第8話 突然の交渉開始
「旦那様、お帰りなさいませ」
ミリアは落ち着いて父様に挨拶している。
そんなミリアに父様は軽く頷くだけ。
「ここで何をしていたんだい?」
ユストは、まだまともに勉強を始めていない子供。
専門書が並ぶ書斎に用があるはずないのだ。
とっさの問に、言い訳が思いつかない。
「お嬢様は旦那様の真似をしていたんです」
ミリアが微笑ましい光景を見るように、ユストと机の上の本を見る。
「私の真似?」
それにつられて父様も机の本を見る。
「はい、このお屋敷に戻られた旦那様は、ここでお仕事をされます。お嬢様は、その姿に憧れていますので、つい真似をしてしまうのです」
嘘も方便。
ナイスなミリアのフォローに便乗する。
「勝手に入ってごめんなさい」
愁傷に謝罪してみた。
子供に憧れから真似をされて嫌な親はいないだろう。
父様も例外ではなかった。
「ユストは私の娘なのだから、書斎に入っても構わないのだよ」
そう言って、頭を撫でてくる。
「そうか、私の真似をしていたのか」
かなり嬉しそうだ。
息子大事の母様が兄様達ばかり構うので、兄様達は母様に懐いている。
父様には尊敬の念はあっても、親子としては一線引いた感じがあるから。
それが父様には寂しく思えていた。
ところが、娘がこっそり自分の真似するくらい懐いているのだと知る。
喜ばないはずない。
「でも、子供がこんな部屋に閉じこもっているのは良くないよ。外で遊んできなさい」
嬉しさを隠そうともせず、そんなことを言っている。
説得力ないな。
内心苦笑する。
「外……」
森の使用許可をもらうタイミングは今だと思う。
父様の機嫌がものすごくいいのだから。
さて、どうやって交渉しようかと考え、ふと思いつく。
「では、屋敷の裏手にある森をください。秘密基地を作りたいんです」
アルト対策に持ってきた建築技術書を手に取る。
詳細な図解が多く、いろいろな建物の絵も多い。
その中からログハウス風の丸太を組んだ小屋のページを開いた。
目をキラキラに輝かせて、その小屋を指さす。
「孤児院の子達も欲しいです。ぜひ秘密基地づくりを手伝ってもらいたいの」
孤児院の子供達を森に入れるように話を持っていくのは当初からの予定。
コレクター体質が原因っぽいが、裕福ではないアーノン家では十分な寄付ができていない。
食材が値上がり、でも寄付金は増やせない。
むしろ資金不足で減額しないと厳しい状況だ。
そうなると食料は孤児院の子供達が森へ入って自分達で調達するしかない。
しかし周辺の森は採取され尽くし、あまり食料が取れないのだ。
このままでは食料不足で餓死の危険もある。
伯爵のメンツにかけて、そんなことはできない。
そんな父様にとって、私の願いを叶えることは、一種の救済策になるだろう。
屋敷所有の未開拓の森にはまだ十分な食料が期待できる。
だからと言って、寄付金増やせないから、伯爵家の森で自由に採取しろとも言えないでいた。
娘のお願いで、遊び相手として自由に森へ入れるなら世間体は保てるだろう。
森で取れる食料を持って帰っても見ないふりする優しい領主でいられるのだ。
「なるほど秘密基地か、それは楽しそうだね。私も小さい頃には作った覚えがあるから反対はできないな」
案の定、話にのってくる父様。
「森はユストにあげるよ。自由に使いなさい」
食に困ったことがない貴族のお嬢様なんて、気前よく可哀そうな孤児に食べ物をあげる印象しかないだろう。
二つ返事で承諾された。
もともと父様は私を孤児対策として使うつもりだったのだろう。
私が孤児院へ出入りすることを止められたことがない。
「孤児院には連絡を入れておくから、立派な秘密基地を作って遊びなさい」
懸案事項が一つ片付いたとばかりに、すっきりした父様の笑顔。
「私は午後一番で王都へ戻る。寂しいだろうが、孤児院の子達と仲良くするんだよ」
なるほど、父様の帰宅が早かったのは、寄付金減額の余波で生じる孤児たちの扱いに頭を悩ませていたからか。
ユストの提案で問題は解決したとばかりに、さっさと王都に帰るそうだ。
「わかりました。わがままを聞いて下さり、ありがとうございます」
ユストは満面の笑顔で父にお辞儀をして王都へ送り出した。
ちょっと思い付きで短編作成中。
更新、数日空いてしまいます。
すみません。




