第40話 存在意義
とりあえず水田のメリス村まで来て、ここから森の拠点までは徒歩20分くらい。
ずっと水田が続いている。
さすがに私の私有地である森と北部の領土の境はいったん水田が途切れているが、それでも広大だ。
ちなみに地図で確認したら、私の私有地である森には正式名称が付いていた。
エリシルの森と言うそうだ。
裏の森としか呼んでいなかったので、いまいちピンと来ない。
北部の人達はみんな知っているという。
領主は北部の人間がこの森で食べ物を調達することに目を瞑ってきたそうだ。
なので、森にはもう食べ物が何も無かった。
次代の分まで食べつくしてしまえば、そこの食べ物は無くなる。
孤児院の子達に聞くと、南部の人間もそのことは暗黙の了解だったらしい。
道理で領主の森での食料密猟などの話を聞かないわけだ。
「ユスト、森の拠点へ行くのか?」
私の姿を見つけたアッシーが声をかけてくる。
「はい、新たに作物の種を植えて、高速成長を利用して作物を作らないと」
すでに森の拠点に置いてあった作物は底をついている。
「我らも魔法で収穫までの期間を早めてはいるが、これ以上は難しい。もうしばし持ちこたえてくれ」
すまなそうに謝るアッシー。
アッシーが謝ることではないと思う。
「アッシーは十分頑張ってくれてるよ。契約もしていないのに、ありがとう」
家畜の長達はそれぞれ契約作物と引き換えに、力を貸してもらっている。
しかしアッシーにはそういうものは無い。
強いて言えば米が該当するが……アッシーはこれを食べるわけではなく、全て私達がもらうので契約作物をは言い切れない。
「……ユストはなぜ賢者を選んだ?」
思わずといった感じでアッシーからもれる一言。
「あ、いや、答えずともよい。これは我の好奇心。契約していない我に聞く権利は無いのだ」
すぐに言い繕う。
「そんな大それた理由無いし、気軽に聞いていいよ」
思わず苦笑してしまう。
「豊かな食生活のためだね。みんなが自由に作物を育てて、美味しい料理が作れるようになれば、私は幸せだから」
いつでも好きな時に、買えば食べられる生活なんて、今のままでは夢の話だ。
「北部でみんなが十分に食べられるようになったら、私は国中に農業を広めるよ」
そのために魔法を犠牲にしたのだ。
「アッシー、北部の人達ビシバシ鍛えてね。技術者を育てて、国中に農業普及させるときの指導者にするんだから」
さすがに家畜の長達を国中に派遣するわけにはいかない。
北部みたいに緊急事態でもない限り、家畜から教えを請える豪胆な精神力の持ち主はあまりいないだろうから。
夢を語る私を、優しい眼差しで見るアッシー。
「リオレアも同じことを目指していたな」
遠くに想いを馳せるアッシー。
「リオレアって誰?」
聞きなれない名前に、疑問を口にしても仕方ないだろう。
「そうか、ユストは知らぬか。銀の賢者・リオレア。我の唯一の主人だ」
なんと800年くらい前の賢者だそうだ。
アッシー、予想以上にご長寿でした。
「あやつには農業を指導できる者が無く、己でどうにかしようとして、志半ばで寿命が来たのだ」
私には家畜の長達がたくさん集まり、農業指導ができるので恵まれているが、リオレアにはいなかったそうだ。
生き物を惹きつけるという私のチート能力も、実は夢をかなえるためには重要なものだったらしい。
「ユストの夢は我とリオレアの夢でもある。惜しみなく力は貸そう。だからユストは己を大事にしろ。この食料危機を乗り切ったなら、しばらくは新規作物を育てることを控えるが良かろう」
アッシー曰く、新規作物の記録作業は賢者としての力を使うという。
力の使い過ぎは寿命を早めるらしい。
なるほど、この便利能力は無条件で何でもありというわけにはいかないのか。
ハイリスクにハイリターンは理に適っている。
無茶をするのは穀物の収穫が終わるまでのあと1週間ちょっとにしよう。
その間に、防災用の樹木やら、見目良い草花やら、ハーブ、薬味、香辛料などの新規作物を作ってしまわねば。
「……ユストよ、肝に命じておけ。ココやシシ達は人に力を貸しているのではない。ユストという賢者に力を貸しているのだ。今ユストが倒れれば、契約した家畜の長達は契約作物だけを持ってバラバラに散るだろう」
馬は国中で家畜としているが、これは500年前の賢者の尽力で、馬の長と生涯をかけて信頼関係を結んだ結果だという。
しかし私のもとに集まった家畜の長達は私がいなければ、人間と信頼関係は無い。
すぐにこの場を去ると言う。
アッシーとサッシーは人と関わることを禁止されているという。
唯一の例外が賢者の力になるということらしい。
なので私がいないのならば、この地を去るしかないという。
「最初の種蒔き以外、役立たずなのに、私の存在って、そんなに重要なんだ」
ため息が出てしまう。
アッシーも頷くように肯定している。
ちょっとは前半部分に対して否定してほしかった。
「なんにせよ、気を付けるのだぞ」
ジト目で見れば慌てたようにアッシーが言ってくる。
自分の命を軽く考えたことは無いが、思ってた以上に重いということはわかった。
話が予定外の方向へ進んでいっている気がします。
もともと見切り発車だったので、大した予定でもなかったんですが……キャラが勝手に動いている感じなので、どこに向かっているのかわからなくなってきました(汗)




