昼休み
昼休み。
いつものように、七原と部室で昼食を摂る。
今日は土曜日とは違って七原と二人きりである。
七原の事だから、双子も呼んでいるのだろうが、優奈も麻里奈も部室には現れていない。
おそらく、俺と七原を二人きりにして、『くっつけよう作戦』を実行しているのだろう。
それに乗じて俺は七原に一つ質問をしようと思っていた。
七原が小深山をどう思ってるのか――それを聞いておかないといけない。
そうとなると、どうやって七原の本音を引き出せばいいかという事が問題になる。
策は一応考えたには考えたのだが……不安だ。
何故なら、その策があまりにもショボいものだからである。
迫ってくる昼休みの時間という締め切りの中で無理矢理に考えたのは――やはり無意識とか本音というものを引き出すには、『心理テスト』のようなものがいいのではないか、という事だ。
それでも、やらないより、やった方がマシだろう。
俺は、雑談でさりげなく『心理テスト風の質問』をするタイミングを窺っていた。
既に『戸山君、今日はなんか積極的に会話を広げてくれるよね』と、結構な尻尾を出して仕舞っているが。
「――なあ、七原。七原が無人島に漂着するとする。その時、クラスメートの誰か一人を連れて行くとしたら、誰を選ぶ?」
「何? その質問」
「心理テストみたいなもんだよ」
「戸山君って。そういう話が好きな人? 意外すぎるんだけど」
「いいから、答えてくれよ」
「うーん……そうだな。まあ、守川君かな」
「それは何故?」
「単純に、守川君なら体一つで生き残れそうだから」
あ。
「ああ、そうだな。確かに」
そういう観点で来たか……。
「じゃあ、次は?」
「篠原君。これも守川君と同じ理由だよ。次点で田中君。その次は鈴木君」
七原は、体格のいい男子生徒ばかりを挙げていく。
「やっぱ無人島なら、生き残れるかどうかが問題だよね」
……失敗だ。こんなつもりではなかった。
七原は真面目にサバイバルのことを考えてしまっている。
「ちなみに小深山はどうだ?」
「ああ。小深山君か。思い浮かばなかったけど、運動神経もいいし、頭も良いから、上位に来るかもね」
「……そっか」
わからねえ。
こんな質問で分かるはずもねえ。
ここはストレートに質問してみるか――とはいっても、クラスで気になってる奴はいないかとは聞けないので……。
「例えば、世界にクラスメートしかいなくなったとしたら、誰を選ぶ?」
「えー。それはイメージしにくいね。電気とか水道とかどうなるの?」
「もう、サバイバルの事は考えなくていいから」
「……あっ。ごめんごめん。そういう事ね。私は戸山君を選ぶから。戸山君の質問だから、戸山君以外で選べって事だと勝手に思ったよ。当然、戸山君だよ」
「いや、それを言って欲しい為に、こんな回りくどい事してる訳じゃねえから!」
「え? 違うの? じゃあ、何なの?」
「俺が聞きたいのは、小深山が何番目かって事だ」
「え? 小深山君? 最下位だよ」
は?
「何で? どういう理由だよ?」
最下位とは……想定外だった。
「だって、世界にクラスメートしかいなくなるって事は、逆に言えば、クラスメートは全員残るってことでしょ? それなら、他の女の子達もいる。そんな中で、小深山君を取り合いして、彼女達と関係を悪くするような事なんてしないよ」
「なるほどな。一理あるな……じゃあ、女子生徒もいなくなったとしよう……」
すると、七原が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「戸山君、ごめん。実は、何で戸山君がこんな事聞いてるか分かってるの」
「え?」
「昨日、優奈ちゃんから電話があってね。戸山君と同じような事を聞かれたの。クラスメートの中で誰を選ぶかって。そのとき、私は戸山君って言ったけどね」
どうやら、優奈に先を越されていたようだ。
しかも、似たような事を考えてたのか……。
「能力者同士が惹かれ合うって話があるから、私が惹かれている人を探そうって事なんでしょ?」
「知ってるなら、先に言ってくれよ」
「私だって、戸山君に散々騙されているからね」
「まあ、確かにそうだけどさ」
「今ので分かったよ。戸山君は小深山君を疑ってるんだね。だから、小深山君に惹かれているかどうかを探ろうとしているって事だね」
まあ、この会話の流れならバレて当然だ。
「そういう事だよ」
俺がそう言うと、七原の顔が少し緊張感を帯びた。
「……やっぱり、そうなんだね」
「ああ。もちろん、七原を巻き込むつもりはないよ」
「ううん。私は自ら進んで巻き込まれるつもりだから。一緒に背負うって言ったでしょ?」
七原は強い意志の籠もった目で俺を見る。
「そうか……そうだったよな」
「じゃあ、何で戸山君が小深山君を疑う事になったか聞かせてくれるよね?」
「わかったよ」
七原が、そういうつもりでいてくれるのなら有り難い。
七原の洞察力は有用なのである。
「今朝、藤堂が絡んできてな。藤堂の言い分だと、小深山は七原に言い寄ろうとしてるらしい」
「なるほど。そういう事があったんだね」
「そう。だが、今の時点では、それだけなんだよ。それ以外で、俺が七原に知っている事の差はないと思う。だけど、疑いが持ち上がったから一応調べておこうと思ったんだ」
「なるほど」
「七原はどうだ? 小深山が能力者の可能性があると思うか?」
「うーん。正直に言ったら分からない。能力が有った頃には小深山君の心の声も何度か聞いた。その時は、小深山君が能力者だなんて微塵も思わなかったし、小深山君の心は安定していた。能力者になり得る要素は無かったと思う」
……空振りという事なのだろうか
「小深山に惹かれるって事は、まったくないか?」
「そりゃあ、小深山君は普通に格好いいと思うよ……だけど、こういう観点で能力者を探すのは無理じゃないかと思う」
「何でだ?」
「私も協力したいから、優奈ちゃんから話を聞いた時も、冷静に考えようと思ったんだけどね。でも、やっぱり好きな人がいる時は、他の人が色褪せて見えるというか、何というか……」
七原は赤面しながら答えた。
それを見て冷静になる。
そして、タチの悪い質問だったなと反省する。
優奈は能力者同士が惹かれ合うと言っても、無意識の微妙な差だと言っていた。
何で、こんなに焦ってしまったんだろう。
俺自身、不安だったのかもしれない。
愛着を感じ始めた七原が小深山に言い寄られてしまう事に――。
「おい、戸山!」
突如、聞こえるはずのない声が聞こえて、心臓が大きく波打つ。
声の聞こえた方を見ると、そこにいたのは遠田彩音だった。
「何だよ、遠田かよ。ノックくらいしろよ!」
「ノックはしたし、声も掛けた。だけど、イチャコラしてて気がつかなかっただろ」
遠田が唸るような低い声で言った。
何やら、ご機嫌が悪いらしい。
その美しく凜々しい顔に殺気のようなものが漂っている。
「イチャコラなんてしてねえよ」
「顔を赤くして、見つめ合ってただろ」
「それは……まあ、確かに、そういう状況だったかもしれないけど……」
「だろ。最初はイチャコラが終わるまで待ってようと思ったんだけど、永遠に終わらないと判断したんだよ」
「……なんか、今日はピリピリしすぎじゃないか?」
「ああ。悪い。そうかもしれない。昔の知り合いから久しぶりに連絡があってさ」
「昔の知り合いって?」
「昔の知り合いは昔の知り合いだよ」
それが、どういう知り合いなのかについては説明するつもりが無いようだ。
「――で、その知り合いが気になる話をしてたから、戸山に伝えておこうと思ったんだ」
「気になる話って?」
「能力者の話だよ」




