☆1
うみほたるちゃんは、海の浅瀬に住んでいる、小さな小さな生きものです。
背たけは、おこめ一粒分くらい。昼間は海の底にもぐって、眠っています。
夜になると泳いだり、海面に浮かびあがって仲間たちと遊んだり、おしゃべりしたりします。
ほたるという名前だけど、羽のついた陸のほたるではありません。
ではどうして、そういう名前がついたんでしょう。
それはね。
うみほたるちゃんたちの体は、陸のほたると同じように、暗闇のなかで光るんです。
青い青い光です。
海の温度が変わったときや、潮の流れが変わったとき。あぶないめにあったときなんかに光ります。
それから、好きな相手にプロポーズするときにも、光ります。
みんなは、お月さまの満ち欠けにあわせながら暮らしています。
お月さまがすっかり見えなくなった、新月の晩。
大潮にのって、仲間たちがいっせいに海面につどい、プロポーズをするときがあります。
何百何千という仲間たちが、はじらったり喜んだりしながら放つ光は、それはそれは、きれいなのです。
うみほたるちゃんがプロポーズをうけたのも、そんな新月の晩でした。
お相手は、強くてやさしいパパほたるくんです。
そしてそれから、さらに月日が過ぎたいま、ふたりには新しい家族が加わっていました。
家族の名前は、チビほたるちゃん。
チビほたるちゃんの体は、おこめ一粒よりも小さくて、半分よりももっと小さいくらいです。
チビちゃんをだっこしていると、小さいはずのうみほたるちゃんがいつもよりも大きく見えて、なんだか不思議な感じがします。
うみほたるちゃんは、おかあさんなのでした。
☆
さて、いつもいっしょにいる三人ですが、ときには離れなければいけないこともありました。
パパほたるくんの、見まわり当番の日です。
これは大切なお仕事でしたので、うみほたるちゃんたちは邪魔をしないように、お留守番しなければなりません。
まだ結婚したてのころは、この日がくると切なくて、うみほたるちゃんは泣いてしまったものでした。
だって、とても泣き虫な奥さんでしたから。
でも、いまはもう、ちがいます。
なんといっても、小さな小さなチビほたるちゃんを守ってあげる、おかあさんなのですからね。
「行ってくるよ」
パパほたるくんがそういったときも、うみほたるちゃんは笑顔で答えることができました。
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
パパほたるくんはうなずくと、チビほたるちゃんの頭をなでなでしてから、出かけていきました。
そのうしろ姿を見送りながら、うみほたるちゃんは、ちょっとだけ不安になるのでした。
お留守番をしている間に、何かこわいことがおきたらどうしよう。わたしひとりで、チビほたるちゃんを守れるかしら?
以前はさびしいだけだった別れですが、赤ちゃんがいっしょとなると、なんだか緊張してきます。
ドキドキしてしまうくらいです。
でも、大丈夫。
まわりには、親切な仲間たちがたくさんいてくれます。
それに、チビほたるちゃんだって、実はおかあさんを支えてくれているのです。
「さあ、チビちゃん。いっしょにお散歩しましょうか」
うみほたるちゃんが明るく声をかけると、チビほたるちゃんもはりきってお返事しました。
「バブー!」
まだおしゃべりもできない赤ちゃんなのですが、その声には力があって、うみほたるちゃんを元気にしてくれるのです。
☆
そういうわけで、ふたりはいつもどおり、夜の海辺で楽しくお散歩してすごしました。
お月さまの模様をながめたり、貝がらのかげでかくれんぼをしたり。
星のかたちの砂粒をさがしたり、そよ風と水面がふれあう音に耳をすませたり。
仲間の赤ちゃんたちと遊んで、バブバブいいあったりもしました。
岩の間で面白いものをみつけたのは、もうそろそろ帰ろうかと思ったころです。
かたくて透きとおっていてつるつるした、大きなものです。
横から見ると細長いのですが、底の部分はまんまるです。
これは「びん」といって、ときどき陸のほうから流れついてくることを、うみほたるちゃんは知っています。
ほかに「かん」というものも流れてきますが、透明で中が見える「びん」のほうが、うみほたるちゃんの好みです。
好みといっても、もちろんいつもは近くに行って、ちょっとさわってみたりするだけです。
でも、今日はちがいました。
チビほたるちゃんが、うみほたるちゃんの腕をすりぬけて、あっというまにびんの中にはいっていってしまいました。
あわてて追いかける、うみほたるちゃん。
びんの中にはいってみると……。
わあ。入り口はせまかったけれど、中は天井がとても高くて、いい感じです。
少しだけ水がはいっているので、ふたりが体をひたすのにもぴったりです。
水にひたりながら上を見ると、透きとおった天井の向こうに、ふっくらしたお月さまが浮かんでいます。
打ち寄せる波にあわせて、びんがゆらゆらすると、お月さまの姿も波にあわせて、ゆらゆら揺れます。
ゆりかごみたいな気持ちよさの中で、チビほたるちゃんの寝息が聞こえてきました。
あら、こんなところでねんねしちゃうなんて、と、うみほたるちゃんは思いました。
でも、そう思ったとたん、うみほたるちゃん自身も大きなあくびをしていました。
ゆりかごが気持ちいいうえに、赤ちゃんの寝息が、これまたとても気持ちいいんですね。
そうして目を閉じたふたりは、びんのベッドの中で、すっかり眠りこんでしまいました。
ところが。
目がさめたとき、透きとおった天井の向こうにあったのは、お月さまではなくお日さまでした。
眠っているうちに、びんは岩の間から押し出されて、どんどん流れはじめてしまったのです。
うみほたるちゃんたちのおうちから、はるかに遠いところまで、どんどんどんどん流れていってしまったのです。
こんな時間にお日さまを見たのは、生まれてはじめて。
あまりのまぶしさに、うみほたるちゃんはあぜんとしました。
それから起きあがってあたりを見まわし、さらにあぜんとしました。
ぜんぜん知らない景色です。
見たことも聞いたこともないような場所です。
ごつごつと岩が突き出し、黒ずんでざらざらした砂が舞い散っています。
こわそうな顔の鳥たちが、変な金切り声をあげながら飛びかっています。




