90話 『別れの時』
あ、待った。
意気込んで話題を変えようとか考えてたけど、なんにも思い付かない!
やばいよ!
ただでさえ口下手でコミュ障だから上手く話せないのに、こんなピンチの状況ですら一言も発しないのはやばい!
このままじゃ疑われちゃう!
だって普通に考えれば一言も発してないし、悪魔からスライムに変わってるしで、誰が見ても怪しさしかないもん。
ぐぅ。
動け私の頭脳!
知りたいことを聞くだけで良いんだ!
なにか、なにか、ーーはっ! そうだ! 外の世界のことを聞けば良いじゃん!
さっすが私! 天才だね!
……ってアホー! このドラゴンたちはダンジョンで生まれてるんだから外の世界を知ってるわけないじゃん!
あ、でも、このダンジョンにも冒険者は少なからず来るわけだし、少しくらいは知ってるかも?
ま、まぁ良いや。
知っていようが知らなかろうが、とにかく話題を変えられるなら変えるだけ!
よし、深呼吸してから、いざ! 動け私の口!
『む? どうかしたのか?』
あ、あれ?
私なにも喋れてない?
なんかおかしいぞ……。
ドラゴンにも聞こえてないみたいだし……あー!
私スライムだ!
そうじゃん。さっきまで悪魔だったから喋れると勘違いしてたよ。
考えすぎてこんな些細なことにも気付かないなんて……。
ホント私ってダメなスライムですわ。
『むっ。汝、なにやら強くなっていないか?』
あっ。
これは死んだ。
終わったわ。
まぁそりゃバレますよねぇ。
あーあ。どうしよっかな。
喋れないんじゃ言い訳出来ないし、もういっそ逃げちゃおうか。
幸いにも帰りも一本道だし、なんとかなるでしょ!
『気のせいじゃないかしら? 今までずっと一緒に居たけれど特に変わった様子はないもの』
『そうか。疲れているのかもしれぬな。少し早いが我は休ませてもらおう』
『えぇ。ここは私に任せなさい』
ピカピカと輝く財宝の上に移動したドラゴンは、丸くなり翼で体を隠しながら眠り始めた。
そんな中、私はこっそりと逃げる為に移動している。
『あら、もう帰っちゃうのね。もう少しここに居れば良いのに』
背を向けている私へと声を掛けてきたドラゴン。
その声にビクッと体を震わせたが、振り向いて顔を見てみれば怖がった私が間違っていることに気付いた。
寂しそうな顔をしているのだ。
表情とかは分からないけど、目を見れば分かる。
恐らく、このドラゴンたちにとってこの最深部まで来るのは敵対しているモンスターだけ。
そんな時に現れたのが私だ。
敵対もせず、少しは会話もした。
私という存在はきっと、長年二人だったドラゴン達に刺激を与えたのだ。
だから、このドラゴンは私を引き止めようとしている。
ここまで理解しているのなら私の正しい行動はもう少しだけ一緒に居てあげる事。
例え私の考えが間違っていたとしても、数日くらいは一緒に居ても良い筈だ。
だけど、私はここを出ることを選択した。
歩みを止める事はない。
バレたらどうしようとか、そういう話ではなく、今の私は外に出たいのだ。
ずっとこのダンジョンに居たからこそ、外の世界がどうなっているのか知りたい。
ただそれだけの為に私は痛む心を無視して別れを選んだ。
ーーでも、本当にこれで良いのだろうか?
分からない。
しかし、私の体は勝手に変身スキルを使って、悪魔へと変貌している。
心の何処かでせめて別れの挨拶くらいはしないといけないと思ったのだろう。
だから、喋る事は出来ないけれど、私は悪魔の姿で手を振った。
『そう。ホントに短い間だったけれど、貴方のようなモンスターに会えて嬉しかったわ』
涙は出ない。
悲しくても、辛くても、涙が私から出ることない。
なにせ、今の私はモンスターなのだから。




