藤堂紗耶
呼び付けるような事になってしまったので、せめて校門くらいまでは迎えに行こう。
そう思い、俺は再び昇降口へと向かった。
昇降口に到着すると、さっきまでちらほらいた生徒達も帰ったようで、静寂が訪れていた。
俺は自分のクラスの下駄箱へと向かう。
しーんとした中で、自分の上履きの足音だけが響いていた。
――そんな時、唐突に下駄箱の向こう側から人影が現れ、俺の前に立ち塞がる。
藤堂紗耶だ。
「やあ、これはこれは戸山じゃないか。君を待ってたよ」
派手派手しい美人顔が、ふざけた口調でそんな事を言った。
「何だよ? 『待ってた』って」
「靴があったから、まだ校舎内にいると思って」
気持ち悪いことしてんじゃねえよ。ストーカーかよ。
「こんなにすぐ見つかるとは思わなかったけどね。瑠華と麻衣に探しに行ってもらってるんだけど、それが無駄になったから、あとで謝っといてね」
俺はそれを無視して、「で、用件は何だ?」と言う。
「面白い情報を仕入れたから、これは教えてあげないと、と思って」
「どんな情報だよ?」
どうせ、ろくな話じゃないだろう。
だが、どんな話だろうと、聞くしかないのである。
聞かないと終わらないから。
「小深山が、手が早い奴だって事は知っての通りだよね」
「ああ、そうだな」
そういう面では、七原を部室に残してきたのは、まずかったかなと思う……まあ、仮に小深山が七原に言い寄っていたとしても、それは自由だし、七原が小深山を選んでも、俺が言えるのは『乗り換えるの、早くね?』くらいのものである。
「じゃあ、小深山がもう既に、七原さんにちょっかいをかけてるって話は知ってる?」
「――は?」
「知らないみたいだね……ある信頼できる筋から得た情報なんだけどさ。一昨日の昼頃、あたし達のクラスのある女子生徒に、SNSで小深山からメッセージが来たらしいの」
「どんなメッセージだ?」
「七原実桜の連絡先を教えて欲しいってものだよ。その女子生徒は『明日、学校で聞けば?』と返信したんだけど、今度は『今、七原と話さないといけない事があるんだ』というメッセージが来た。だから、その女子生徒は仕方なく、七原さんの連絡先を教えたらしいよ」
――どういうことだろう。
小深山がそんな事をしたというなら、七原に連絡が来ているはずだ。
しかし俺はそんな話を聞いていない。
七原が、こんなに重要な話を言わないとは思えない……。
藤堂が俺を指差して、クスクスと笑う。
「驚きすぎて、顔から血の気が引いてるよ。ショック? ショックだよね? あはは……まあ、仕方ないよね。七原さんに、優しくされて舞い上がってたんだよね。愚かな自分を悔いたらいい」
藤堂は声のトーンを上げながら喋り続ける。
「小深山って手が早いから、気をつけた方がいいって言ったのは昨日だけど、まさか、その時点で手遅れだったってオチだとは思わなかった。まさか、裏で繋がってるなんて思いもしなかったよね――ところで、戸山。今日は小深山は部活休みらしいよ。あの二人は今、どこでどうしてるんだろうね?」
藤堂は嬉々とした顔で俺に訊ねてきた。
俺はそんな煽りに気を留めず、自分の考えに没頭する。
――裏で繋がっていた。
なるほど。そういう事か。
ようやく理解できた――洗脳されていたのは、逢野や委員長だけではない。
七原もその一人だったのである。
言われてみれば心当たりは山ほどある。
例えば昨日、小深山に詳しい奴を探している時、委員長を推薦したのは七原だった。
今朝の指導室の件だって、俺が職員室に行くと知っていたのは七原だけである。そんなに都合良く委員長が現れるはずもない。
それに、今考えると、七原は最初から小深山を疑う事に消極的で、随所で諦めるように話を持っていこうとしていたように思える。
そして、それより何より、俺の出方を全て知っているのは七原だ――俺が小深山兄だとしても、委員長ではなく、七原を洗脳しようとするはずだ。
「……その情報を聞いた信頼できる筋って、もしかして逢野のことか?」
「よく分かったね。そうだよ。亞梨沙だよ。最初は小深山と実桜の繋がりなんて心当たりがないって言って、しらばっくれてたんだけど、途中から急に思い出したとか言い出して、あっさりと白状した――言っておくけど、これは確かな情報だからね。ちゃんと亞梨沙と小深山のSNSのやりとりも見せてもらったから」
驚くべき事に、藤堂は洗脳されている人物の記憶を元に戻したようだ。
小深山の洗脳に気付いてた俺が出来なかった事を、洗脳なんて知らない藤堂がやってのけたのである。
しかも、俺へ嫌がらせをしたいというだけの為に。
そのパワーたるや、ただただ感心してしまう。
ここは素直に藤堂強ええと思うしかない。
「七原さんも軽いよね。一週間も経たない内に小深山に乗り換えるなんて――まあでも、仕方ないか。だって、小深山と戸山じゃ、格が違いすぎるから。これから一年、あの二人と同じクラスなんて惨めすぎると思うけど、精々頑張って」
「だから、何度も言うように、俺と七原はそういう関係じゃないから」
藤堂は俺のその負け惜しみを聞いて――正確には負け惜しみではないのだが――満足したのか、高笑いをしながら帰って行った。
校舎内で俺を探している子分を放って帰るのかよと思ったが、まあ、俺には関係のない話だ。
その背中を見送りながら、思う事は一つである。
藤堂、お前どれだけ暇人なんだよ。




