけど朝の挨拶も重要だから。ここでどれだけインパクトを残せるかが本番の鍵になると思うし。追浜君たちが協力してくれて助かったよ~」


「ま、結果オーライだな」


 結局、応援者は見つからなかったが、手助けをしてくれる仲間が三人も現れた。

 そのことが何よりの前進と言えるに違いない、と哲矢は思う。


「掃除も終わったし、そろそろ図書室へ行こっか」


「おう」

 

 哲矢たちは掃除道具を片づけると、帰り支度を急いで進める。


(あっ……)


 机の中を整理していると、例の丸めたままの脅迫文がチラッと覗き見えた。

 それをどうしようかと哲矢は一瞬判断に迷う。


「哲矢くんっ! 準備はオッケー?」


「うんっ? あ、ああ……よし行こう」


 哲矢は慌ててそれを鞄の中に突っ込むと、花と一緒に教室を出るのだった。

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