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賢者の図書館  作者: ゆるり
第1章
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第62話 提案

新しい孤児院の子達はマザーに頼んで森の拠点に連れて行ってもらった。

家畜の長達や他の子供達から勉強や農業について、これからいろいろ学んでもらうことになる。


で、応接室に残ったのはクラーク様と娘さん。

それからセバスとミリアと私。


「私もユストがやろうとしていること、見たかったのに」

不満げに口を開く娘さん。

なんと呼び捨てでした。

なるほど、なら私も呼び捨てでいいのか。


「…………ミリア」

ここで初めて気づいた事実に愕然としつつミリアを小声で呼ぶ。


「なんでしょうか」

すぐに気付いてくれた。


「えっと、クラーク様の娘さんの名前はなんと言うの?」

今初めて知らないことに気付きました。


「マリアと呼んでください」

返答は娘さん本人からでした。

気まずいこと、この上なし。


「……マリアは農業に興味あるの?」

沈黙が怖いので、話題を探す。

ぼっちに気の利いた会話など無理だから、自然と話題は得意分野になる。


「マザーに聞いた話では、食べ物を自分達の手で育てるのよね。面白そうで興味はあるわ」

そこで言葉を区切って、クラーク様を見る。

娘が何を思っているのかわからないクラーク様が戸惑いを見せた。


「うちの土地で何か特産品を作りたいの。じゃないとお父様、肩身狭いから可哀そうで」

クラーク様は前クラーク領主の一人娘の入り婿。

クラーク様の実の親は王都で商人をしていて、その実績が認められて爵位を貰ったという。

これといった特産品のないクラーク領。

打開したくて前領主がクラーク様を婿にしたそうだ。

しかし結果を出していないクラーク様の肩身は狭く、一人娘は父親の不憫な姿に憐みの目を向ける。


……気の優しそうなおじ様から一転、不憫なおじ様に見えてくる。

家族なのに家に居場所のない辛さはなんとなくわかる。

ここはちょっと協力させてもらおう。


「クラーク様は今回の件で私が納得いく責任を取ると言われましたね。では、お願いを聞いていただけないでしょうか」

思い付きだが、やってみる価値はあると思う。

賢者の袋にはケレム、イーマンダ、プセチツアのサンプル袋がまだある。

50年前に絶滅したと言われているが、しっかり乾燥させたものは、つい最近まで高値で取引されていたという。

なら親世代は、その作物を知っている人もいるだろう。

世間には容易に受け入れられ、販売できると思う。


「お願いとはなんでしょうか」

不安そうなクラーク様。

マリアも黙って私を見ている。


「これらの栽培と販売をお任せしたいと思っています」

テーブルの上に広げたサンプル袋の中のナッツ類。

それを見て、クラーク様の目が大きく開く。

やっぱり、これが何かを知っているらしい。


「なぜこれがここに?」

信じられないといった感じで、恐る恐る実を手に取る。


「育てて売ろうと思ったんですが、今の私には育てる余裕がないんですよ」

北部の人達も孤児院の子達も、今育ててる作物で手一杯。

新たな作物に着手できる人員がいないのだ。

協力してくれる領主がいるなら、任せてもいいかと思った。


ただし、農業という考え方が無い世界。

農業に関してはいろいろと指導が必要だと思うので、行き来が容易な場所でないと駄目だ。

クラーク領はお隣なので、この点はクリアしている。

何より父様がマリアとお友達計画を立ててたくらいだ。

その土地や領主に目立った問題は無いだろうと、判断する。


「本当に人の手で作物が育てられるのですか?」

半信半疑のクラーク様。

まあ、そうだろう。

北部か森の拠点を見てもらえれば手っ取り早く証明できるが……いきなりあの規模を見せても、びっくりし過ぎて思考回路を止めそうだ。

何より家畜の長達との遭遇で、気絶でもされたら大変。


「ミリア、台所に言って、何か作物の種を貰ってきてもらって」

何をするのかすぐに理解したミリアは、すぐに行動してくれる。


百聞は一見にしかず。

サンプル袋があるのだし、見てもらえれば早い。


「セバス、中庭の一角を使ってもいいでしょう」

一応屋敷の管理をしているのはセバスなので、許可を取る。


「旦那様からはお嬢様の好きにさせるようにと言われています。何をなさっても問題ないでしょう」

許可は不要だと返された。


「クラーク様、マリア。その目で作物が育つ様を見てください」






中庭の隅に場所を移す。


「こんなところで、どうするのですか?」

疑問を口にしたのはクラーク様。

マリアとセバスも何か言いたそうだ。

農業を知らない者には仕方ないか。

作物は森にあるもの。

これがこの世界の常識。

きれいに整備された庭の一角では、作物という単語には結びつかないだろう。


「ここで作物を育てるの」

マイスコップを取り出して、地面を軽く耕す。

とは言っても、種一粒なので、大した作業でもない。

ミリアが持って来てくれた種はサンプル袋に入れてある。

料理人達が、お客様にお出しするため用意した果物の種があったそうだ。

結構高級な果物なのだそうで、味に期待したい。


スコップで耕した地面に、種を一粒埋める。

すると、瞬く間に成長する果樹。

唖然とするクラーク様とマリア、セバス。

ミリアは慣れたもので、静かに成長を見守る。

そして果実が熟れてきたタイミングを見計らい、スパッと魔法で収穫。

北部では果実担当だったため、もう、この作業ではミスは無いらしい。


「お嬢様、3期目まで記録作業して定着させてしまいますか?」

収穫した果物をどうしようかと尋ねてくる。


「そうね、後で説明するのもなんだから、ここで見ていってもらおう」

私の意見を聞き、ミリアは慣れた手つきで、記録作業のため2期目に突入した。


「最初の種だけは私が蒔く必要があるんですが、後は栽培者の手で構いません」

ミリアの作業を見ながら説明していく。


「今は高速成長させて、作物に栽培環境を定着させてます」

一粒だった種は2期目で十数本の果樹に増えている。

一気に数を増やした果樹だが、ミリアは苦も無く作業を進めていく。


「3期目で定着し、その後は普通の成長速度になるので安心してください」

こんな速度で農業しろとか、鬼のようなことは言わないと付け加えておく。


「お嬢様、食べてもらってはどうですか?」

記録途中ではあるが、収穫した果物をミリアがくれる。


「それもそうね」

幸い、丸かじり可能な果物だ。

貴族にそれをしろと言うのはどうかと一瞬悩んだが、農作物の味を確かめるには丸ごとガブリがいい。

お上品に皮を剥いてもらって、皿に盛りつけてとかは却下。


「どうぞ食べてみてください」

にっこり笑顔で、果物を差し出す。

しかし、クラーク様もマリアもセバスも唖然としたまま動かない。

決して果物をそのまま差し出されたことによるものではないだろう。


いきなり北部や森の拠点を見せなくて良かったと、しみじみ思う。

更新遅くて、すみません。

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