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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第三章 小深山章次編
76/232

張り込み

 日が沈み、辺りは暗くなってる。

 俺は学校近くのコンビニの前で突っ立ったまま、時間を持て余していた。

 というのも、委員長に電話したところ、サッカー部など功績を残している部は通常より遅くまで活動しているという話を聞いたからである。

 そのことで、待ち合わせ時間を思ってたよりも遅くする事になり、七原が先に着いた場合、人通りの少ない暗い道で待たせる事になってしまうなと思い、待ち合わせ場所の変更に至ったのである。


「戸山君」


 俺を呼ぶ声がする。


 そちらの方を向くと、七原が立っていた。

 グレイのパーカーに細身のズボン、髪を後ろで束ねて、マスクまでしていた。

 制服の印象とはまったく違う。


 七原の格好は確かに変装だった。


 ……だが、俺はといえば。


「戸山君は、そのままだね」


 一応、着替えては来たんだが、ほぼ代わり映えのしない状態である。

 短いので髪型を変えたところで、たいした違いにもならない。


「俺の方がマスクをするべきだな」

「そうだね。じゃあ、二人ともマスクなのもどうかと思うから、戸山君が付けた方がいいね……あ、でも、これは駄目だよ」


 七原は自分のマスクを押さえながら言った。

 顔がどんどん赤くなっていく。


「わかってるよ。そういうつもりで言ったんじゃないから」

「余裕ぶってるけど、戸山君だって赤くなってるからね!」

「わかってるから……心配しなくても、このコンビニで買うから」

「あ、それより……ごめん。私、遅かったかな?」


 七原は姿勢を正しながら言う。


「いや、待ち合わせ時間まで、あと二十分あるよ」

「……そう。やっぱりそうだよね? もう戸山君がいたから、待ち合わせの時間を間違ってたのかと思ったんだけど」

「小深山の家の周辺を下調べして、時間が余ったから、ここにいたんだよ」

「そうだったんだね。小深山君の住所は誰に聞いたの?」

「委員長だよ。委員長は住所だけじゃなく、自宅の電話番号まで知っていたよ」

「すごいね、委員長……で、自宅が分かったのなら、小深山君がどういうルートで帰るかを考えて置かないとね」

「さすが七原だな。尾行の経験者は違う」

「それはもう言わないでよ」


 俺は携帯の地図を七原に見せる。


「ここが学校で、ここが小深山の家だ。そして、これが小深山が辿たどるだろうルートだ」

「え? 何これ?」


七原は驚いた様子である。


「俺も驚いたよ」

「学校から小深山君の家までって一直線なんだね。右折も左折も一切ない」

「しかも、徒歩五分以内という近さだ。小深山が普通に家に帰るだけなら、尾行に失敗することは有り得ないだろ?」

「でも寄り道して、コンビニ行ったりとか、本屋で立ち読みしたりとかするかもしれないよ」

「それも学校から小深山の家までの一直線の間にあるんだよ」

「って、そのコンビニって……」

「ああ、このコンビニだよ。それで、あれが小深山のマンションだ」


 俺はコンビニの隣の建物を指差した。


「ああ、ここだったんだ。いつも前を通ってるけど、知らなかったよ」


 俺も、いつも昼食を買うコンビニが、小深山の家の隣だとは思わなかった。


「もし小深山がこの道をれたら、そのときが尾行の本番って事だ。どこに行くか予想もつかないけど、食らいついていこう」

「そうだね」


 そして俺達は学校へと移動して、小深山を待ち構えた。

 程なくして、小深山が同じサッカー部の二人と共に出て来る。


 夜とは言え、明るい道なので十分な距離を取っても大丈夫だ。

 全く苦労はない。

 小深山は自宅のあるマンションのエントランスの前で立ち止まり、二人に別れを告げ、入っていく。


「七原、ちょっと走るぞ」

「うん」


 そして、路地を通りマンションの裏手に回る。

 すると、小深山が五階の自室に入るところをギリギリの所で見届ける事が出来た。


 少々拍子抜けな結果だったが……これでいいのだ。

 五階だから、当然玄関以外から出ることは出来ないはずである。これで小深山が外出せず、覆面が現れれば、小深山は覆面じゃないってことになるのだ。


 そして、俺達は張り込みを始めた。

 幸い見通しがいい場所である。

 不審者として通報されないように、こまめに移動しながら見張る事にした。


 最初の内は七原との会話もあったが、段々と話題が尽きていった。


 そして長い沈黙が訪れる。


 周囲が静かなので、マンションのどれかのドアが開けば、すぐに分かる。

 緊張して様子を窺う必要すらないことに気がついた。


 何故だろう。部室や帰り道では延々と会話は続くのに……何故、こんなにも気まずいのだろう。

 少しは気が紛れるようなことが出来ないかと思うが、何も思い浮かばない。


 俺と一緒に張り込むって言った事を、後悔しているかもしれないと思うと焦りが出てくる。


 いや何を焦ってるんだ。

 俺達は張り込みをしてるんだ。退屈で当然だろう。


 そんなことを考えていると、七原の携帯からSNSの通知音が聞こえる。

 それを聞くと、居た堪れない気持ちになった。


 俺といなければ、こんなに退屈しないだろうに……。


 七原の指の動きで何と打っているかを推測してみる。


 き・ま・ず・い


 SNSをしている相手に気まずいと訴えかけてるようだ。

 ……いや、さすがにこれは被害妄想かな

 ……そうだと、信じたい。


 それは本当に地獄のような時間だった。

 居たたまれなくなって俺もSNSのアプリを立ち上げる。

 そして、『覆面』の情報が流れてないかを確認する事にした。


 そしてその確認作業を何度も繰り返して、更に長い時間の後、その音は鳴り響いた。

 ぬか喜びかも知れない。そう思いながら、小深山の家の玄関を確認する。


 小深山が無表情で、エレベータの方に歩みを進めていた。


 携帯の時計を見ると、九時半である。

 昨日外出したとされる時間より少し早いようだ。


「よし、追うぞ」

「うん」


 七原も緊張した面持ちで頷いた。


 様子を窺いながら、表通りに出ると、小深山はエントランスから出て行き、繁華街の方角へ歩き出したばかりというところだった。

 ゆったりとしたジャージに、スポーツバックを持っている。


 さっきよりも人通りも少なく、静かなので、こちらが目立ってしまうだろう。


 それでもなんとか食らいついていかなければいけない……そう思っていると、小深山はいきなり道を右折した。


「小深山って右折も出来るんだな」

「当たり前でしょ。左折もするから」


 繁華街方面へのルートは事前に調べていたので何とか付いていくことが出来た。しかし、繁華街が近付くと路地も多く、一気に道が複雑になる。

 そうなると、あっという間に小深山を見失ってしまった。


「どこに行ったんだろ」


 しばらく探してみたが、見つからなかった。


「小深山君……見つからないね」

「そうだな」

「頑張ったのにね」


 七原は落ち込んでいる様子だ。


「いや良かったよ。十分な成果が出た。重要なのは小深山がこの時間に外出したのを見届けられたことだ。意識的に俺達を巻いたのか、それとも無意識だったのかは分からないけど、これで小深山が覆面である可能性が高まっただろ?」

「そうだね。でも、高まったってだけだよ。何とか見つけ出さないと……どうする? 公園の方に行ってみる?」

「いや、ちょっと待ってくれ。一つ当てがあるんだ。そいつに聞いてみてからでいいか」

「え? 当てがあったの?」

「ああ」


 俺は携帯を取りだし遠田に掛けた。


「戸山か。何か用か?」


 いつにもまして、低い声だ。


「覆面は現れたか?」

「……私の行動を見てたのか?」

「いや、予想だよ。遠田は被害者の事を詳しく知っていただろ? だから、遠田なら、被害者の仲間に接触して、今日どこにいるかを突き止めているんじゃないかと思ってたんだよ」


 電話口から溜息が聞こえてくる。


「あの後、わたしの後輩の彼女の兄貴が、被害者と関係ある人物だと知ってな。集まる場所の情報をリークして貰った」

「俺にも教えてくれないのか?」

「そうだな……迷ってたんだよ。戸山を呼ぶべきか否か」

「何で迷うんだ?」

「私が見聞きしたことを伝えれば十分かなと思ったんだ。危険に巻き込みたくないし」

「そうか。でも、俺は排除の為に、この目で見ておかないといけない。その場所を教えてくれないか」

「わかった。案内するよ。っていうか、この事がバレた時点で、どうやっても戸山に言いくるめられるだろうと諦めてるけどな」


 そこで七原が袖を引っ張り、俺を真っ直ぐ見つめてくる。

 俺の受け答えで会話の内容が分かったのだろう……仕方ないな。


「そこには七原も行けそうか?」

「七原さんもいるのか!? うーん。下見した限りだと、余程の事でも無い限り安全だっていう場所が見つかったんだけどな。でも……」

「俺はどうやっても七原に言いくるめられるぞ」

「……わかったよ。わたしは二人で来ても構わない」

「そうか」

「ただし、一つ言っておく。これはイカれた奴らの喧嘩だ。立ち直れないくらいショッキングな場面に遭遇するかもしれないぞ」

「ああ。それは本人も覚悟してると思うよ。頭のいい奴だからな。まあ、念のために後で七原に確認しておく」

「そうか。わかった。そうしてくれ」

「で、結局、覆面はどこに現れるんだ?」

「学校だよ」

「学校!?」

「そうか……戸山でも、さすがに驚くよな。まあ事情は来てから話すから」

「そんな落ち着いてて大丈夫なのか」

「予定時刻まであと一時間近くあるんだよ。じゃあ学校近くのコンビニで待ってるから、早く来てくれ」

「ああ、わかった」


 そして俺達は再びコンビニに向かったのだった。


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