準備
「それでは奏子の事、よろしくお願いします」
何度も礼を言う寺内父から、やっとのことで遠田に電話を代わって貰った。
まだ説得に成功した訳でもないのに感謝されるのもプレッシャーが大きい。
「戸山、代わったよ。どんな話になったんだ?」
「一時間だけ貰う事にしたよ」
「一時間って。そんな簡単に済む話なのか?」
「まあ、簡単では無いと思うよ。だけど、部活は特別な許可が無ければ終了時間を守らないといけない。そしたら、この部室から出て行かないといけないだろ? だから、それくらいが目処かな、と」
「そんな事で一時間と言ったのか?」
「ここは能力の排除に都合が良いからな。遠田は時間になったら寺内父を連れて学校まで来てくれればいいから。ってか、時間は大丈夫か」
「私は大丈夫だよ。だけど、戸山の方は本当に大丈夫なんだろうな?」
「ああ、大丈夫だよ」
「そうか。戸山が、そう言うならそうなんだろうな。分かった……だけど、無茶はするなよ」
「わかってるよ。じゃあ電話切るからな」
「ああ」
遠田の電話を切り、今度は双子に語りかける。
「じゃあ優奈は委員長を部室まで連れてきてくれ。出来るだけ早くな」
「わかってる。今、学校に戻ってるところだから。でも、別に部室に拘らなくてもいいんじゃない?」
「いや、排除の力ってのは暗示の一種という面があると言っただろ? それなりの雰囲気がある場所じゃないといけないんだ。その点で、ここは割と良い条件が揃ってる」
「それは分かってるけど……っていうか、問題はそもそも寺内さんが本当に能力者なのかってところなんだけど。寺内さんが発火事件の犯人じゃないなら、貴重な時間を無駄にしてるだけって事だから」
「ああ、委員長は間違いなく発火事件の犯人だよ」
「それなら、それで大丈夫なのって話になる」
「ああ、大丈夫だよ」
「本当意味が分からない。ちゃんと説明して」
「分かってるよ。でも、それは後にしてくれ。俺も頭を整理して、委員長をどう説得するかを考えておかないといけない」
「分かった。でも、絶対に説明して貰うから」
「ああ。じゃあ電話切るからな」
そう言って双子の電話を切り、七原に携帯を渡した。
「じゃあ、七原もおつかれ。帰っていいよ」
七原は不満げな顔で俺を見る。
「ここは私の部の部室なんだけど」
「俺の部でもあるんじゃないか?」
「まだ入部届を貰ってないから」
「そっか、よく考えるとそうだな。でも、さっきも言った通り――」
「考えを纏める時間が必要ってのは分かってるから……私にも後から絶対に説明してもらうからね」
「ああ。分かってるよ」
「じゃあ教室で待ってるから。終わったら部室の鍵は、私が返しに行かないといけない」
「分かってるよ。終わったら、すぐに教室に行く。じゃあ、早いとこ出て行ってくれ」
七原は頷くと、鞄を持って立ち上がり一歩二歩と足を出す。
それを見た俺は七原に聞こえないように、ほっと一息ついた。
時間が区切ったのは、こうやって一人になって、優奈やら七原やら、そういった小煩い面々への細かい説明が省く為だ。
もう委員長の説得材料は揃っている。
――そんな事を考えてると、七原が振り返り、俺を真っ直ぐ見た。
その綺麗な瞳が不安げに揺れる。
「……ねえ、戸山君……本当に大丈夫? 朝の件が委員長によるものなら、彼女は発火能力を持つ能力者って事なんでしょ?」
その声を聞くと、罪悪感に苛まれる。
こんなにも魅力的な子が俺の事を心配してくれている。
……だが、正直な事は言えない。
俺は自信に満ちた表情を作り、「大丈夫に決まってるだろ」と言った。
「危なくなったら、私を呼んで。すぐに駆けつけるから」
「ああ。でも、万が一にも、そんな事にはならないよ。七原も言ってたように、委員長はそんなに危険な人物じゃないからだ」
「……そうだね。わかった。教室で待ってるから、無事に帰ってきてね」
「ああ」
俺は深く頷いて、部室を出て行く七原の背中を見送ったのだった。




