部室前
部室に行くと、すでに七原は到着していた。
「どうだった?」
七原は心配そうに俺に問い掛ける。
「やっぱり小深山兄とクズミは三年の時、同じクラスだったらしい。で、そのクラスの担任が司崎だ」
七原は目を見開く。
「そうなんだ。そこまで分かったんだね。すごい」
「詳細は分からなかったけど、小深山兄とクズミが揉め事を起こしてたことも分かった」
「揉め事?」
「クズミが小深山兄に『お前は受験に失敗する』と言ったらしい。それで、掴み合いの大喧嘩になったそうだ」
「田畠先生に、そこまで聞いたの?」
「いや……岩淵に聞いた」
「戸山君、それは駄目だって。岩淵先生はシャレにならないよ! やっぱり無茶な事してるじゃん!」
「大丈夫だよ」
「私も行けば良かった。行ってれば止めたのに……本当に大丈夫だったの?」
「ああ、大丈夫だよ。おまけにフラグが立ったらしい」
「フラグ?」
「いや、忘れてくれ。穏便に話が済んだって事だよ」
「それならいいけどさ――」
七原は不満げに俺を見る。
こんな話を長々してても仕方がない。
俺は話を小深山兄の件に戻すことにした。
「まあ、とにかく小深山兄はクズミを恨んでいたかもしれないって事だ。クズミの言った通り受験に失敗したからな」
「そうなんだね……でも、恨むって気持ちも分かるけど、受かった後に復讐するもの?」
「最近、能力を得たんじゃないか。そして今まで恨みに思っている相手に次々と復讐しているのでは?」
「ああ、なるほど」
「あの司崎を襲撃してまで連絡を取ろうとするなんて、復讐とか――そういう理屈では割り切れない感情的な理由なんだと思う」
「じゃあ、やっぱり小深山君のお兄さんが覆面って事?」
「ああ、そういう事だろうな……でも、それはそれで納得できない事があるだよな。小深山兄は穏やかで大人しいと聞いている。能力を身に付けたからといって、あんな大立ち回りが出来るとは思えない」
「だよね。学校に来る時に話してた話の事で、私も思ったことがあるの――昨日の覆面が本当に小深山君のお兄さんなら、司崎さんの隣に居た人が偽物だって、すぐに分かるはずだよね? だから、司崎さんも、そんな意味の無い事はしないと思う。だから、あれは小深山君のお兄さんじゃないんじゃないかな」
「確かに……じゃあ、あれは誰なんだ?」
「小深山君……なんじゃないかと思う。足を痛めてるらしいし。昨日のあれで怪我したのかもしれない」
「小深山兄の代わりに弟がクズミを探してるって事か?」
「うん……復讐の代行だよ」
「うーん。だとしたら、小深山兄はどうしてそんな大事な場面に立ち会わないんだ。弟にそんな事をやらせて、自分は家で寝てるのか?」
「そうか……確かに、それはおかしいよね」
「でも、七原の言うことにも一理あるよ。昨日、家を出た時点では、小深山に怪我をしている様子はなかった。小深山の負傷は、小深山が覆面であることの証拠なのかもしれない……いや、でも、その怪我は俺達を誤魔化す為の嘘で、実は小深山兄だというパターンも無いとは言えないな」
「全然わからないね」
「そうだな。どっちが覆面だと考えても、しっくりこないんだよな」
「そうなの」
「でも、まったくの見当違いだとは思えない。全てを一つに繋ぐ何かがあるはずなんだ」
「まだまだ情報不足だね」
「そうだな。小深山兄とクズミの揉め事。それから、その後の二人について詳しく聞ける奴を探すべきだな」
「そうだね。とりあえず委員長に聞いてみよう。で、委員長が知らなくても、委員長の人脈を辿っていけば、当時同じクラスだった人と連絡が取れると思う」
「……それは止めておこう」
「え? 何で?」
七原は怪訝な顔になる。
「委員長は信用できない」
「どうして?」
「委員長は俺と岩淵の会話を盗み聞きしてたんだよ」
「どういう事?」
「岩淵との話が終わって、指導室から出るとき、委員長が逃げていくのが見えたんだ。だから追いかけたら、話を盗み聞きしてた事を白状した」
「何で、そんな事を?」
「委員長は、岩淵が指導室にいると聞いたから、指導室に来たんだと言ったよ。委員長は本当にただの興味本位で盗み聞きしたのかもしれない。実際、委員長はそんな事をしててもおかしくない。そういう奴だ」
「確かに、そうだね」
「でも、やはり怪しいといえば怪しいんだ」
「何でハッキリさせなかったの?」
「……能力を排除した事を感謝されて、これ以上追求する空気でもなくなったんだ」
「それで諦めたの?」
「いや、委員長をしつこく追求したところで、瞬時にこれだけ取り繕える奴に、本当の話をさせる事は出来ないなと思った」
「なるほどね」
「だから七原も頭に入れておいてくれ、委員長は小深山側かもしれないって事を」
「わかった……じゃあ亞梨沙に聞いてみる?」
「……ああ、そうか」
「どうしたの? 何か閃いたような顔だけど」
「いや……俺達は今まで逢野の情報に基づいて考えてきたよな」
「そうだね」
「逢野は小深山のことをよく知ってたし、結構、洞察力がある感じだったから信用していたよな? でも、逢野は委員長に紹介されたんだ。もしかしたら逢野も小深山側なのかもしれない」
「え……でも、そうか……そういう事も無いとは言えないね」
「ああ。小深山は、今はあんな軽い奴だけど、過去に何かそれなりの事があったのかもしれない。そして、逢野はそれを知っていた。だけど、俺達には黙っていたのかもしれない」
「そうだね……そうだとすると……うーん。誰から聞いたら、正確な情報を得るれるのかな?」
「……小深山と話してみるか」
「直接?」
「ああ。まだ後ろに司崎も控えている。この件は早く解決しておきたいんだ」
「でも大丈夫かな?」
「覆面は、あんな不気味な形だったが、戦意のない相手には攻撃しなかった。司崎に対しても、あまり深いダメージにならないように配慮しているようだった。それに、あんなに徹底して自分の素性を隠してるんだ。無茶な事はしないと思う。大丈夫なはずだ」
「じゃあ、私も一緒にいていい?」
……少し考える。
岩淵の時は立ち会わせなかったのに、小深山の時に立ち会わせるのも変な話だ。
だが、覆面は無茶な事はしないだろうという考えは確信めいたものだった。
もし何かあったとしても、小深山にこちらの事情を話せばいい。そうすれば攻撃されるとしても、排除能力がある俺だけになる。
「万が一があったら守りきれないぞ」
「わかってるよ。それでも……」
「じゃあ、いいよ」
「ありがとう。じゃあ小深山君が学校に来たら、昼休みに部室に来るように頼んでおくね」
「ああ、そうだな。そうしてくれ」
「なんか突破口が見えた気がするね」
「ああ。じゃあ、そろそろ教室に行くか」
「そうだね」
そして、俺達は教室に向かったのだった。




