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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第三章 小深山章次編
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放課後


 放課後になると、俺と七原は挟み撃ちの形で小深山を捕獲した。


「そこまでしなくても、逃げねえよ」


 そう言う小深山を連れて、職員室に鍵を取りに行き、部室に向かう。


「もう少し話がしたいって、結局何なんだ? まだ俺を疑ってるのか?」

「ああ。まだ少しな……それに、少なくとも青星さんは覆面と関わってるだろうから、小深山が全く関係ないという話でもないんだよ」

「戸山って、自分の考えを他人に押しつけるタイプなんだな。どうりで友達がいない訳だ」

「悪かったな」

「まあ、それでも聞いてやろうと思えるのは、どことなく兄貴に似ているからだよ。兄貴もそういう所がある。だから親近感が湧いてるんだ」


 小深山は、そんな事を言いながら笑った。

 思い悩む事なんて何も無いような軽やかな笑いだ。


「で、何が聞きたいんだよ? 早く言ってくれ。俺だって暇じゃないんだぞ」

「本題は、部室に行ってから話すよ。あまり声を大にして話せない話なんだ」


 そんな事を言ってる内に部室に到着する。

 俺達は昼休みと同じ席順で座った。


「じゃあ本題だ。小深山には、昼も言っていた『覆面の男』についての話を聞いて欲しいんだ。それで何か思い出す事もあるかもしれない」

「まだ記憶喪失を疑ってるのか? それはちゃんとしたアリバイがあっただろ」

「でも、足を痛めたのは部活中じゃないんだろ? じゃあ、いつなんだって話になる」

「彼女に会いに行った時だ」

「運動能力が高い小深山が、いつのタイミングでそんな事になるんだよ?」

「そんな事もあるさ」

「覆面を被って、喧嘩してたからって方が説得力がある」

「だから、それは違うって言ってるだろ」

「思い出さないか? 司崎達の怒声とか、人を蹴った時の感触とか、司崎の拳が頬を掠めた時の感覚とか。そういうものは忘れようとしても忘れられないものはずだ」

「それはない。ありえないよ」


 そういう小深山に、俺は昨日の事を詳細に説明していった。


 第二グラウンド、司崎達、そして極限の闘い。


 しかし、小深山の反応は『驚き』のみで、それ以上でもそれ以下でもないものだった。

 その表情からは、何の隠し事も見いだす事が出来なかった。


「本当に、そんな事があったのかよ? 第二グラウンドで?」

「ああ。本当だ。七原も見たよな?」

「うん。信じられないと思うけど、全部本当の話なんだよ」


 あの時、司崎の拳が頬をかすめたようだったが、小深山の顔を覗き込んでも、その跡は残っていなかった。

 さすが覆面である、上手くかわしていたのだろう。


「小深山、何でもいいんだ。何か思い出せないか?」

「だから何度も言ってるように、俺は覆面の男じゃない。思い出すはずがないだろ。いい加減にしてくれ。こっちはちゃんと親に電話までして、アリバイを証明したんだ」


 アリバイか……。

 小深山が家にいたという両親の証言がボディーブローのように効いている。


 両親に話を聞いたのは悪手だったようだ。


 そのアリバイは小深山兄の能力による記憶操作だと説明しても無駄だろう。

 小深山は小深山兄に操られているだけで自分の能力を知らないのだ。

 記憶を操作する能力と言われたところで、信じるはずもない。


「確かにアリバイはある……でも、小深山は違和感があるって言ってただろ。自分が自分じゃないというような感覚があると言ってただろ」

「確かに言ったな。でも今考えてみれば、彼女に会いに行ったのは、単にきまぐれだ。他に理由なんてない」


 小深山の語り口には迷いが無かった。

 違和感の事を忘れてるという訳ではないのだろう――小深山の中で、それは取るに足らないものになったという事なのだ。


「悪い、小深山。五分だけ待っててくれ。七原と話があるんだ」


 そして小深山を部室に残し、俺達は廊下に出た。


「どういう事? 覆面としての記憶がよみがえるどころか、違和感の話も無かった事になってない?」

「小深山兄は、小深山から違和感を取り除いたんだと思う」

「そんな事が出来るの? お兄さんの能力で」

「ああ……小深山兄は記憶操作もしているが、厳密にはそういう能力じゃなかったんだと思う」

「じゃあ、何?」

「洗脳とか、暗示とか、そういった類いの能力だ」

「洗脳?」

「ああ。さっき小深山が、俺と小深山兄が似てるって話をしただろ。そこでピンときたんだ――同じような性質の人間は、おのずと同じような能力を持ちやすい。俺の排除能力は、能力者の中の能力を無かったものにする洗脳みたいなものだ。だから、小深山兄の能力も洗脳という事なのだろう」

「なるほど。だから、小深山君の違和感を取り除く事も出来たし、記憶を操る事も出来たって事だね?」

「小深山兄は、小深山が覆面ではない根拠として両親の証言を利用したんだろう。アリバイという確証が、小深山の覆面としての記憶を蘇りにいものにしているという事だ」

「そうなると、この洗脳を解くのは難しそうだね。まずは両親の洗脳から解かないといけないから」

「ああ。だから、今は保留するしかない」

「……でもそうなると、疑問なんだけど、お兄さんはどうやって両親にアリバイを聞いたという事を知ったの?」

「それは委員長に盗み聞きされたという事だろうな。岩淵の時と同様だ」

「ああ、確かに出来そうだね。ここは指導室よりも、ずっと簡単だと思う。人通りが無いから」

「そう思ったから、今、廊下に出てみたってのもあるんだ。さすがに委員長も同じヘマはしなかったようだけどな」

「そうだね。さすがに二回目はないよね……」


 七原は大きな溜息をついて、再び口を開く。


「もう……考えないと行けない事がありすぎて頭がパンクしそうだよ」

「そうだな」

「で、次はどういう策でいくつもりなの?」

「昼休みも言った通り、小深山兄が能力者になった理由を聞き出せないか試してみる」

「出来るのかな?」

「難しいだろうな。俺達は小深山兄に会った事がない。話で聞いているだけだ。そんな状態で、小深山兄が能力者になった経緯を聞き出すなんて、雲をつかむような話だ」

「そうだね」

「でも、希望が無い訳じゃない。小深山は洗脳されて操られているだけだ。だから、俺と小深山兄が似てると言ったみたいにヒントになるような事を言ってくれる可能性も十分にある」

「そうだね。そういう所から判断していくしかないよね」

「まずは、小深山兄が一浪した時の事を聞こうと思う」

「なるほど。人生において重大な局面だもんね」

「ああ。それは能力を生み出すような心の闇を形作る理由に成り得るだろう」


 そして俺達は部室に戻った。


「悪かったな。待たせて」

「遅いよ……まあいいけどさ……」


 小深山は弄っていた携帯をポケットに突っ込む。


「今度は少し立ち入った事を聞かせてもらう――青星さんの受験の時の事を教えてくれないか? その時、何かおかしな事は無かったか?」

「受験の時?」

「ああ、そうだ」

「何で、そんな話を?」

「そもそも、クズミって奴が青星さんに受験に失敗すると言い放った事が揉め事の原因なんだよ」

「そんな事を言ったのか、クズミって奴は」

「ああ」

「受験の時の事か……俺も、それに関して語れる事は少ないぞ。俺も受験生だったし、兄貴は受験から帰ってきてから、ほとんど部屋を出なくなったから」

「ひきこもったのか?」

「ああ。親は予備校を勧めていたが、兄貴はそれを断り、自宅学習に専念したんだ。兄貴が予備校の模試以外で外に出た記憶は無いな。それでも兄貴はちゃんと常にA判定を出していた。そして、今年はちゃんと合格したんだ」

「受験の前は?」

「あんまり覚えてないな……俺も受験勉強が追い込みの時期だったからな……ただ、一つ思い出す事はある」

「何だ?」

「受験一日目、兄貴が帰ってきた時は割と普通だった。余裕すら感じられたよ。だけど、二日目は、打って変わって物凄く酷い顔だった。どんな失敗をしたら、あんな顔になるんだろうと思ったよ」

「詳しい事情を知ってそうな人を知らないか? 青星さんが、この人だけには全てを話すみたいな相手は?」

「さあな。俺は知らない。そういう事を他人に話すような人じゃないよ。さっきも言った通り、そういう面でも兄貴は戸山に似ている」

「そうか……」

「担任は受験の後、何か言ってきたか?」

「担任か……何度か電話が来たらしいけど、兄貴はすぐに切っていたみたいだ。卒業式もいかなかったよ」

「担任とは電話でどんな会話を?」

「俺が知るはずないだろ」

「そうか……そうだな」


 受験の二日目。

 そして、担任からの電話。


 何かがあったのだろうか。

 何もなかったのだろうか。


 どちらでも不思議は無いのである。


「青星さんが他に悩んでいるような事はなかったか?」

「受験でか? 今、話した事が俺の知ってる事の全てだよ」

「他には? 青星さんの人生において何かトラウマになりそうな酷い出来事とか知らないか?」

「ざっくりとした質問だな。考える限り、思い浮かばないよ。俺達はわりと平穏に生きてきたつもりだ」


 やはり雲をつかむような話である。

 何かが見えてくるような気配すら感じられない。

 これ以上、聞く事も余り思い浮かばない。


 だが、それでも強いて言うなら……。


「青星さん……の『シリウス』って名前、珍しいよな」


 すると、小深山の表情に少し変化が見える。


「俺も兄貴以外で出会った事がないよ」

「由来は聞いているか?」

「さあ」


 小深山の声には、今まで話していて一度も見せなかった怒りという感情が見え隠れする。


 こんな珍しい名前のなのだから、こういう質問は今まで何度もされているはずだ。

 何度も聞かれているからこそだろうか――いや、違う。

 それだけで、いつも余裕ぶっている小深山が怒りをあらわにする事はないだろう。

 これは小深山にとって神経を尖らすような質問なのだ。


 ――それについては少し思う所があった。


 『青星』と『章次』という名前について、午後の授業の間、少し考察してみた。

 この二つの名前は、名付けのセンスが明らかに違う。シリウスという名前はあまりに奇抜すぎる。


 名前の意味から考えると、シリウスは言わずとしれた星の名前である。夜空に輝くシリウス星のようにという願いが込められているのだろう。

 そして、『章次』の『章』という漢字には、印という意味がある。

 印とは目立つものであり、際立つものである。

 星と印――名前にたくされている意味は似通っているように思える。


 これらの事から想像されるのは、この兄弟の父親もしくは母親が別なのではないかという事だ。例えば、母親がこの兄と弟の実の親だとすると、前の夫との子供が青星で、今の夫との子供が章次である。小深山母の今の夫は、『章次』が生まれた時、前の夫との子供である『青星』のような奇抜な名前をつけたくはなかった。しかし、それでも二人が兄弟である事を名前に示したい。だからこそ、意味で重なる『章』という字に次男の『次』という字を付けた名前にしたのではないか――そういう配慮が込められた名前なのではないかと思うのだ。


 だが、これはあくまでも勝手な想像であり、ただの邪推である。


 そんな事を考えてると――


「いつまで、こんな話に付き合わせるんだ? もう帰ってもいいか?」


 小深山は苦々しい顔で、そう言った。


 その様子を見ていると、もしかすると、俺が想像した通りの事も有り得るのではないかと――そう思ってしまう。


 俺は七原に目配せした。

 七原に事情を詳しく聞いて欲しいという意味だ。

 しかし、七原は小さく首を振る。

 七原はこの話題は続けない方が良いと判断したようだ。


 だが、それでも俺は七原に視線を送り続けた。

 小深山は七原の質問なら怒って帰るような事はしないだろう。


「――大体、戸山は感じが悪いよ。そうやって七原さんと目配せばっかりしてる」

「いや、そんな事してないよ」

「いやしてたから――ってか、そもそも何で戸山がこんな話に深入りする必要があるんだよ? 七原さんの気を引く為に、面白半分に首を突っ込んでるんじゃないのか? イチャイチャする為に」

「いや、イチャイチャなんてしてないから」

「してるだろ……どうみてもしてる」


 それは遠田にも言われた事だ。

 そう言えば、優奈にも言われたな。

 

 ……確かにそうなのかもしれない。今回の能力者探しで、今までと違うのは七原と協力している事だ。もしかしたら、そこに問題があるのかもしれない。


 いつもなら俺は、こんなに無理に小深山から話を聞き出そうとしなかっただろう。

 さっさと諦めて、別の方法を探していたはずだ。


 目に見える結果を出そう、突破口を開こう――そういう風に焦りすぎていたのかもしれない。


 いつだって諦め半分の俺なのに、自分を見失っていたようだ。

 一人で考える時間が不足していた所為なのだろう。


「関係ない事を聞いて、悪かった。別にそんなつもりはないんだ。俺はただ、この揉め事を解決したいだけだよ」

「ああ。俺も変な言い掛かりつけて悪かった。まあでも、イチャイチャはしすぎだからな」

「そんな事はないと思うんだけどな……まあ、頭を冷やす為に、ちょっと一人で考えて来るよ。少し席を外していいか?」

「ああ……別にいいけど」


 俺は椅子から立ち上がる。


「待って。私は?」

「一人で考えたいんだよ。小深山と話をしててくれ」


 七原には部室に残って欲しかった。

 小深山を見張る役が必要だからである。

 七原はそれに気付いたのか、不本意といった表情だが、こくりと頷いた。


 七原なら臨機応変に上手く動いてくれるはずだ。

 小深山は能力者だが、本人は気付いていない。その点で、七原を心配する必要も無いだろう。


「戸山君、早く戻ってきてね」

「ああ。わかったよ」


 そして俺は部室を後にしたのだった。


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