第11話 父の想い
アーノン領から王都へと向かう馬車の中。
ユストの父、ハンス・アーノンはぼんやりと窓の外を眺める。
「旦那様、よろしかったのですか?」
ハンスの前に座る、初老の男性が静かに声をかける。
男性の名はセオドール。
アーノン家の家令で、本宅にいるセバスの父になる。
仕事で王都暮らしをしている主人に付き従い、別宅の管理を任されている。
普段は別宅を預かり、留守を守るのだが、今回の帰郷は特別であったため主人に同行した。
「問題はないよ」
ハンスはセオドールに苦笑を浮かべる。
今回の帰郷は、末娘の誕生日を祝うため。
そして、一緒に王都へ連れてくる目的があった。
本当は王都勤務が決まった時点で、家族みんなで王都へ行く予定だったのだ。
ユストが黒髪黒眼でなければ。
アーノン領において、黒髪黒眼は特殊だ。
その多くが、四大元素全ての力を操る大魔法使いとなる。
力の目覚めは5歳の誕生日。
強大な魔力をしっかりと制御させるため、幼いうちから王都で英才教育をさせる必要があった。
しかし、黒髪黒眼を持つ者すべてが大魔法使いになるとは言い切れない。
古い書物でわずかに記録が残るだけだが、2人だけ魔法力のない者が存在した。
この存在が幼いユストだけ、アーノン領に残していた理由だ。
「セオドール、たぶん次の領主はユストが継ぐことになるだろう」
驚くセオドール。
「ヨハン様がいらっしゃいます」
アーノン家の長男として、勉学に励み、日々精進されている立派な嫡男が。
「わかっている。それでも領民はユストを求めるだろう。ヨハンになんの落ち度がなくとも」
大昔に2人だけいた魔法力を持たなかった者。
賢者と呼ばれ、その英知で多くの民を救い、導いたとされる。
アーノン領とその周辺の領地には、70年周期で大災害に見舞われる。
10年前後のズレはあるが、必ずやってくる。
数千という命が奪われるのだ。
わかっていても、どうすることもできない。
しかし、賢者が存在した時代の災害は、驚くほど死者が少なかった。
今、70年の周期に入り、そしてユストが存在する。
今朝、見たユストに魔力はなかった。
しかし、まだ勉強を始めてもいない幼子が書斎に入り、専門書に目を通しているのだ。
ユストが机に置いていた本はその辺から持ってきたものではない。
昔の賢者が授けた英知を記録した技術書。
人目に触れないように、最奥の天井付近という、意図して取ろうとしなければ取れない場所に置かれたものだ。
「ユストはたぶん賢者だ。大災害が起きれば、人々はあの子を求めずにはいられまい」
ハンスが幼いユストをアーノン領に残し、今回も王都へ連れていけなかった理由。
何があっても、今、賢者であるユストをあの土地から離してはいけないのだ。
ユストが生まれたとき、妻とも話している。
あの子が領主となる可能性の高さについて。
賢者ではなく、大魔法使いであったとしても、たぶん領民はユストを領主に押しただろ。
圧倒的な力に人は惹かれるのだから。
だから妻は母としてヨハンが廃嫡になったとき、困らないようにと今行動を起こしている。
「わかりました。では、もっと孤児院の子供を増やしておいた方がよさそうですね」
セオドールが静かに告げる。
国中を探し、見込みのありそうな孤児を孤児院に入れるのもセオドールの仕事。
ユストのために。
賢者であった場合、信頼できる者が多く必要だった。
その英知によりもたらされる多くの技術。
それを継承する者が不可欠なのだ。
大昔の技術は継承者不足から失われてしまった。
技術のもたらす利権を狙い、有力者が醜い争いを起こして共倒れしたのだ。
孤児達にはなんのしがらみもない。
孤児院の運営はアーノン家のみ出資している。
豪商や有力者の支援は一切受けていない。
欲に目がくらみ、己が権力で技術を囲ってしまうことなどさせないために。
アーノン領の孤児院には現在20名ほど。
あまり多すぎても困るが、あと10人くらいは増えてもよさそうだ。
「さて、王都に戻ったら忙しくなるな」
セバスには伝えたが、屋敷の裏手にある未開発の森はユストにあげた。
王都で正式な書類にして、王城に提出しないといけない。
あと2年で寄宿学校を卒業するヨハン。
領主代行として領に戻る日も近い。
アーノン家の所有物であると、ユストから森を取り上げることができてしまうのだ。
眠いです、ものすごく(汗)
一応見直しましたが、まだ見落としているところあるかも。
見つけたらこっそり改稿しときます。




