遠田夏木
「遠田、夏木に電話を掛けてくれ」
「わかった」
遠田は携帯を取りだし操作して耳に当てる。
「……ああ、わたしだ。実は夏木と話がしたいって人がいてな……戸山望だよ……ああ、そうだよ。今、一緒にいる。代わるからな」
俺は遠田が差し出した携帯を受け取った。
「夏木か?」
「はい。戸山さん、こんにちは」
受話口から夏木の明るくハキハキとした声が耳に届く。
あの頃の夏木の印象とは全くの別物である。
「お久しぶりです」
「ああ、久しぶり」
「あの時は色々とありがとうございました」
「それは何度も聞いたよ。もう言わなくていいって言っただろ?」
「そうですね。でも、戸山さんに会うと感謝の気持ちを伝えたくなるんです」
「俺なんかより、姉に感謝すればいい」
夏木が素直さと元気さを取り戻せたのは、色々と駆けずり回った遠田の努力の賜物なのだから。
「はい。もちろん、お姉ちゃんにも感謝してます。でも、戸山さんがいないと本当にどうなってたかわかりませんから」
「その話はいいよ。もう面倒だ」
「そうですか。わかりました――それで、何でお姉ちゃんと一緒にいるんですか?」
「遠田に色々手伝って貰ってるんだよ」
「ああ、なるほど――だから、一昨日からお姉ちゃんの機嫌がよかったんですね」
夏木は納得がいったという感じの声を出した。
俺は、それをさらりと聞き流す。
スピーカーフォンにしてなくて良かった。
さもなくば、七原にまた要らぬ勘繰りを受けるところだった。
「夏木、あの頃の話を聞きたいんだけどいいか?」
「はい。大丈夫です」
「寺内奏子という奴に――」
俺が本題を話し始めると、七原が顔をしかめる。
「戸山君、夏木君にスピーカーフォンにしていいか聞いて。ここからの話は私達も聞いておかないといけない話でしょ」
「わかったよ。夏木、これからスピーカーフォンにするけどいいか?」
「はい。いいですけど……どういう状況なんですか?」
「悪いな。詳しい事は言えないんだよ。今、ある能力者の事を調べていて。そいつを夏木が知ってるかもしれないって話になったんだ。ちなみに、ここには俺と遠田の他に七原って奴がいるから」
「なるほど。そういう事なんですね。わかりました」
俺は遠田の携帯を操作し、スピーカーに切り替えた。
七原が携帯に向かって語りかける。
「はじめまして、夏木君」
「はじめまして」
「私も話を聞かせて貰うね」
「はい。わかりました」
「じゃあ、ゆっくり話してる暇は無いから、本題に入るよ――夏木、寺内奏子って奴と会った事があるか?」
「すいません。聞いたことない名前です」
「西園寺梨々花って名前は?」
「その人も分からないです」
「真夜中でも制服で出歩いていて、とにかく話が長い奴なんだけど」
「ああ。制服で話の長い人ですか、その人なら知ってます。会った事ありますよ。名前は知らなかったんですけど」
やはり夏木は委員長と会っていたようだ。
紛う方なく、委員長は話が長い人なんだなと再確認した。
「そいつは寺内奏子って名前だよ」
「ああ、あの人が寺内さんって言うんですか。可愛い人だったんで印象に残ってます。何度か話をしましたよ」
「何度か?」
「ええ。今でも見かける事があるんですけど、僕からは話しかけられなくて……」
「そっか」
「あの……記憶には無いんですけど、僕は西園寺梨々花さんって人にも会ってるんですかね?」
「いや、その寺内奏子が西園寺梨々花なんだよ」
「え」
「まあ、西園寺の名前は忘れてくれ。ネットとかで検索しない方がいいぞ」
「はい……わかりましたけど……」
「とにかく、その寺内奏子って奴が能力者なんだ。今、そいつの能力の排除の為に動いている。だから、寺内の情報が欲しいんだ」
「なるほど」
「寺内とはどんな会話をしたんだ?」
「色々な話をしましたよ。寺内さんは沢山喋ってくれるので……」
「夏木の能力についての話はしたか?」
「はい。最初に会った時に」
「どんな反応だった?」
「寺内さんは僕の言うことを真剣に聞いてくれました。そして、僕の能力を羨ましいと言ったんです」
「羨ましい?」
「『わたしも会ってはいけない人がいる。その人と、会わないようにしたいの』って」
「その会ってはいけない人って誰かわかるか?」
「寺内さんのお父さんです」
遠田と七原が目を見開く。
「生きてるって事が確定したな」
「そうだね」
「しかも、会わないようにしたいって事は思ったよりも近くにいるって事だ」
「戸山君、すごいね。座ってるだけで、どんどん事件の解決に近付いてるよ」
七原が興奮気味に言った。
「まあ、この程度の情報は、この時間を友人への聞き込みに使ってても得られただろうけどな――で、夏木。寺内の父親がどこにいるかは聞いたか?」
「そこまでは聞いてないです。僕が知っているのは、寺内さんのお父さんが一緒に住んでいなくて、この街のどこかにいるって事だけです」
「まあ、家庭が不仲になったからって、転職する訳でもないだろうし、近くに住んでいて当然っちゃあ当然か――夏木、もう一つ聞いていいか?」
「はい」
「寺内は父親に会いたくない理由については何か喋ってたか?」
「いいえ。詳しくは聞いてません。寺内さんは、会ってしまったら嫌いという感情をぶつけてしまうかもしれないから、と言ってましたけど……」
「戸山君に会わないようにしたのに近い理由ね」
「そうだな。委員長の能力は、嫌いと思ってしまった時点で能力が発動してしまう。それを恐れていたってことだな」
委員長の行動は十分に理解できる。
たとえ不仲だとしても、傷つけたいほどには父親を憎んでないのだ。
だから、感情的になって能力を使ってしまわないように父親を避けていた。
「夏木、最後に、もう一つだけいいか?」
「はい」
「正直に聞かせてくれ。俺の排除能力の事を寺内に話さなかったか?」
「それは話してないですよ。僕の能力の話と、僕が何故マスクをしていたかの話は既にしてしまってたんですけど、戸山さんに言われたので、戸山さんの事は一切話してません」
「そうか。ちゃんと約束守ってくれたんだな」
「はい」
「寺内は俺の事について他に何か聞いてきたか? 無理に聞き出そうとしなかったか?」
「僕が何も話せないんですと言ったら納得してくれました」
「すぐに引き下がったのか?」
「はい。『愛の力だね』とか言われました。意味が分からなくて僕が困っていると、寺内さんは『分かってるから。話さなくてもいい』って」
これに関しては安心できる材料である。委員長に俺の手の内は知られてないと言うことだ。
まあ、夏木が委員長に何も言ってないのは想像できていた。
同人誌では、弘巳が夕樹にキスする事で呪いが解けていた。
……まあ、ケツバットで呪いが解けるなんて、事実だとしてもストーリーに組み込まないとは思うが。
「なるほど。わかったよ。ありがとう。また聞きたい事があったら電話するから」
そう言って、俺は電話を切った。




