部室
逢野姉に礼を言って電話を切ると、遠田が口を開く。
「その様子だと、何か重要な事が分かったんだな?」
「ああ。ようやく、話が繋がってきたって感じだよ。遠田、ありがとう――じゃあ、俺は部室に行くよ」
そして遠田と別れた俺は、今後どう行動するかの考えをまとめながら、部室に向かった。
否が応でも緊張感が高まっていく……。
それは単に『排除』の時が近付いてるからだけではない。
洗脳された七原と話さないといけないからである。
七原は繊細だから、『能力の所為だから仕方ない』と言っても、自責の念に駆られてしまうだろう。
七原が傷つかないように、責めていると取られるような事は言わないようにしよう。
そんな事を思いながら、部室の扉を開けた。
七原と小深山がこちらを振り向く。
小深山が俺の席に移動し、二人で喋っていたようだ。
「戸山君、おかえり」
七原が言う。
普通に反応したって事は、俺が真相に気付いているという事は知らないのだろう。
俺は七原の前へと歩いて行った。
「七原、ちょっと携帯を貸してくれないか?」
「え? 何で? ちょっと……でも……」
「頼むよ」
俺がそう言うと、七原はおずおずと携帯を取り出す。
「認証を解除してくれ」
「……うん」
俺は七原の携帯を受け取り、タスクリストを表示する――そこには通話アプリが起動していた。
通話相手は『父』と表示されている。
……やっぱりそうか。
もちろん、通話相手は七原の父親ではなく、小深山兄だろう。
小深山兄は卒業生で、学校に来る訳にはいかない。状況を把握するには、こういう手段をとるしかない。
小深山兄が、今まで俺達の行動に素早く対処できていたのも、リアルタイムで俺達の会話を聞いていたからなのだ。
七原の携帯を操作し、通話アプリを切る。
小深山兄は慎重派だ。
他にも何か仕掛けてるかもしれない。
小深山の携帯は、話の流れ次第で使うかもしれないから、通話アプリを起動させるような事はしていないだろう……。
そこで、はたと部室の隅にあるロッカーに目がいく。
まあ、何かを隠すと言ったら、あれしかないよな。
そしてロッカーに近付き、扉を開いた。
そこには――
「うわっ! 何で、こんな所に、お前がいるんだよ! 人がいる必要はないだろ。携帯だけ置いておけよ!」
「そうだよね」
ロッカーには委員長が入っていた。
心臓が飛び出るほど驚いた。
「こっちにも事情があってさ……戸山君が一人で行動を始めたから、『尾行しろ』って命令が来たんだけど、戸山君の警戒感が強くて近づけなかったのよ」
「だからといって、ロッカーに入ってないといけない理由は無いだろ」
「……だよね」
委員長は、自分の携帯のマイク部分に口を近づけると、「ということで、バレました」と言って、携帯の画面にタッチする。
通話アプリを切ったのだろう。
おそらくは洗脳が解けたという事だ。
記憶が消せないのと同じで、意思もそう簡単に掌握する事は出来ない。たとえ出来たとしても、ちょっとした事で我に返るのだ。
「それで、戸山君はどうしたい? 叩く?」
委員長が後ろを向く。
「だから、お前は俺を何だと思ってんだよ」
「戸山君は、いつだってそうやって物事を解決してきたじゃん」
「違えから!」
「じゃあ、私はどうすればいいの?」
「……いや、べつにどうって事もない。帰っていいよ」
「え?」
「文化祭も近いから、生徒会を手伝うんだろ? それがないなら、守川を構ってやれ」
「……そうだね。戸山君のお陰で今の私は充実してるの。ロッカーに入ってる場合なんかじゃなかったよ」
「ロッカーに入ってる場合の時は、ずっと来ねえよ」
「戸山君――」
ふっと、委員長が真面目な顔になった。
「――ごめん。本当にごめんね。別に騙すつもりは無かったんだけど」
「分かってるよ。能力に抗うなんて無理な話だ。気にする方が間違ってる」
「……ありがとう」
そして委員長を部室から送り出した。
後に残ったのは、何が起こっているか理解できてない小深山と、唇を噛みしめる七原である。
「七原も気にするな。そういうもんだ」
「でも、やっぱり私は……」
「いいんだよ。洗脳が解けなかったんだ。仕方ない。本来なら俺が青星さんに洗脳能力がある事を指摘した時に、七原の洗脳が解けてもおかしくなかったが……そうならなかったのは、覆面や司崎達への強い恐怖が植え付けられていたからだと思う」
昨夜、七原は最初の覆面と司崎が会話していた時点で俺の手を握った――そして、その手は震えていた。
あの場面は確かに不穏な空気が流れていたが、距離も遠かったし、何を話しているかも分からなかった。あの状況では、恐怖を実感するまで、もう少し時間が掛かるものだと思う。
七原の反応は早すぎたのだ。
「その強い恐怖感から、七原は俺が真相に近付かないように騙し続けた。七原と青星さんの利害は一致していた。そうなれば、七原の洗脳が中々解けなかったのも十分納得できる話だよ。だから気にするな……」
そんな事を話してると、
「戸山、何がどうなってるんだよ? 話が全然見えてこないんだけど」
と小深山が声を上げる。
「そうか? 小深山も実は色々と知ってるんじゃないか?」
「知らねえよ。俺が何を知ってるって言うんだよ?」
――いや、小深山は色々な事を見聞きしてきたはずだ。
青星さんが七原と連絡を取ったのは、俺が排除能力者だと知っていたからだと思う。
だとすれば、どうやってそれを知ったか?
それを考えて思い当たるのは、先週に教室で色々な事があって、その全ての渦中に俺がいたという事である。
普段から小深山の周囲の状況に気を配っていた小深山兄は、そこで俺に注意を向けたはずだ。
「これは俺の推測なんだけどな――」
そう前置きして、俺の説を語り始める。
「金曜は雨だった。だからサッカー部は室内練習をしていたはずだ。そして部活が終わって帰ろうとした小深山は、下駄箱に靴が残っていることに気が付いた。青星さんに『戸山に注意しろ』と言われていた小深山は、それが俺の靴かもしれないと思い、俺を探し始めた。そして、俺が早瀬と指導室で話をしているのを突き止め、ドアに耳を押し当てて、中の会話を聞いた。そういう事なんじゃないか?」
委員長のように……いや、正しくは、委員長が小深山のように盗み聞きをしたという事なのだろう。
「……あ」
小深山が目を見開く。
「そうだよ……そうだった。俺はあの雨の日に、指導室の会話を聞いたんだ――その時、兄貴とも話をしていた……能力……能力って何だ?」
「俺達の話に出てた通りだよ。そういうものがあるんだ。俺はそれを排除する為に動いてる」
「……そうなのか」
「ということで、俺は青星さんの居場所を探さないといけない」
「兄貴の居場所? それは東京の……」
「いや、多分、青星さんは家にいるよ。小深山の家だ」
「はあ? それはねえよ」
「いや、いるはずだ」
「だって兄貴は大学に合格して……」
「それは恐らく洗脳だ。青星さんはきっとまだ浪人中だよ」
「なんだよ、それ」
「こうあって欲しいという想像が、実際の記憶と掏り替えられているんだ。この場合、小深山が青星さんの合格を願っていた。だから、そう信じ込んでしまった」
「そうなのか……でも、そんな事……」
「とにかく、家に行けば全てが分かる――だから行こう」
そして、俺達は徒歩五分の小深山の家へと向かったのだった。




