エピローグ. 天の国から
プクリエーヌは今日もプクプクと空を飛んでいた。
天の国の空は地上と違って青くない。
朝も夜もなく常に虹色に輝いていて、これはこれで良いものだとプクリエーヌは常々思っている。
『プク、プク』
プクリエーヌが天の国で過ごすようになって、どれだけの月日が流れたろう。
それは忘れたが、ここに来た日のことはまるで昨日のことのように覚えている。プクリエーヌは一匹ではなく、最愛の主と一緒だった。
『ああ、あなた。お待ちしておりましたわ』
『……っ。セレスティーヌ……!?』
出迎えてくれたのは、とうの昔に亡くなったはずの主の妻だった。
二人は涙ながらに抱き合って、それから心から嬉しそうに笑みを交わした。離れ離れだった長い年月を埋めるように、たくさんたくさん語り合った。
幸せそうな二人を見て、プクリエーヌも幸せだった。
プクプクと喜ぶプクリエーヌを、主の妻はぎゅっと抱き締めてくれた。二人と一匹で、それからしばらく楽しい時を過ごした。
――さあ、満足したならそろそろ次の生へと向かいなさい
ある日、虹色の空から声が降ってきた。
声の主は、己が天の国の案内人であると名乗った。
聞けば、天の国は長く滞在する場所ではないらしい。
飢えも渇きもなく、体の不調も疲れもない。ただひたすらに幸せで楽しい日々が続くのだけれど、心が癒やされたら次へと向かわねばならないらしい。
――君たちの心は、もはや満たされた。旅立ちのときが来たのだ
それで主は主の妻と、手を取り合ってさらに高みへと続く光の階段を登っていった。
当然のようにプクリエーヌも手招きされたけれど、プクリエーヌはプクプクと首を横に振って拒否した。主と主の妻は、困ったみたいに顔を見合わせた。
『プクリエーヌ。あなたも一緒に行きましょう?』
『その通りだ。君だけ置き去りにするわけにはいかないよ』
それでもプクリエーヌは頑固に首を振り続けた。
大好きな主が泣き出しそうに顔を歪め、プクリエーヌとコツンと額を合わせた。
『プクリエーヌ、君はわたしの子どもたちを気にかけてくれているのだろう? だけど駄目だよ、あの子たちがここに来るまでに、まだまだ途方もない時間がかかるんだ。……そうでなくては、ならないんだ』
『プクプク』
プクリエーヌはプクンと頬をふくらませた。全然違う。そうじゃない。
プクリエーヌはただ単に、まだこの虹色の空を飛んでいたいだけなのだ。
――フフッ、いいよ。許可しよう
やがて、天の国の案内人の楽しげな声が降ってきた。
――騎獣の命は特殊なもの。本来なら卵のころに終わるはずだった命が繋がれた、いわば二度目の生なのだ
――せめて二度目の終わり方は、己自身で決めるがいい
それでプクリエーヌは、晴れて天の国の住人となった。
光の階段はいつだって遠くに見えているものの、プクリエーヌには全く興味がない。天の国はもはやプクリエーヌの庭で、どこに何があるのか完璧にわかっている。
あちらの森には、酸っぱいのと甘いのと当たり外れが大きい野イチゴがある。
あちらの山には、しゅわしゅわと弾ける不思議な水が湧いている。
たとえお腹は減らずとも、プクリエーヌは飲み食いするのが大好きだ。一匹きりで好奇心のままに冒険を続けたある日、プクリエーヌはその泉を発見した。
『プクプク~』
今日もプクリエーヌは鼻歌交じりに泉を覗き込む。
ゆらりと水面が揺れて、やがて『愛しいあの子』の姿が映し出された。あの子は額に玉のような汗を浮かべ、生まれたばかりの小さな命を抱き締めている。
――ああエヴェリーナ、エヴェリーナ……! お前の体は大丈夫なのか!?
――ふふっ、ご心配なくジェラルド様。どうぞ抱いてあげてくださいませ
プクリエーヌはプンと鼻を鳴らした。
あの子は落ち着き払っているというのに、あの子の伴侶のこの慌てよう。こんな調子であの子を守れるのかと、プクリエーヌはプクプクと腹を立てた。
――初めての女の子だ。エヴェリーナに似て、とても可愛い
――ははっ義兄様、まだ顔立ちなんてわかりませんよ。……うん、くしゃくしゃで可愛いなぁ
――トーミ! 俺とエヴェリーナの娘に『くしゃくしゃ』とは何事だっ
――かあさまー! いもうとちゃん、ぼくにもみせてーっ
――ぼくもーっ。……あ、ライオネルははいっちゃめー
――……キュン
プクリエーヌは見ているだけで楽しくなって、短いしっぽをパタパタと揺らした。
たくさんの愛に包まれて、あの子はとっても幸せそうだ。あの子が幸せならば、プクリエーヌも幸せなのだ。
『プクプク~』
やがてプクリエーヌは満足の息を吐き、ようやく泉の側から立ち上がった。水面が揺らぎ、光を放つ。
プクリエーヌはとうっ!と地面を蹴り、空中へと飛び上がった。
綿菓子みたいな雲に、空の虹色が反射する。
愛しいあの子は、まだまだ元気だ。当分こちらには来なくていいらしい。
プクリエーヌはそれで構わない。むしろどんと来いだ。
だってプクリエーヌは別にあの子を待っているわけじゃない。あの子はあの子らしく、楽しく嬉しく幸せに己の生を全うすればいい。
それにこう見えて、プクリエーヌだって暇じゃないのだ。
天の国の案内人は、ここに居着いたプクリエーヌに『お手伝い』と称して時折仕事を言いつけてくる。突然見知らぬ場所にやって来て心細がる人間たちを、なごませてやるのがプクリエーヌの役目らしい。
人間たちは例外なくプクリエーヌの可愛さにめろめろになって、そう長くはかからずに光の階段へと旅立っていく。
きっといつの日か、あの子もここに来るのだろう。
そのときは存分にプクリエーヌを愛でるといい。それが『お手伝い』である自分の役目なのだから、プクリエーヌはいくらでも撫でられ、褒められ、抱き締められてあげようではないか。
『プクプック~』
上機嫌で小さな羽を動かした。
プクリエーヌは今日もプクプクと空を飛んでいる。
おしまい!
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