第16話 モウシ
簡素な小屋の中。
藁の上で体を休めていた白毛モウシはゆっくりと立ち上がる。
「貴方様の拠点へ勝手に入ってしまい、申し訳ありません」
本当にすまなそうに謝るモウシに慌てる。
「逆、逆。あなたのテリトリーに後から入って来たのは私だもの。そこは謝らないでいいから」
フィリップはモウシの行動範囲を湖を拠点にと言っていた。
私の方が新参者だ。
「いいえ、種の長である者はすべて貴方様に従うもの。貴方様がここを拠点にされたのなら、私が移動すべきなのです」
やたら気まじめなモウシの長だと思う。
「それで安全に出産できる場所を探しに行かなければと悩んでいたら、コケコの長にここを提供されました」
なるほど、子モウシは生まれたばかりなのか。
なんにおいても赤ちゃんは可愛い。
「このまま、ここに居ればいいよ。コケコもいるし、他の種族の長とも仲良くなって、ここに来てもらおうと思っているんだ。子モウシも賑やかな方がいいよね」
くりくり目の可愛らしい子モウシの頭をなでながら聞いてみる。
「モウ!」
元気な牛らしい鳴き声を上げる。
そんな元気な子モウシの姿を、目を細めて見ていたモウシ。
「居ていいのですか?」
心が動いているようだ。
「居ていいよ。コケコ達は小麦好きだから、小麦の藁いっぱい出るし、場所いっぱいあるし」
そこで言葉を区切って本題。
「その代り、ミルクが欲しいんだ。モウシはたくさんのミルクを出すでしょ?それを頂きたいの」
驚くモウシ。
「そんなのでいいんですか?私達は乳房にミルクが残ると炎症を起こすので、育児中でない限り毎日抜かないといけないんです。それを使っていただけるなら喜んで」
話がトントン拍子に進む。
慌ててリュックからサンプル袋を取り出した。
トウモロコシ、大豆、蕎麦。
「どれがいい?他にもあるけど、全部出してみる?」
モウシの好物だという作物をひとつまみずつ手に乗せてみた。
自分の好物がそろっていて、モウシの目が嬉しそうに細くなる。
「それでは、トウモロコシをいただきます」
モウシが器用にトウモロコシを食べる。
それを見ていた子モウシが、隣にあった蕎麦を食べてしまう。
私もモウシも驚くが、子モウシは満足そうだ。
「モウ!」
機嫌よく鳴いた子モウシにモウシはため息を付いたように見えた。
「そう、あなたがそれでいいならいいわよ」
よくわからないが問題なかったのだと自分を納得させた。
そして慌てて大豆をしまおうとする。
子モウシがこれも食べちゃったら大変だろうから。
「ちょっと待て。それはワシがいただく」
小屋の外からストップをかけられてしまった。
そこには茶毛モウシがいる。
え?白毛以外にもいたの……って、子モウシが茶と白の斑なんだから、もう片方の親は茶毛かと納得。
「子モウシのお父さんですか?」
わかりきったことのはずなのに、思わず聞いてしまう。
だって、子モウシは目がくりくりで可愛いのに、茶毛モウシは鋭い目つきで、どちらかというと怖い。
「そうだ。妻と子がここで世話になるなら、ワシもここに住むのは当然だろう」
そうなんですか。
私の父様と母様は一緒に住んでいませんが。
まぁ、いいや。
「力仕事は任せておけ。役に立つぞ」
そう言って残った大豆を食べる。
目的のミルクと労働力を手に入れた。
「ワシから主に願いがある。我らは弱き者を淘汰していく。強き子孫を残すために。だが、淘汰された者の死にも意味を与えてやってくれ。我らは肉を食わん。人間は肉を食うのだろう。命の糧にしてくれ」
茶毛モウシの言葉に白毛モウシ、コケコが静かに目を閉じる。
きれいごとでは済まないとわかっている。
私も肉は食べるが、自分の手で殺めたりはしたことない。
しかし茶毛モウシは、嫌な部分にも目を背けないで欲しいと願う。
今私が生きているのは淘汰された命の上にあるのだと。
「わかった」
頷いたところで、ずっと静かだったミリアの存在を思い出す。
「ミリア?」
声をかけてみるが返事がない。
えっと……
私の声に反応がないとは珍しい。
小屋の外に顔を出してみると……納得。
人語を操るモウシに気絶したようだ。




