同級生の親
彩芽『山野香織さんと連絡が取れました』
「お、委員長の親友に連絡を取ったみたいだぞ」
俺は遠田の携帯を手に取り、メッセージを送る。
遠田彩音『山野さんの話が聞きたいです。電話を繋いで下さい』
「戸山、私に相談も無く勝手にメッセージを送るなよ」
「こういうのは機を逸したら駄目なんだ。あっちもテキパキやってくれてるんだから。こっちも合わせないといけないだろ?」
「そうだけど……わたしへの電話だから、わたしが受け答えをしないといけないんだぞ」
「わかってるよ」
「何を聞けばいい?」
「大丈夫だよ。俺が横で指示するから」
俺はイスを持って行き遠田の隣に座った。
「これでいいだろ」
「……ああ、わかったよ」
遠田は微妙な表情を浮かべながらも首を縦に振った。
そこへ丁度良く、画面に『彩芽さんからグループ通話の招待です』と表示される。
「出るからな」
そう言って遠田は画面にタッチする。
「彩音様」
遠田の携帯のスピーカーからはボイスチェンジャーの掛かった声が聞こえてきた。
徹底してるなあ。
「寺内さんのご友人の山野香織さんです」
「はじめまして。遠田彩音と言います」
遠田が辿々しく話しかける。
「……どうも、はじめまして。山野香織です」
山野の喋りは遠田に輪を掛けて辿々しい。
まあ、気持ちは分からなくもない。突然連絡が来て、見ず知らずの相手と、こんなおかしな電話をさせられているのだから。
「山野さん、彩音様の前だからって緊張しなくていいですよ。彩音様は、お優しいんです。リラックスしていきましょう」
『山野さんが緊張してるんだとしたら、遠田にじゃ無くて、お前にだよ』と喉の所まで出たのだが、口には出さなかった。
山野はともかく、彩芽には俺の存在を知られるべきじゃないと思ったからである。
俺は遠田だけに聞こえるように「早く終わらせてやれ」と呟く。
遠田は首を縦に振った。
「山野さん、寺内さんから父親の話について聞いた事ありますか?」
遠田が俺に視線を送ってくる。
俺は遠田に「寺内母はどんな人か聞け」と指示を出した。
必要なのは寺内父の情報だけじゃない。
寺内母にも、行き過ぎた躾けの疑いがある。
彼女こそが委員長が能力に目覚めた原因なのかもしれないのだ
「じゃあ、寺内さんのお母さんはどんな人ですか?」
「すいません。それも分からないです。家族の事は話したがらない子なので……奏子は家に遊びに行くのも嫌がってましたし。小さい頃なら少しは話したのかもしれないですけど、覚えてないほど昔の話なので……すいません」
「そうなんですか。残念です」
遠田がそう言うと、彩芽が不満げに「……親友と聞いてたのに」と呟いた。
「わたしと奏子は間違いなく一番の親友でした。だけど、それでも聞いてないんです。たぶん、奏子は誰にも話してないと思いますよ」
「そうですか……」
しばし沈黙が訪れる。
「じゃあ――」
俺が遠田に指示を耳打ちしようとするのと同時に、彩芽が喋り始めた。
「あなたのお母さんを紹介して下さいませんか? 保護者同士のネットワークってあるじゃないですか。そこから情報を得られるかもしれないので」
彩芽は俺と同じ事を考えていたようだ。
「なるほど。母なら私よりも寺内さんの両親のことを知っているかもしれないです」
「では、お母さんの連絡先をお願いします」
「はい、わかりました」
画面には、すぐに山野母と思われる連絡先が表示された。
「彩音様、少々お待ち下さい。山野さんのお母さんと交渉します」
彩芽は、そう言うと通話を切った。
「いくらなんでも手際良すぎるな」
「そうだね」
「ますます恐くなってきたんだけど」
「まあ、一生懸命やってくれてるって事だろ」
「戸山は自分に関わりが無いから、そうやって無責任なことを言えるんだよな」
「いや、まあ、その通りなんだけどな」
「待って、遠田さん!」
「止めないでくれ、七原さん。一発だけ、戸山を一発だけ殴らせてくれ! さっきからもう色々と苛々が募ってるんだよ!」
そんな事をやってると、再び彩芽から電話が掛かってきた。
俺は何食わぬ顔で遠田の携帯にタッチする。
遠田は、俺を睨み付けると振り上げた拳をすっと下ろした。
ここで暴れれば、CSFCに男子生徒と揉めていることを知られることになる。
そうなれば、CSFCがどういう反応をするかわからない。
その恐怖が勝ったのだろう。
「山野早紀さんです。寺内家の話を聞かせて貰うことに同意して頂きました」
彩芽がそう言った後、電話口から「こんにちは」と軽やかで明るい感じの声が聞こえてきた。
山野母は、控え目な印象を受けた山野娘とは、あまり性格が似ていないようである。
「はじめまして。遠田彩音と言います。よろしくお願いします」
「さっきの彩芽ちゃんだっけ? その子とも話したんだけど、もう何年も寺内さんとは付き合いがないのよ。だから、参考になるかわからないけど……いい?」
「はい。大丈夫です。さっそくですけど、寺内さんの旦那さんをご存じですか?」
「いや、旦那さんの事はほとんど知らないの。といっても、寺内さんの事も余り知ってるとは言いきれないけど」
「じゃあ、寺内さんの事を聞かせて下さい」
「うん。わかった。寺内さんは芸術家肌で。ちょっと近寄りがたい感じでね。すごく綺麗な人だよ……数年前までピアノ教室をやってて、生徒さんも沢山いたらしい」
「そうなんですか……ピアノ教室をやめた理由は?」
「それは分からない。ある時突然、生徒が来なくなったらしくてね。廃業せざるを得なかったって聞いたよ」
「突然? 何故なんでしょう?」
「そう言われてもね……」
「言いにくいことなんですか?」
「いや、実際のところ、全く分からないのよ。それ以来、寺内さんと話す機会も無かったし」
「そうなんですか」
「わたしも心配だったから、色々な人に聞いてみたの。そのピアノ教室に娘を通わせてた湯川さんって人がいるんだけど、『あの教室で何かあったの?』って聞いたら、口を濁したのよ。言いたいけど言えないみたいな顔して。彼女はお喋りで有名なんだけど、その彼女が口を閉ざすって、相当な事じゃないかなって思ってる」
山野早紀は暗いトーンで喋っているが、興味津々であることが伝わってきた。
遠田が眉をひそめながら、「……そこまでやったんですか」と呟く。
「だって気になるでしょ? 今でも気になってる。寺内さんのことを調べてるなら、何か答えが分かったら教えてくれない? わたし口が堅いから誰にも喋らないからさ」
俺は遠田に「わかりました」と答えさせた。
もちろん、答えが分かったところで、この人に伝える気はないのは言うまでもない。
この人に話したら、瞬時に噂が街中に広がるだろうから。
「寺内さんのお父さんについて知ってることはありませんか? 少しでもいいんで……」
「旦那さんかあ……旦那さんの事となると、本当に全く知らないな」
「そうですか」
「寺内さんが少しでも話をしてくれる人なら、旦那さんのことも知ってたと思うんだけど、寺内さんは元から無口だし、旦那さんの事なんて一度も言わなかった」
「じゃあ、せめて寺内さん夫婦の写真とかは無いですか?」
「一緒に写真なんて撮ったことないよ。まあ、何かの行事のときに写り込んでるかもしれないけど……」
「探して貰えませんか?」
「え? これから?」
「すいません。急ぎなので」
「わたしだって暇な訳じゃ――」
山野早紀が、そう言いかけた所で、黙って聞いていた彩芽が会話に割って入ってくる。
「彩音様、用件は終わりって事でいいですか?」
俺が頷くと、遠田は「う、うん。聞きたいことは聞いたけど」と言った。
「じゃあ、写真の件は、わたしが山野さんに頼みます。重ね重ねお礼も言っておきたいですし。だから、彩音様は電話を切って下さい。山野さん、すいません。それでいいですか?」
「え? まあ、それでいいけど」
「じゃあ彩音様、電話を切って下さい」
「わかったよ……山野さん、お話ありがとうございました」
「うん。それじゃあね。寺内さんの情報のこと、よろしくね」
遠田は電話を切ると、溜め息をつく。
「疲れるな、これ」
「だな。それにしても、彩芽は頼もしいな。何が何でも写真を引き出してくれそうだ」
「そうね。山野さんに関しては巻き込んでしまって本当に悪いことをしたけど」
「いや、利用しておいて言うのも何だけど、ああいう噂好きの連中には、少しくらいは天罰が下ってもいいんじゃないか?」
俺がそう言うと、遠田も七原も困り顔にながら頷いたのだった。
「……で、突然ピアノ教室の生徒がいなくなったってのにも、委員長の能力が影響してるのかな?」
七原が言う。
もし、委員長の力で、何かが引き起こされたとするならば、ピアノ教室の生徒の親が口を濁したのは十分に説明がつく。
「そうだな……何かがあったのかもしれないし。何も無かったのかもしれない。これは後で優奈に聞いて貰う以外なさそうだな」




