5.四苦八苦な日々
――恋に、落ちてしまった。
そう自覚してから、ジェラルドの毎日は薔薇色に変わった。
騎獣舎はこれまで以上にジェラルドにとって心躍る場所となり、毎朝騎獣舎へと向かう足取りは至極軽い。
「おはようございます、殿下」
「……ふん。おはよう」
ゆるみそうになる顔を引き締め、ジェラルドはエヴェリーナへ無愛想に挨拶を返す。
ライオネルは気持ちよさそうな顔で、エヴェリーナからブラッシングされている最中だった。
「ブラッシングが終わったら、俺とライオネルは軽く上空を見回ってくる」
ジェラルドは素っ気なく告げた。
実はあれ以来、一度もエヴェリーナを空に連れて行ってやれてない。
ジェラルドは何度も誘おうとしたのだが、どうしても上手く言葉が出てこないのだ。「あー」とか「うー」とか無意味な発声しかしないジェラルドを、エヴェリーナはいつも不思議そうな顔で見ている。
(……最初の時みたく、ライオネルが水を向けてくれたっていいものを)
八つ当たりのようにライオネルを見れば、ライオネルも薄目を開けてジェラルドを眺めていた。銀の瞳の中に、からかうような色を見つけた気がして、ジェラルドは大人げなくむくれてしまう。
(なぜだ。見透かされているような気がするぞ……?)
ジェラルドがあれこれ思い悩んでいる間にも、エヴェリーナは真剣にブラシを動かし続けた。うっすらと汗をかいたその横顔に、気づけばジェラルドの目は釘付けになってしまう。
(いつもながら、丁寧な仕事でよいな)
こんな簡単な褒め言葉ですら、ジェラルドにとっては口にするのが難しい。どんな顔をして言えばいいかわからないからだ。
それに伝えたとして、エヴェリーナがこちらを振り向きもしてくれなかったらどうする?
エヴェリーナが見ているのは、いつだってライオネルだけなのだ。
「ライオネル様、今日の毛並みもつやつやでございますね。好き。好きすぎます」
(エヴェリーナの髪だって美し……いや、まあライオネルには負けるがなっ!?)
ジェラルドはぶんぶん首を振り、己の思考を追い払った。
そんな不審な行動をしていても、今日もエヴェリーナは少しも気づかない。
ジェラルドにはそれが不満で、エヴェリーナの視界に入る位置までぶらぶらと移動してみる。
気だるく柱に寄りかかり、ふう……と聞こえよがしにため息をついてみた。なんて悩ましげなのかしら、と数多の女たちを虜にしてきた吐息である。
『イブシッッッ!!』
「まあ。ライオネル様はくしゃみまで雄々しくていらっしゃるのですね!」
「…………」
ライオネルのくしゃみに負けた。
ブラッシングで飛んだ毛が、ライオネルの鼻をくすぐったらしい。エヴェリーナはくすくす笑いながら、ライオネルの鼻を優しく拭いてやる。
「……さ、終わりましたわ。あら? どうかされましたか、ジェラルド殿下?」
「いや……行ってくる」
ライオネルを連れてすごすごと騎獣舎から退散しかけたところで、副団長であるディルクとばったり鉢合わせした。
「おや、団長。おはようございます。エヴェリーナ嬢も」
「なんだ、ディルクも朝の飛行か?」
「はい。新しい馬具が出来上がったので、試着がてら軽く飛んできます」
うきうきと答えたディルクは、焦げ茶の革製の馬具を抱えていた。
騎獣に馬具を付ける騎士はほとんどいないが、ディルクの騎獣は馬型なのだ。それもあって、ディルクは折々馬具を新調しては己の騎獣を飾っている。
「素敵ですね。ディルク様、わたくしもぜひ見学させていただいてよろしいですか?」
「……っなら俺も! 俺も見学しようっ」
『ガウガウ』
目を輝かせるエヴェリーナに焦りを感じて、ジェラルドは慌ててエヴェリーナの前に躍り出た。ライオネルも面白がるみたいにして同意してくれる。
ディルクも嬉しそうだった。騎士はみな、己の騎獣が一番の自慢なのだ。
「ははは、どうぞどうぞ。この騎獣舎には団長と自分の騎獣しかおりませんからね、広さも充分です。早速装着してみましょう」
ディルクの言う通り、一般の団員たちの騎獣舎は別棟にある。
ライオネルは孤高を好む騎獣で、ディルクの騎獣もまたそうだった。二匹の騎獣は仲が悪いわけではないが、特に良くもない。これまでは互いに不干渉を貫いて、問題なく過ごしてきた。
「珍しいな、ライオネル。お前も新しい馬具に興味があるのか?」
そう問いかけたジェラルドを、ライオネルが意味ありげに見る。
期待にわくわくしているエヴェリーナに視線を移して、再びジェラルドに戻す。『フスッ』となぜか鼻で笑われた。
(……もしや、『ライバルが増えそうだな』とでも言われているのか?)
「おお、おはようギデオン。とっくに知っているだろうが、こちらはエヴェリーナ嬢だ。ライオネルの専属世話係だが、お前の寝床も含め、いつも騎獣舎を綺麗に掃除してくださっているだろう?」
「おはようございます、ギデオン様。……はあ、いつもながら素敵な柄でいらっしゃいます」
エヴェリーナがほうっと感嘆の息を吐く。
ギデオン、と呼ばれた馬型の騎獣が緩慢に顔を上げた。体毛は白と黒の縦縞で、漆黒の羽を今は閉じている。
「普通の馬とは比べものにならないほど大きいですからね、この馬具も特注品なのです」
「本当に。堂々たる体躯ですね。……恥を忍んで告白しますと、ギデオン様とならば二人乗りできるかも、などと幼いわたくしは夢想してしまったのですわ」
「くくっ、自分と婚約を結んだ理由はやはりそれでしたか」
ディルクが噴き出し、エヴェリーナは恥ずかしそうに顔を伏せる。
元婚約者である二人の間に親密な空気が流れた気がして、ジェラルドの胸がすうっと冷えていく。
短編版と地味に変えたもの→ライオネルのくしゃみ
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