遠田の説明
「七原さんも来たって事は、覚悟してるって事でいいんだな?」
コンビニ前で待っていた遠田が、開口一番でそう言った。
「うん。排除を手伝うって決めた以上、私も行かない訳にはいかないから」
七原は遠田の目を真っ直ぐ見て答えた。
「……そうか。決意は固いようだな。じゃあ、もう何も言うまい」
「うん。ありがと」
話がまとまった所で、俺は遠田に訊ねる。
「でも、何でコンビニを待ち合わせ場所にしたんだ?」
「いや、食う暇を惜しんで、覆面に襲われた連中の情報を集めてたからな。今、腹ごしらえしたところだ」
「なるほど」
「でも不思議だね。何で遠田さんは、そんな情報を得ることが出来たの? そんな情報、普通はどうやっても入ってこないでしょ」
遠田が一瞬戸惑った顔になる。
だから、代わりに俺が七原の疑問に答えた。
「それは遠田が元ヤンキーだからだよ」
「はあ!???」
遠田が大声を上げた。
「しっ。遠田、あんまり大きい声を出すなよ」
俺達は大っぴらに話せる話をしている訳ではない。
「いや、だって……戸山、何でそれを知ってるんだよ?」
「知ってるわけじゃない。推測だ。知り合ってから今までの言動から、そんな気がしてたんだよ。そして今日の昼、遠田の話を聞いて確信に変わったって感じだ。そんな情報が入ってくるのはやはり一般人じゃない。ヤンキーとかそういう部類の奴らの情報網だなって」
「隠し通しているつもりだったんだがな」
「私は気付かなかったよ。確かに話し方は変わってると思ってたけど」
「そうか。七原さん……ありがとう」
どうやら、遠田は元ヤンキーだという事をコンプレックスに感じているらしい。
「……すまん。ちょっとだけ私の話をしていいか。弁解させて欲しい」
『今する話か?』とは思うが、聞かない訳にもいかないといった空気だ。
俺は仕方なく頷いた。
「最初は中学に上がった時だった。友達が先輩に呼び出されたんだよ。その先輩の言い分が余りにも理不尽で許せなかった。だから、私も彼女について行ったんだ。そして、私とその先輩は激しい言い合いになり、先輩が殴りかかってきた。そこで私は思わず殴り返してしまったんだ」
「遠田は曲げられない性格だからな」
「そうだ。で、それから周囲にそういった事を頼られるようになったんだ。本当に色々なことがあった。他校との揉め事も解決した。相手は筋の通らないことをしている奴だ。時として暴力に訴えることもあったが、私は正義だと信じてやっていた。だけど、そんなある日、下級生にヤンキーだと言われ、恐れられてることが分かったんだ」
「まあ、そりゃあ、そうなるよな」
「私は落ち込んだよ。私だって本当は平穏に生活していたかったんだ。だけど、求められるから頑張っていただけで……」
「だから、高校から生活を変えることに決めたってところか?」
「そうだ。勉強を頑張って、この学校に入った。本当は全く別の土地に行って、全く新しいスタートが切れれば良かったんだろうけど、そうすることも出来なかった。同じ学校の出身者に言わせれば、『ヤンキーが同じ学校に来たよ、最悪』となるだろう。だから、私もクラスで浮くことは覚悟していた。それでも誠意を見せれば、いつか受け入れてるくれるんじゃないかと思っていた」
「そうだったんだ。そんな決意をして入学したんだね」
「ああ。だけど、紗耶は入学してすぐから、私に優しくしてくれたんだよ」
「紗耶って、藤堂のことか?」
「そうだよ。分かりきってるだろ。皮肉を言うなよ。戸山は紗耶のことを悪く思ってるようだけど、実はいい奴なんだよ。紗耶は顔が広いから、私が元ヤンキーだと言うことも耳に入ってたと思う。それなのに私を仲間に入れてくれた。だから私は紗耶を尊敬しているし、感謝しているんだ。だから紗耶と戸山が険悪なのも本当は嫌なんだ。だけど、性格の不一致は仕方ない。諦めてるよ」
藤堂紗耶は単に遠田が有能で便利だから、飼い慣らしてただけだと思うが、遠田には言うまい。ここで揉めていても仕方がないのだ。
「つまりだ。私はヤンキーと呼ばれていたけど、曲がったことをしたつもりはない。私を改めて信用してくれないか」
「わかってるよ。元ヤンキーでも、信用なんて一ミリも揺るがない。戸山君もそうだよね?」
「ああ。そうだな」
俺も遠田が有能で便利だと思っている。
その点では藤堂と同じスタンスだ。
「遠田のお陰で、貴重な情報が得られたしな」
「ああ、そうだったな。その話に戻ろう……昼に話した情報は、ヤンキー時代の後輩が教えてくれたものだ。そして昼休みの後、私なりに情報収集してみた。その結果、別の後輩の彼女の兄貴が、覆面が襲った男と関わりがあると聞いたんだ。そして、頼み込んで詳しく話を聞かせて貰ったんだよ」
「その覆面が襲った男って、どういう奴なんだ?」
「名前をシザキハジメという。司るのシに山偏に奇と書くザキ。ハジメは一瞬『筆』に見える字だ」
司崎肇か。
聞いたことがない名前である。
「昼にも言ったが、司崎は堅気じゃない。ここで具体的には言わないが、随分とグレーな事をしているようだ」
「こっち系の人?」
七原が頬を指でなぞりながら聞いた。
「いや、昔からの反社会的集団とは一線を画し、個人でやっているそうだ。だから物凄く敵を作っている」
「それって大丈夫なのか?」
「今のところ成立しているらしい。というのも、司崎は腕っ節が物凄く強いらしい。元格闘家や近接格闘術をやっていた奴をいとも簡単に倒したって話もある。この街に司崎に敵う奴はいないと言われているんだ」
「そんなに強いのか」
「ああ。そう聞いてるよ。私が話を聞いた面々は皆、口を揃えてそう言うんだ。それから、司崎に詳しい奴ほど、『司崎の真骨頂は知性であり、先を読む力だ』という。だからこそ、短期間で成り上がる事が出来たんだ、と。今後、誰も司崎を止めることは出来ないだろうなというのが、彼らの考えだ」
「その司崎を覆面が打ち負かしたって事なんだな」
「ああ、司崎は土曜の夜、自身のオフィスで覆面の襲撃を受けた。そして日曜の夜は繁華街の司崎が経営する店の裏だ。司崎は自分の腹心達を連れており、五人がかりで応戦したが、それでも敗北を喫した」
「そうか……やはり覆面は能力者なんだろうな」
「ああ。私もそう思う」
「で、覆面の目的は何なんだ?」
「覆面は、ある人物に会わせろと迫っているそうだ」
「それは誰だ?」
「私が話を聞いた相手は知らないと言っていた。彼はそれを聞く立場には無く、耳に入った話を繋ぎ合わせて、そういう話だと推測したんだそうだ」
「そうか」
「司崎は、覆面とその人物を会わせるつもりはないらしい。今日は昨日より人を集めて、覆面を徹底的に潰そうとしている」
「よくやるよな。おそらく相手は能力者なんだろうに……」
「司崎は相手を化け物だと表現していたそうだ。しかし、沽券に関わる話だから、必ず潰す、と」
「なるほどな」
「で、集団で襲うとなれば、人通りのある所という訳にはいかないだろ? だから司崎は、私達の高校の第二グラウンドを選んだ」
「ああ、学校って、学校の第二グラウンドの事を言ってたのか。それなら納得いくよ」
校舎の前にある第一グラウンドとは違い、第二グラウンドは校舎から離れており、他よりも一段高い場所にある。しかも、鬱蒼とした樹木に囲まれていて目立たない上に、防犯カメラも設置されておらず、セキュリティの甘さでは、市内一かもしれない
「司崎は、『ナイター照明は校舎から見ても目立つが、部室棟の屋外用照明は目立たないで済む』と言ったらしい」
「司崎は何でそんな事を知ってるんだ?」
「おそらく司崎が元教師だからだよ」
「はあ?」
「いや、そういう話があるんだ。裏稼業がバレてクビになった教師という話がな。まあ、元外人部隊だって話もあるが」
「なるほど」
「安全な場所を見つけたって言ってたけど、それはどこだ? 第二グラウンドに人が隠れられるような所はなかったと思うけど」
「校舎裏の森を登っていくと道の途中に第二グラウンドを見下ろせる場所がある。灯りのない道だから、グラウンド側から私達の方を見ることは出来ない」
「なるほど。グラウンドから山への傾斜は急だから登るのも無理だろうしな」
「でも、灯りのない道をどうやって登っていくんだよ。懐中電灯を使ったら、グラウンドから見えるぞ」
「大丈夫だ。暗視スコープがあるんだよ」
「何で、そんなものが?」
「CSFCだよ。彼女達に相談したんだ。『夜に山道を歩くのはどうしたらいい?』と。そうしたら、彩乃が暗視スコープを貸してくれるという話になったんだ」
「何でそんなものを?」
「彩乃はサバイバルゲームが趣味らしい」
ああ。確かに、その片鱗は委員長の事件の時に見えていた。
「こんな事もあろうかと一応、戸山の分も借りておいたんだ。七原さんの分もな」
遠田は最初から予想していたようだ、俺が来たら七原も来るという事を。
「じゃあ、そろそろ行くか」
こうして、俺達は校舎裏の森に向かうことになったのだった。
何故、俺の周りには困ったら森に入るって奴が多いんだろう……そんな疑問を心に抱きながらの出発である。




