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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第三章 小深山章次編
65/232

双子


 確かここにあったような……。

 俺は引き出しの中に乱暴に押し込められてる密閉型のヘッドホンを見つけ出し、それを装着した。

 そして溜息をつきながら、ソファにドサリと腰を下ろす。

 ヘッドホンのケーブルを携帯に繋ぐと、もう一度溜息をついて音楽の再生を始めた。


 窓からは夕日が差し込んでいる。


 俺は、おもむろに携帯のアプリを立ち上げた。

 この街の人々がSNSで発信する情報をチェックするためだ。

 別にそういうものを覗き見ることが趣味な訳ではない。

 SNSには、本来は出てこないような些細な話や噂が乗せられる。そういった情報の中から、能力者を見つけられる事があるのだ。この方法での能力者探しは実際に何度も役立っているので、面倒でも辞める訳にはいかない。


 一通り見終えると、また溜息が出た。

 どうやら今日は、この街的にも穏やかな一日だったらしい。

 喜ばしい事なのだが、同時に『結構な時間を食っといて何も無しかよ』とも思ってしまう。

 ……まあ、こんな一日もないとな。


 窓の外を見ると、夕日は既に陰り、夜が始まっていた。


 俺は携帯を机に置き、朝からの事を思い返した。


 守川からのカレーを食べに来ないかという誘いは、もちろん断った。授業が優先だ。俺は普通に真面目な生徒なのだ。

 そして、改めて守川の存在を忘れてた事を謝罪し、教室に戻って来るように言った。このまま守川が森に定住してしまったら、寝覚めが悪い。

 少しだけ揉めたが、守川は渋りながらも帰ってくる事を承諾した。



 それから一時間目の授業後、休憩が始まると教室後ろの扉が開き、委員長が入って来た。


「みんな、おはよう」


 委員長はいつもの笑顔である。


「あっ、奏子。やっと来た」

「珍しいね。遅刻なんて」

「体調悪いの? 大丈夫?」


 一時間目を遅刻した委員長の周りには心配げなクラスメート達が集まって来る。


 そんな中、委員長の後ろから守川も現れた。


 …………。


 守川は一日と一時間の遅刻であるのに、クラスメート達は完全にスルーである。

 守川の手に握られてるのが通学鞄ではなく、両手鍋というイカれた状態なのにも関わらずである……いや、守川がミトンを付けて、両手鍋を持っているからこそ、誰も声を掛けられないのかもしれない。


 この状況に困惑している生徒を前に、委員長が口を開く。


「あ、佐藤さんって調理部だったよね。家庭科室かどこかに、この鍋を置いておけないかな? 教室に置いておく訳にもいかないでしょ?」

「う、うん。わかったけど……」


 三人が教室を出て行くと、クラス内がザワつき出す。


「何があったんだよ」

「何だろう」


 クラスメート達は口々に疑問の声を上げ、こんなイカれた事に関わってるのは戸山じゃないかと、こちらをチラチラ気にしている。


 しかし、その俺もほぼ何も知らないのと同じである。

 分かってるのは、あの鍋の中身がカレーだという事くらいだ。

 何をどうすれば、こんな状況になるのだろうと思っている。

 あれから一時間目が終わるまで時間が合ったのだから、冷ます時間はあっただろうに、何で熱々なんだろうとも思ってる。


 まあ何にせよ、何故か守川と委員長が仲良くなったらしい。

 それが良い事だなと思うぐらいしかなかったのである。


 そんなこんなで昼休み。

 俺の最初のミッションは、委員長に口止めをしておくことだった。

 面倒だが仕方ない。

 俺が排除能力者だという事を口外されては困るのだ。

 まあ、委員長はさといので、たいした説明は必要なかったのだが、明らかに警戒されているので、話しかけるまでが大変だった。


 ついでと言っては何だが、守川との件についても詳しく聞いてみた。


 排除の後、委員長と父親は取り敢えずテントに残している荷物を取りに向かったらしい。


「結構な雨だったでしょ? 大半が濡れてるだろうなって絶望的な気持ちだったんだけどさ、テントに着いてみたら、周囲に浸水防止の溝が掘られててね。誰がこんな事をしてくれたんだろうと思って辺りを歩き回ったら、火を起こしてズブ濡れの身体を暖めてる守川に遭遇したの。で、雨も止んでたし、せっかくだからキャンプファイヤーだなって事で、その火を囲んでお父さんと今後の事について話し合う事にした……本当、守川君がいてくれて良かったよ。守川君が上手く補足してくれたから、お父さんに正直な気持ちを伝える事が出来た――」


 俺は黙って委員長の話が終わるのを待った。

 何にせよ、解決したのなら、それでいい。

 何でキャンプファイヤーだなって事になるのかとか、何で守川がいる場面で家族の濃い話し合いをしてるのかとか、そういう細かい突っ込み所は無数にあるが、いちいち口に出すのも面倒なのである。



 そして、一番の問題は双子だった。

 早瀬の失踪。

 その事実は、いずれ双子の耳にも入るだろう。

 あとで早瀬が能力者だった事を知った時に優奈がどれだけ憤慨するかを想像すると、正直に言うしかなかったのである。

 結局、優奈達にも七原と同程度までは説明することにした。

 昼までには考える時間があったので、鋭くて執拗しつような優奈を何とか誤魔化す事が出来た。


 遠田に関しては、何か聞いてきたら説明する事にしようと思っている。

 まあ、遠田は終わった事には拘らない性格の上、空気が読めるので、深くは聞かないでいてくれるだろう。


 今日は、そういった面倒事を処理するのに振り回された忙しい一日だった。


 明日は日曜だ。

 ようやくゆっくりと過ごせそうだ。

 眠ろう。

 泥のように眠ろう。


 そんなことを考えながら、耳を覆うヘッドホンの片方を持ち上げてみる。


 玄関のチャイムが鳴り続けている。


 ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン……


 まだやってるのか……。

 電子音は身体に悪影響を及ぼすと聞いた事がある。

 あいつは俺の体調を崩したいのだろうか。

 仕方ない。もう諦めた。

 出るしかないだろう……。


 重い足取りで玄関まで行き、ドアを開く。


「三十分も待たせるってどうかしてるでしょ!」

「三十分もチャイムを連打し続ける方がどうかしてると思うけど」


 実は俺が家に帰り着いたその時からチャイムが連打されていたのだ。

 ヘッドホンが必要だったのは、その為である。

 優奈は親の敵を見るような目で俺を睨み付けていた。

 ……だが、それだけだった。


「どうしたんだよ。手が付けられないほど激怒してると思ったけど」

「三十分も待たされたら、怒りだって冷めるから。怒って冷めてを何度も繰り返して、もうただの意地みたいなものになってた」


 夕暮れから暗くなるまでチャイムを連打していれば、確かに虚しくもなるだろう。

 俺としては、緊急の用事なら携帯に掛けてくるとか他の手段を取るだろうと思って放置を始めたのだが、引き際が分からなくなってしまったというだけの事情である。

 シカトしている間ずっと溜息と冷や汗の連続だった。


「で、こんなに粘るほどの用件って何だよ?」

「そうね。もう何で来たのか、記憶も朧気おぼろげだけど……私達なりに考えた事があってね」

「じゃあ今日じゃなくても良かったんじゃないか?」

「明日はお母さんの仕事が休みで一日ずっといるの。だから今日の内に話しておこうかなと思って」

「なるほどな。じゃあ、上がっていくか? お詫びに、お茶くらい出すぞ」

「うん。あんまり外で話せるような話じゃないから入らせて貰う。危険を感じたらすぐに麻里奈を呼ぶからね」

「わかってるよ。それに、俺が危険を感じる事はあっても優奈が危険を感じる事はねえよ」


 俺が靴を脱ぎ廊下まで下がると、優奈は玄関まで入ってきて、後ろ手でドアを閉めた。


「で、麻里奈は?」

「ふて寝してる」

「まあ、三十分もチャイムを鳴らせるほど執念深いのは、お前だけだよな」

「それもあるけど……」

「他に何があるんだ?」

「じゃあ、言わせて貰う。別に悪い事だとは言わないけど。休み時間もイチャイチャ、昼休みもイチャイチャ、放課後もイチャイチャ、帰り道もイチャイチャ……あんなもの見せられたら、怒りだって湧いてくるから」

「誰の話だ?」

「実桜さんとあんたよ」

「何を言ってるんだよ」

「何を言ってるは、あんたの方よ。ここのところ四六時中ずっと一緒にいるじゃない。あれでイチャイチャしてないとでも言うつもり?」


 優奈の声は段々と小さくなっていった。

 そういう話を大声でするのが単純に恥ずかしかったのだろう。


「これじゃあ、わたしが嫉妬してるみたいでしょ! ただ目障りなだけだから!」

「分かってるよ」

「で、どうなのよ? イチャイチャの件は」

「してないから」

「どう見てもしてたから。そこを否定されると話にならないから!」

「でも、実際してないからな、イチャイチャなんて」

「今日だって、仲良く一緒に帰ってたけど」

「いや、待てよ。あれは一緒に帰ってるんじゃない。たまたま、七原が同じ道を歩いてただけだ。心情的には一人で帰ってたつもりだよ」

「それはヘリクツだから!」

「ヘリクツじゃない。認識の違いだよ」

「まあ、それでもずっと同じ場所にいたって事は認めるのよね?」

「そうだな。でも、同じ場所にいるだけでイチャイチャって事になるのか?」

「そういう空気が出てるから」

「思い違いだろ。空気なんてあやふやなもので決めつけるなよ」

「認めなさい。もう告白されてるんでしょ?」

「はあ?」

「二人の空気で分かるの。おそらく、実桜さんはあんたに告白した。だけど、実桜さんは能力で、あんたが全くそんな気が無かった事を知っていた。だから、実桜さんは自分で告白しておきながら保留ということにした。そして、あんたもそれを受け入れた。遠からずってところでしょ?」


 そこまで分かるのかと感心してしまいそうになるが、ぐっとこらえた。

 鋭いのも大概にしてくれと思うが、こればっかりは本人に言う訳にもいかない。


「それは妄想だよ。実際、何も無いからな」

「そんなこと言い切って大丈夫なの? 実桜さんに聞けば分かる事なんだけど」


 そうは言うが、優奈が七原に聞く事は多分ないだろう。

 その質問は自ら地雷原に踏み込むようなものだ。

 優奈にそこまでの度胸は無い。優奈が傍若無人に振る舞うのは、相手に許されてると思う時だけである。

 これでいて、優奈は意外と繊細なのだ。


 その上、俺は七原にきちんと口止めをしている。

 双子に意図しない事が伝わるのは有り得ないのだ。


「聞いたところで答えは一緒だと思うぞ」

「そうね。あんたなら、実桜さんに『黙ってろ』くらいの根回しはしてるでしょうね。ああ、もう本当に面倒! いい加減認めればいいでしょ!」


 そう言って優奈が俺のスネを蹴り上げようとする。

 それをすんでの所でかわした。


「そんないつもいつも、やられねえよ」

「いいから認めなさい。あんたが好きって言えば、悪いようにはしないから」

「悪いようにしないって何だよ」

「わたし達が上手く取り持ってあげる」


 やはり優奈は俺と七原をくっつけたいと思っていたようだ。

 だが、優奈の話に乗る訳にはいかない。


「前のめりになってるところ悪いんだが、俺は七原に好意を持っていないからな」


 人を好きになるという思考回路が壊れてる。

 それは七原が言った事だ。

 俺自身も、そういう人間のつもりで生きている。

 他人に好意を持ったところで、何の利益も無いのだ。


 そんな事を考えていると、優奈が溜息をついた。


「本当に勿体もったいないよ。何で? 折角、実桜さんが好意を持ってくれてるんでしょ? 実桜さんの気持ちに応えればいいだけでしょ? あんたみたいなクズが、あんな可愛い人に――いや、人類の中の誰かに好きになられる事が異例中の異例の事態なの。こんな奇跡を見逃したら、もう一生そんなことは起きないから」


 俺もそう思う。俺だって思うところはある。

 しかし、現状を変える訳にはいかない。

 だから、嘘をつき続けないといけないのだ。


「たとえ七原が俺に好意を持ってるとしても、そんなもんは一時的な勘違いに過ぎないよ。七原は自分の能力の副作用で他人に心を開けなかった。その副作用が解けた時に、丁度俺が一緒にいた。だから、俺の事を好きだと勘違いしてしまったんだ……あくまで、もし七原が俺を好きだったとしたらって話だけどな」

「確かに実桜さんの好意は一瞬の勘違いかもしれない。実桜さんは今頃自分が言った事を後悔してるかもしれない。だからこそ、急がないといけないって言ってるの。あんたが素直になればいいだけ。実桜さんの事、魅力的だと思うでしょ?」

「素直って。俺は気ままに生きてるぞ。こういうのが本当の素直な状態なんじゃないか?」

「ああ。もう! いい加減に認めて! もう私達には関わらなくて良いから。同情なんて必要ない」


 その声の主は優奈では無かった。

 やけに甘ったるい声である。

 いつの間にか後ろのドアが開き、そこに麻里奈がいたのだ。


「麻里奈、だから思い違いだよ。認めるも何も、まだ何も起こってないんだよ。そんなのは起こってから考えればいいだろ?」

「そんな嘘はいらないから」


 麻里奈は俺から視線を外しながら言った。


 これは危険だ。

 麻里奈まで、こんな態度になるとは……。

 双子がほぼ見分けが付かなくなってしまう。

 どうやって見分けるべきだろうか?

 ……こうなったら、あれを使うしか無いだろう。

 俺は特殊な訓練を受けているので、慎ましいサイズの胸でも服の上から大きさを見極めることができるのだ。

 若干大きい方が……麻里奈だ!


 ――そのとき、目の前が真っ暗になる。


 気がつけば、天井を見ていた。

 俺の顔面に優奈が渾身の右ストレートを入れたのだろう。

 ちなみに優奈が右利きで、麻里奈は左利きである。


「何してんだよ!」

「今、なんかすごくムカついたから!」


 七原級に勘が鋭い。

 いや、単に考え事の所為で俺が隙だらけだったから、殴られたのだろう。


「優奈ちゃん。あたしもイライラしたから、押さえてて」

「麻里奈、俺を殴るつもりか?」

「だったら、何?」

「いや全然やってくれて構わないんだ。構わないんだけど、『お兄ちゃんのバカ』ってセリフを付けてくれたら、更に最高だなと思って」

「そんな事、絶対しない。もう、そういうの終わりにしたから……」


 麻里奈は甘い声で冷たく言い放つ。


「大体、何で血縁関係もないのに『お兄ちゃん』なの? はっきり説明して」

「細かい事はいいんだよ。俺には今すぐ血縁関係を作るくらいの気概はあるぞ」

「どういう気概なのよ」


 麻里奈が俺に問い掛けた。

 今のはノリで言っただけにしても、いっそ本当に血縁関係があればいいと思ってるのは事実だ。

 兄だったら、この双子との問題は物凄くシンプルなものだった。

 兄として妹たちを守ればいい。

 それだけになるのだ。

 こんな心理戦のような面倒な会話を強いられる事はなかっただろう。


 俺は双子に嘘をついてばっかりだ。


「麻里奈は最高の妹なのに兄がいない。これを勿体ないと言わずして、何を勿体ないというんだよ」

「何言ってるの? 意味が分からないんだけど」


 そんな会話をしながら、さりげなく抵抗を試みてはいたが、運動能力の無い俺にとって、例え女の子二人でもいなすことは出来なかった。

 息も上がって来るが、それでも抵抗を続ける。 


 ……そろそろかなと思ってると、優奈が息を切らせながら喋り始めた。


「はあ……はあ……もういいや。もうどうでもよくなった」


 そして俺は優奈から解放された。

 さっきの三十分待たせた件についてもそうだったが、優奈のスタミナの無さを覚えておけば、こういう時に役に立つ。

 逆に言えば、優奈に立ち向かうにはスタミナを削っていくしかないのだ。


「俺も疲れたよ。もう帰ってくれ」

「はあ……はあ……ダメ。これからが本題だから」


 優奈が息も絶え絶えになりながら言った。


「何で本題の前に、こんなに疲労してんだよ、俺達」

「はあ……はあ……わたしの思い通りにならないクズのあんたが悪いの」


 そこまで自己中心的に考えられると、何も言い返せないのである。



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[良い点] 双子もいい加減、話が長いw
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