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嫌われ者と能力者  作者: あめさか
第二章 寺内奏子編
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寺内父

「もしもし。遠田か?」

「ああ、戸山。今、寺内さんのお父さんに会ったところだよ」

「そうか。寺内父は、そこにいるのか?」

「ああ。一緒にいる」

「事情は説明したか?」

「まだだよ。まだ何も言ってないんだが、寺内さんのお父さんはは今すぐ寺内さんと話したいと言ってるんだ」

「そうなのか。今すぐ話したいって言われても……面倒な事になったな」

「だな」


 そんな事を言ってると、七原が咳払いをする。

 七原の方を見ると、ジェスチャーでスピーカーフォンにするように催促してきた。


「優奈ちゃんも、遠田さんとの話が聞きたいらしいよ」


 俺は「わかった」と頷き、スピーカーフォンに切り替える。

 そして、七原の携帯の横に俺の携帯を置いた。

 これで優奈にも遠田との会話が聞こえるはずである。


「今、どういう状況なの?」


 優奈が問い掛けてくる。


「今、遠田が寺内父と会っている。寺内父は今すぐ委員長と話したいと言い出したようだ」

「それは無理ね」


 優奈は即答した。

 七原も困り顔で、口を開く。 


「そうだね。委員長が能力者じゃないかもしれないって話になってきたけど、まだ疑いは残ってる。リスクがある以上は無理ね」

「でも、寺内さんの父親は何で『今すぐ』なんて言い出してるの? 今まで一年も会ってなかった訳でしょ?」


 優奈がいぶかしげに問い掛けてきた。

 俺がその問いに答える。


「遠田が会いに来た時点で大変な事があったと察したって事だよ。つまり、委員長には何らかの『兆候』があったんだ」

「何で、あんたが答えるのよ?」

「優奈、遠田の隣には寺内父がいるんだよ。遠田は言葉を選んで話さないといけない」

「なるほどね」


 そうは言ったが、優奈の口調は不満げなままだ。

 遠田が事態を混乱させようとしていると疑念を抱いたままなのだろう。

 今は優奈の誤解を解くのに時間を掛けている場合じゃない。


「じゃあ、話を戻していいか?」


 電話口からは仕方ないといった感じの同意の声が聞こえて来た。


「……それで、わたしはどうすればいいんだ?」


 遠田が問い掛けてくる。


「そうだな……じゃあ、寺内父に代わってくれ。あとは俺が話をするから」

「何を言うつもり? プランがあるの?」


 優奈が苛立ちの籠もった声で聞いてくる。


「ああ。あのヤケドの話は何だったのかを、はっきりさせないといけないだろ。あとは、出来る限り事情を説明して、委員長と会うのを待ってもらう事にする」

「無駄としか思えないけど」

「それでも、とにかく俺に任せてくれ」

「……わかった。じゃあ、しっかりと話は聞かせて貰ってるから」

「わかってるよ。じゃあ遠田、寺内父に代わってくれ」

「わかった」


 遠田がそう言って、しばらく沈黙した後、電話口から少し気弱そうな声が聞こえて来る。


「もしもし。はじめまして。奏子の父の寺内昌則です」

「はじめまして――」


 簡単に挨拶を済ませて、本題に入る。


「寺内さん。今、奏子さんが玲子さんと不仲という事はご存じですか?」

「はい。知ってます。昔からそうですから。こうして御友人の方が心配して僕の所まで話を聞きに来て下さったという事は只事ただごとじゃないとも分かってます。おそらく娘は今、家出しているんじゃないですか?」


 やはり、ある程度事情を察したという事のようだ。

 ここは嘘をついても仕方がない。


「そうですね」

「すみません。奏子が迷惑をお掛けして」

「迷惑だなんて。友達ですから」

「奏子からウチの事情は聞いてますか?」

「大体は」

「大体……ですか」


 漏れる息から緊張感が伝わってくる。

 これだけ声が強張ってるという事は、想定しているのが家庭内の不和に関する事だけではないのだろう。

 しかし、こちらも『不倫してましたよね?』とはどうにも聞きづらい。

 というか、そもそも不倫を問いただすのは俺達の仕事じゃない。聞く必要さえないだろう。むしろ、その言葉を出すことで心を閉ざされては困るのである。


「奏子さんは玲子さんと間に相当な確執があったそうですね」

「はい。妻は奏子をプロのピアニストにするのが夢でした。だから、物心ついた頃からスパルタでピアノを教え込んでたのですが、こればっかりは向き不向きというものがありますから」

「寺内さんは八年前に別居したと聞きました。それ以来、元に戻って、また別居を繰り返していると」

「そうですね。八年前に妻と大きな喧嘩をしました」


 寺内父は消え入るような声で言った


「元に戻ったりというのは?」

「妻が教室を止めたのがきっかけで、一度家に戻ることは出来ました。だけど、昨年また大きな喧嘩をしまして。その事で再び別居が始まりました……妻にだって、僕にだって、家族を続けたいという理想はあります。だけど感情というものには抗えないんです」

「そうですか……八年前の時は顔にヤケドを負っていたと聞いたんですけど、何があったんですか」

「ヤケド? ああ、確かにあの時はヤケドをしました。でも、何故それを?」

「たまたま小耳に挟んだんですよ」


 まさか隣の淑女しゅくじょに聞き込みをしたとは言えない。

 寺内父に勘繰られる前に、「どういう状況で、そんなヤケドをしたんですか?」と訊ねた。


「どういう状況って……その……ある事情で妻を怒らせてしまいまして、握っていたカップのコーヒーを掛けられたんです。それが淹れ立てだったみたいで、顔に大きなヤケドをしてしまいました」

「それだけですか?」

「はい。妻は『出て行って』と僕を外に出し、鍵を掛けてしまいました。その一部始終を隣人にも見られてて、その人がまた噂話が大好きな人で――ああ、だから戸山さんはヤケドのことを知ってたんですね」


 そこかしこから落胆の溜め息が聞こえてくる。

 まあ当然だろう。

 これで寺内父のヤケドが委員長のパイロキネシスに因るものではなかったと確定したのだ。

 委員長が発火能力者であることが完全に否定された訳では無いが、この事実は彼女達を意気消沈させるには十分なものだった。


「どういうこと? 能力じゃないって言うの?」


 優奈のその呟きを無視して俺は寺内父と話を続ける。


「その後は?」

「外から連絡を取ったのですが、妻は僕が家に帰ることを拒みました。そして別居生活が始まりました。その後はさっきも言った通りです。妻がピアノ教室を止めた時に自分の殻に閉じこもるようになったので、なし崩しに帰ることが出来たんですが、去年また別居ということになりました」

「今でも玲子さんと奏子さんの折り合いが悪いことは知ってたんですよね。奏子さんを連れて行くことは考えなかったんですか?」

「考えましたよ。だけど、僕も相当に嫌われてるんです」

「そうですか?」

「そうですよ。間違いありません。もう引き返せないところまでいっている。娘が高校に入学してすぐのある日、僕は娘に言いました――また別居という事になると思う。もう無理だ。一緒にこの家を出よう、と。しかし、娘は首を縦に振りませんでした。娘は言った――そんな事できない。今はお母さんもいるからいいけど、お父さんと二人で暮らしたら、お父さんのこと嫌いになっちゃうかもしれないから、と――僕は娘の拒絶にショックを受けました。あの母親と暮らすよりは、僕と暮らす方が余程良いと思っていた。だけど、それは僕の勝手な考えだったという事に気付きました――」


 なるほど。寺内父の側から見れば、こういう話だったんだなと思う。

 委員長側から考えれば、単に父親に能力を使ってしまうことを恐れたというだけの事だ。


「――本当に僕は駄目な父親だった。もっと娘をかばってやるべきだった。別居なんてするべきじゃなかった……実のところを言うとですね。今まで娘には話してないのですが、僕は家族に対して大きな裏切りをしてるんです。その事が、いつかバレてしまうんじゃないかと踏み込むのを躊躇していたというか、父親を名乗る資格が無いのではないかと思――」

「寺内さん、それは勘違いだと思いますよ」


 寺内父の言葉を遮るように言った。

 寺内父は委員長同様に話が長いらしい。不倫の話が始まったら面倒だ。


「え? 勘違い?」

「奏子さんは、寺内さんの事をそれほど嫌ってはいないと思うんです」

「どういうことですか?」

「奏子さんは寺内さんとの思い出を楽しそうに語ってましたし、寺内さんに付いて行けば、迷惑を掛けてしまうんじゃないかと心配したんだと思います。あくまで、僕の見解ですけどね」

「本当ですか?」

「まあ、それは本人に確かめないと分からないところですが」

「どちらにせよ、娘が家出したと聞けば、僕はもう諦めません。『嫌いになる』なんて言葉に振り回されない。嫌われてもいい。例え嫌われてでも、この問題を解決します。娘にとって安心の出来る居場所を作ります。だから娘に会わせて下さい」


 弱々しいながらも、強い意志の籠もった声である。

 たぶん間違いなく良い父親なんだろうなと思う。


「わかりました――って言っても、僕がかくまってる訳でも無いんですけどね。居場所を知っているというだけで」

「その場所を教えて下さい」

「いや、僕が責任を持って奏子さんを寺内さんのところまで送り届けますよ。だから一時間だけ時間を下さい。寺内さんとちゃんと話すように説得しますから」


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