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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第三章 小深山章次編
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昼休み

 教室に着くと、すでに小深山は登校して来ていた。

 七原は小深山に歩み寄り、話し掛ける。七原が二言三言話すと、すぐに小深山が笑顔で頷いた。

 簡単に約束が取り付けられたようだ。

 やはり七原がいてくれて良かった。


 俺は、ふと辺りを見回す。

 幸運な事に、まだ藤堂は教室に来ていないようだ――丁度良かった。藤堂がいたら、七原が小深山に近付いてたとか言って、また絡んで来るところだっただろう。

 

 そして席に着き、熟考に入る。

 小深山に話を聞くにあたり、何を聞くか、どんな順序で話すかを頭の中でシミュレーションしたのである。


 そんな内に、あっという間に昼休みになる。


 俺は七原と部室に向かった。

 そして、昼食を摂りながら小深山が来るのを待ったが、小深山は中々現れなかった。


「七原、小深山はいつ来るんだ?」

「学食に行ってから来るって言ってたよ」

「そうなのか」


 早く来てくれよ、とは思うが、それに関しては文句も言えない。

 小深山には俺達と話をする義務なんてない。

 こちらは、お願いして話を聞かせて貰う立場なのだ。

 だから、焦りは禁物だ。

 出来るだけ小深山の機嫌を取り、より多くの情報を引き出さなければならない。


「七原が居てくれて良かったよ」

「そうなの?」

「ああ。だって、俺だけとなると、小深山は話も聞いてくれなかったと思う。俺が『部室に来てくれ』と頼んでも、『ここで話せ』とか言われて、あまり込み入った話は出来なかったはずだ」

「確かに、そうかもしれないね」

「それだけじゃない。七原の前だと、小深山は良い格好して、いつもの余裕な感じを崩さないと思う」

「そうなの?」

「ああ。別に七原じゃなくても、きっとそうだよ。女子生徒がいれば、小深山はずっとあんな感じだ。だから、七原がいるのに、小深山がキレたという事になったら、何か隠し事があるんだと判断できるって事だ」

「別に、怒りをあらわにしたとかじゃなくても、嘘って見抜けるからね。例えば、目線や息づかい、喋る分量とかで。私は心の声を聞く能力があったおかげで、自分の嘘を見抜く力が信頼できるものだと分かってる。だから私って、役に立つと思うよ……それでも、ときどき戸山君の嘘を見抜けない事があるってところが、戸山君の恐いところだけどね」

「それは、七原が気を抜いてる時だったからだよ。こういう場で七原に嘘をつくのは俺にも無理だ」

「そうなのかな?」

「そうだよ――まあ、とにかく小深山が嘘をついたと思ったら、何かジェスチャーで合図してくれ。それを参考にしたい」

「わかった。じゃあ、小深山君が嘘をついたら……髪を触るって事にしようか」


 七原が自分の髪を触って見せる。


「そうだな。それにしてくれ」


 そんな事を話していると、程なくして小深山がやって来た。

 いつも通りの爽やかな笑みを浮かべている。


「二人とも、遅くなって悪かった――ってか、最近、仲が良いと思ったら、こんな所に居たんだな」

「ああ。呼び出しなんかして悪かったな。そこに座ってくれ」


 七原の横を指差す。俺の正面の席である。

 この席だと、七原のジェスチャーも見えやすいのだ。


「小深山君、訳の分からない呼び出しなのに、来てくれてありがとね」

「七原さんに頭を下げられたら、そうするしかないだろ。で、用件は?」

「七原に聞いてると思うけど、ちょっと話したい事があるんだ。いいか?」

「ああ、聞くだけ聞くよ。何だ?」

青星しりうすさんの事だよ」

「は? 戸山って兄貴と知り合いだったのか?」


 小深山は意外だといった顔をする。


「ああ、いや、直接は知らないんだ。それについては追々分かっていくと思う……まずは、青星さんの知り合いの話なんだけど、いいか?」

「わかった。話を続けてくれ」


 小深山の態度から、先程より少しだけ、いい加減さが薄れた。

 急に家族の話を出されたら、そうなって当然だろう。

 自然な反応である。


「クズミって奴を知ってるか?」

「うーん。知らないな」

「じゃあ、司崎は?」

「知らない」


 小深山は全く思い当たらないといった感じで首を振る。


「結構、関わりが深い相手だぞ。知らないのか?」

「知らないよ。そんなもんだろ、兄弟なんて」


 ……クズミも司崎も知らないのか。


 小深山の反応を注視しながら喋っていたが、嘘をついている感じには見えなかった。

 七原の表情を見るに、俺と同意見のようだ。


 まあ、まだまだ話はこれからだ。

 集中力が切れてきた頃に、ボロが出て来るかもしれない。


「で、クズミって誰なんだ?」


 小深山が俺に問い掛ける。


「クズミは、青星さんがこの高校に通ってた時のクラスメートだよ。三年A組だ」

「司崎は?」

「そのクラスの担任だ」

「そうか……だったら、聞いた事があるのかもしれないな。だけど記憶には残ってないよ」

「じゃあ青星さんが受験直前に、教室で掴み合いの喧嘩をしたのは知ってるか?」

「喧嘩? 兄貴が?」

「ああ」

「嘘だろ? それは無い。絶対無い」

「何で言い切れるんだ?」

「兄貴は大人しいんだ。掴み掛かられる事はあっても、掴み合いってのは有り得ないよ――小学生の頃、兄貴とキックボクシングを習ってたんだが、兄貴は一年間ついぞ一度も人間相手にキックを出さないまま、ジムを辞めていった」


 小深山のその発言に、俺は少し驚いていた――小深山が、小学生の時だとはいえ、格闘技の経験がある事を話しているのだ。そんな覆面と結びつけられそうな情報を自ら提供している――小深山の余裕の現れなのだろうか。


「小深山は、青星さんが辞めてからもキックボクシングを続けたのか?」

「ああ?」


 そんな質問が返ってくるとは思わなかったのだろう。小深山は素っ頓狂な声を上げた。


「ああ……まあ、結構いい所までいったんだよ。でもサッカーを始めて、そっちに集中した。まあ、そのサッカーは怪我がちで駄目になったんだけどな」


 小深山はサッカー部のエースで、ここらで敵う相手はいないらしい。それでも自分で駄目だと言うのは、もっと上を目指していたって事なのだろう。


「キックボクシングをやってたのは何年くらいだ?」

「三年だよ。ってか何で、その話に食いついてくるんだよ。そんな話だったか?」

「そうだな、話題を戻そう――とにかく、青星さんが掴み合いの喧嘩をしたって話は本当だよ。相手は、さっき言っていたクズミって奴だ」

「聞いたことなかったな。で、その喧嘩がどうしたんだ?」

「その喧嘩があって――それから話が飛ぶんだが、さっき言っていた司崎って奴が最近、繁華街で夜に『覆面の男』ってのに襲われたんだ」

「覆面?」

「ああ、目出し帽で顔を隠した男だ。そいつは司崎を暴力で組み伏せ、司崎の携帯からクズミの連絡先の情報を得たんだ」

「本当か?」

「ああ。本当だよ。俺達は、この目でそれを見ている」


 小深山が七原に目線を送ると、七原も頷いた。


「小深山君、これは本当の話なの」

「そうか……二人は学校だけじゃ無くて、ずっと一緒に行動してるんだな。やっぱり付き合ってるのか?」


 小深山がニヤリと笑った。


「そんなんじゃないけど……そんなんでもいいというか……」


 七原の方が動揺を引き出されている。

 そんな場合じゃ無いと、俺は話を戻した。


「俺達は、司崎を襲ったその覆面の男を探してるんだよ」

「探してる?」

「ああ。そうだ。探してる」

「探偵ごっこかよ」

「ああ、そんなもんだ――で、調べていった結果、その覆面の男が青星さんか、それに近しい人じゃないかって話になったんだ」


 小深山は目を見開く。


 それは演技には見えなかった。

 本当に驚いているようだ。


「有り得ない。どこをどうしたらそんな話になるんだよ。兄貴に、そんな事が出来るわけがない」

「でも、適当に言ってる訳じゃない……本気なんだ」

「証拠は?」

「これといって、証拠が出てきる段階ではない。でも状況から考えると、可能性が高いって思ってるんだよ――例えば、さっきも話した通り、青星さんはクズミと揉めている」


 小深山の様子を注意深く窺いながら、そう言った。


「兄貴と揉めるような奴は、誰とでも揉めるよ。そんな事で犯人にするなよ」

「理由はそれだけじゃないよ。覆面の男はクズミの連絡先を得る為に、司崎と接触したんだ。司崎は青星さんが卒業した年に教職を辞めていて、今では180度違う仕事をしてる。司崎がクズミの連絡先を知ってると、他に誰が思うんだよって話だ」

「それだって、兄貴だけって事では無いだろ?」

「そうだな。でも、それで犯人は、かなり限られてくるよな?」

「まあ、それは認めるけど」

「そして覆面は、俺が知る限り三度出没したんだが――」


 本当に目撃したのは昨日だけなのだが、それでは小深山兄を疑う根拠として弱いと思い、そう言った。


「――覆面の出没時間と同じ時間帯に、その周辺で、二度も小深山を目撃してるんだよ」

「……つまり、俺も疑ってるって事か?」

「ああ、そういう事だ。小深山は覆面として――実行犯として、青星さんに協力したのかもしれないと思ってる」

「俺が兄貴の代わりに復讐か? そんな事はしないよ。兄弟なんて他人みたいなもんだ」


 これだけ話していても、小深山の反応に寸分の狂いもない――終始、何も知らない、思ってもみないという反応だ。


 本当に何も知らないという事なのだろうか。

 このままでは突破口は見えてこない。


「そもそも兄貴がクズミって人と揉めてたという話が、全く信用できないんだけどな」


 ――まずいなと思う。劣勢である。

 ここで小深山を納得させるような事を言わなければ、この場から去ってしまう理由を与える事になってしまうだろう。

 俺は少し見得を切ることにした。


「でも本当なんだよ。ちゃんと調べているからな。何なら、それを聞いた教師の名前を言ってもいいよ。これから、本当かどうか、その教師に確認に行ってもいい……まあ、実を言えば、他言しないという条件で話を聞いたから、出来れば行きたくはないんだ。だけど小深山が俺を疑うのなら、やむを得ない。それくらいの覚悟はしてるよ」

「本気なんだな……」

「行くか?」

「いや、別にいい。俺にとってはどうでもいいことだ。とにかく、俺は関係ないからな」


 少し空気を戻せたようだ。

 これで小深山への質問を続けられそうだ。


「それなら、聞かせてくれよ。昨日の夜、小深山はどこに行ってたんだ?」

「何の事も無い。また彼女に呼び出されただけだよ」

「二日連続か?」

「ああ、二日連続だ」

「よく行くなあ。面倒じゃ無いのか?」

「確かに面倒だけどな。でも呼ばれたら行く事にしている」

「で、家に帰ったのは何時頃だ?」

「十時半くらいだよ」


 帰り着いたのが本当に十時半ならば、小深山は覆面ではない。

 俺は小深山が嘘をついていないかと、一挙手一投足に注目する。そして、ここに来て初めて小深山の顔が曇った事に気がついた。

 それは嘘をついているというか……思い悩んでいるといった感じだ。


 小深山に向けている視線を七原の方へ向ける。

 七原は、はっとして小さく頷いた。七原も、おかしいと感じたのだろう。


「小深山、どうしたんだ?」

「いや、この話とは関係ない事なんだけどさ。彼女に会いに行った事に、自分でも少しだけ違和感っていうか……分からないというか、そんな感じがあるんだよ」


 小深山はそんな事を言ったのだった。

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