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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第四章 司崎肇編
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玖墨

「何で、そんな気味の悪い言い方するんだよ」


 遠田が眉間みけんしわを寄せて言った。


 街灯と、家々から漏れるかすかな灯りだけの静まり返った住宅街――確かに、こんな所で、こんな話を聞けば不気味だろう。


「いや、これは話しておくべき話だと思ってな。心の準備も必要だろ?」

「そうだけどさ……」



 こうして緊張感が高まっていく中、携帯の地図アプリが目的地に到着した事を示した。


 目の前には周囲の建物より大きめな戸建こだて住宅がある――恐らく金持ちなのだろう。それ以外は何の変哲へんてつも無い普通の家だ。

 見た感じだと、ここ一年で作られた建物とは思えない。

 立派なコンクリート塀の表札には『玖墨くずみ』と書かれている。これもまた結構な年季が入ってそうだ。


「戸山にも見えてるよな?」


 遠田が不安そうにたずねてくる。


「ああ。見えてるよ」


 無いと聞かされていたものがあると、それだけで面食めんくらってしまう。

 目の前の光景がどこか現実感を欠き、夢を見ているような感覚になる。


 俺は自分に『冷静に』と言い聞かせた。

 玖墨はそうやって他人を思い通りに動かそうとするような人間なのだろうから。


「小深山兄の話が本当だとすれば、ここ最近で、突然、この家が出現した事になるな」

「考えられない事だね」


 と、七原が言う。


「ああ。これは起こり得ない事だ。つまり、能力が介在している可能性が高い」

「これほど大きな物を消したり出したりする能力? テレポーテーションみたいな?」

「そんな大規模な事が可能だとは思えない」

「じゃあ、実際には存在するものを存在してないと認識させる能力とか……」

「そうだな。俺も、そんな所だと思うよ」


 そんな事を言いながら、携帯の時計を見る。

 約束の時間よりは少し早いが……まあ、一方的に呼び出されたのだから許容範囲だろうと、玄関前まで行き、インターホンを押した。


「夜分遅くに、すいません。戸山と申します。柚人ゆずとさんはいらっしゃいますか?」


 すると、ドアの中から、もった声が聞こえて来る。


「ああ。僕が玖墨柚人だよ。ごめんね、呼び付けちゃって。開いてるから入って来てくれよ」


 笑みを浮かべて話しているような声である。


 俺は「わかりました」と言って、ドアノブに手を掛けた。

 すんなりと、ノブが回る。


 身構えながら、ドアを開くと……家の中も割と普通だった。ゆったりとした大きめな作りである事を除けば、一般的な家のそれである。


「上がってくれ」


 その声の出所の方を見ると、下駄箱の上に無線のスピーカーが置いてあった……。


 俺達は顔を見合わせる。


「どうする? 入るか?」


 俺がそう聞くと、二人はコクリと頷いた。


「七原、遠田、これは真剣な話なんだが、マジで帰らないか?」

「いや、入るに決まってるでしょ」


 と、七原。

 七原の表情からは好奇心を刺激されているのが分かる。


 一方で、遠田は神妙しんみょう面持おももちである。

 普段堂々としてる遠田からは想像がつかないが、遠田はこういう薄気味悪いものが苦手であるらしい。

 それでも、『帰る』と言わないのは、使命感とか責任感とか、そういうものなのだろう。


 まあ、どちらにしろ、入らなければ始まらない。


 俺は仕方なく先頭で家に入った、最大限の警戒をしながら。


 廊下にはほこりも余り落ちていない。

 今も生活が営まれている家である証拠だ。


「リビングに入ってくれないか? 右のドアだよ」


 と、玄関のスピーカーから聞こえる。


「わかりました」


 ドアを開けると、大きめなテーブルの上に、コーヒーのカップが三つと茶菓子が用意されていた。


「遠慮しないで、座ってよ」


 と、声がした方を見る。

 奥のソファに、やはり無線のスピーカーが置いてあった。


 俺は、そのスピーカーに一番近いソファに腰掛ける。


 その際に、さりげなくコーヒーのカップに触れた――まだ熱いくらいである。

 どうやら、今の今まで、ここに誰かがいたという事のようだ。


 ……何なんだろう。


 何らかの意味があって仕掛けて来ているのか、単に俺達の反応を楽しんでいるのか……。


 どちらかと言えば、後者であるように感じる。

 玖墨は余裕綽綽しゃくしゃくといった雰囲気なのだ。


「ちょっと訳があって、今日は出られないんだよ。悪いね。遠いところ、ありがとう。コーヒーでも飲んでくつろいでね」

「はい、ありがとうございます……でも、それより、こんな遅い時間に家に上がり込んじゃって、ご家族は大丈夫なんですか?」


 と、質問する。


「大丈夫。ここは今、僕の家なんだよ。家族は引っ越して、もういない。だから、気兼きがねなんて必要ないよ」

「こんな広い家に一人で暮らしてるんですか?」

「僕に能力者の仲間がいるか確認してるのかな?」

「……いえ、素朴そぼくな疑問ですよ」


 家が消えたという話から考えて、少なくとも、もう一人は能力者がいるはずである。


「僕も一人で住んでるつもりなんだけどね……」

「つもり?」

「夜になると他には誰もいないはずなのに足音がしたり、女のすすり泣く声がしたり――」


 遠田が嫌な顔で聞いている。

 やはり、こういう系の話が嫌いなようだ。


「――食事が用意されていたり、洗濯機が回っていたり、掃除機が掛けられてたり」

「かなり家事をやって貰ってますね」

「そうだね。まあ、それは冗談にしても、この家には何かいる。そんな気がしない?」


 玖墨はヘラヘラと笑いながら言った。

 それに対し、遠田が我慢できないという感じで答える。


「しませんよ。そんな事を今、話す必要があるんですか?」

「へえ。意外だね。遠田さんはこういう話が苦手なんだ?」

「……得体えたいの知れないものは少し苦手なんです」


 遠田に、こういう弱点があるとは、今日まで知らなかった事である。


「こういう話に怖がってくれる女の子って可愛いよね。遠田さんはリアクションも良いし。面白いなあ」

「……どこかで私達を見てるんですか?」


 遠田が辺りを見回している。


 そんな遠田に、「スピーカーを用意してたくらいだから、カメラを仕掛けてもおかしくない」と、耳打ちした。


 遠田は『なるほど』と頷く。


「やだな。人をのぞき魔みたいに言わないでよ」


 ……聞こえていたようである。


「ところで、何で、俺達をここに呼び出したんですか? スピーカーで話すくらいなら、電話で済む事だと思いますけど」

「ちょっとした遊び心だよ。ここが僕の家だなんてすぐにバレるだろうからさ。そしたら、君達は呼ばなくても来るだろ? じゃあ、いっその事オープンにしちゃおうかなって――」


 玖墨はクスクスと笑う。


「――良い事ばかりじゃないけど、ここは沢山の思い出が詰まった場所なんだ。だから、家族がいなくなったからといって簡単に処分できるもんじゃないんだよね。家族の事は嫌いだったけど、この家はそれほど嫌いって訳でも無いし。何なら、家の中を色々調べてくれちゃっていいよ。僕が能力者になった理由を知りたいんだろ?」

「……まあ、そうですけど」


 玖墨は能力の排除に『能力者が能力に目覚めた理由』を必要としてる事を知っているようだ。


「でも今夜は、僕の事を探ってる時間的余裕も無いかもしれないけどね」

「どういう事ですか?」

「今、色々と大変な事が起こってるんだ」


 玖墨の口調が少しだけ重々しいものに変わる。


「大変な事って?」

「昨日、司崎は小深山の弟に負かされただろ?」

「はい」

「司崎は小深山弟に対抗する為に、あまりに強い力を求めてしまった。そして……獣化が始まってしまったんだよ」

「獣化ですか……」

「以前から司崎には無茶をしすぎるなと言ってたんだがな。司崎には色々と手を焼かされるよ」

「戸山、その『獣化』ってのは何なんだ?」


 と、遠田が俺に問い掛けた。


「能力者が更なる力を欲すれば、時に、それが手に入る事がある。しかし、強すぎる力は、コントロールできる限界を超え、精神や肉体のバランスが崩れてしまう。そうなると、その能力者はとんでもない害悪を振りまく存在になってしまうんだ。いわば、能力が暴走している状態だよ」

「なるほど」

「本当に獣化してるとしたら、厄介やっかいな話だよ。排除は格段に難しくなる」

「ちょっと戸山君、僕を疑わないでくれよ。司崎は本当に獣化してるからね。司崎に会ったらすぐに分かるだろうし、こんな嘘は吐かないよ。でも、確かめに行く事はオススメできないけどね」

「そうですね。出来れば会いたくないです」

「面倒で仕方ないよ。もう司崎は使えない。色々と便利だったのにな。まあ、起きてしまった事は仕方ないよね。どうにか始末をつけないといけない。だから、今回は君達と協力したいんだよ」

「協力? 玖墨さんは俺達との協力が必要なほど、司崎さんの獣化に困ってるんですか?」

「司崎は能力によって肉体強化をしているだろ。あいつのスピードやパワーについていける奴はいない。何らかの武器があったところで、それは人間の扱うものである以上、限界があるだろ? 司崎はもうそれを超えた存在になっているんだ。その上に、精神も崩壊寸前だ。心まで完全に壊れてしまったら、手がつけられない。そう思うよね?」

「そうですね」

「まあ、単純に司崎が暴走して事件になっただけで話が済めばいいんだけど、それだけで終わらない。そうなると今度は、この街に排除能力者が集まってくる」

「そうですね。多分、そうなるでしょうね」

「一昔前、能力者達は排除能力者のことをハゲタカと呼んでいたそうだよ。能力者を見つけると、群がって寄ってたかって食い尽くしてしまう。そんな事をやられちゃあ、能力者にとっては最悪以外の何ものでも無い。勿論、僕にとっても面倒事だ。街を離れなければならなくなるからね。やっぱり住み慣れた街も、住み慣れた家も離れたくないものだよ」

「街に残って戦えばいいんじゃないですか? 未来が見えるというのなら不可能ではないと思いますけど?」

「向かってくる排除能力者の分だけ、未来を変えないといけないんだよ? そんな事はやってられない。だから、君達と協力して、さくっと司崎を排除したいんだ。この提案、乗ってくれるかな?」

「……そうですね。少し考えさせて貰うって選択肢はありますか? 俺としても突然、能力者と協力と言われても戸惑とまどいがあるんです」

「なくもないけど。決断は早い方が良いよ。さっきも言った通り、君達には暢気のんきにしてる時間は無いんだ」

「どうしてですか?」

「能力で未来を見たんだけどね。僕と協力しなかったら、君達には悲惨な未来が待ってるんだ」

「悲惨な未来?」

「……そうだな。黙っておくと、今回の事に身も入らないだろうし、予言をしておくよ。実はね……このまま未来を変えなければ、司崎は今夜、遠田さんをあやめてしまうんだ」

「私を? 殺める?」

「ああ。そうだよ、遠田彩音さん。他の誰でもない。君の話だ」






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